165.〈回復〉と魔法陣。
ブラッシュアップがしたかったんだけど。
そうだ、せっかくサクシュカさんが来たんだし、あれやろう、あれ!
という訳で、ちょっと待ってて貰って、〈回復〉の魔法陣を描いた紙を荷物から出してくる。初期バージョンと、途中まで弄ったバージョン、両方だ。
「え?何これ、ってああ、〈回復〉か……ってなに?改良してるの?」
あたしのしていることに気付いたサクシュカさんが、がぜん興味が沸いた、という顔になる。うふふ、思惑通りだ。
「そうなんです。ただ、ちょっと基本の動作部分で判らない所が出てきたので、戻ったらサクシュカさんに聞いてみようと思ってたんですよ。丁度いいので一度見て貰っていいですか」
記録したものは忘れないけど、その分逆に基礎理論のほうが怪しい現状なのよね、あたし……
「ふむ……この辺かな?いやこれ構文が変だわね?元の魔法陣自体がちょっと癖が強い気がするし、これはどこから出てきたの?」
サクシュカさんが眉を顰める。思ったよりクセ強構文らしい。中級だからこんなもんかと思ってたら、そうじゃなかったね?
「カル君が倒れた時に、ヘッセンの聖女様から頂いたんです。あちらの神殿でも死蔵されていた魔法陣だそうで、年代が古い品なんだとか。なので改良できたら、あちらにもお渡ししたいな、と思ってます」
無償で提供して頂いたんだから、その分は返さないといけない。改良が上手くいけば、対価としては充分なはずだけれど。
「あーあーあー、ヘッセン式か。成程、あそこの古い構文は詠唱に重きを置いてるから、構文側が歪むのよね。抜本的に変更しないとダメな部分がありそうだから、これ一回持ち帰っていいかしら?ちょっと学院あたりで検討しないと難しいと思うわ。
ここまでの、貴方が手を入れた部分は恐らくこのまま使えるから、改良の功績自体は貴方のものになるはずだけれど」
うわあサクシュカさんでも無理だった!というか、国によってそこまで書式が違う時代があったのか。今の魔法は聖女様やマリーアンジュさんの使ってたのを見る限り、他と変わらない感じなんだけど。そういえば、最初に起動したときには、随分負荷の高いのはともかく、微妙に扱いづらい魔法だと感じた記憶が、あたしにもある。あれ書式のせいもあったのか……
「ああはい。あたしはもうそれは内容は完全に覚えているので、持って行っても平気です。改良の功績は、特にあたしじゃなくても構いませんよ。まだ肝心の効率化部分には手がついてませんしね……」
改良ったって、初期構成の構文を少し直したのと、持続式に不要なループがあって負荷が上がってたのを一旦外しただけだ。まあこのループがないと困る可能性もあるから、一時的に無効化しただけで留めてある。
……あ!!死体に残留するの、このループを外したせいだ!!!成程、ループを戻すか、別のストッパーを設定しないとだめなのね!
取り急ぎその部分を更に改善予定版の方に書き込んでから、サクシュカさんに渡す。
あぶねー、変な欠陥品押し付けるとこだったわ。せーふせーふ。
「えぇ……そんな理由で負荷が上がってるの、この魔法……別のストッパー案を検討しないとだめね、これは。カーラちゃんも、国に戻ったら一度学院に顔を出してちょうだい、そうじゃないと終わらない気がするわ、この案件」
あたしの書き足しを読んだサクシュカさんも、うへえ、って顔になった。デスヨネー。
ちなみに死体に回復魔法が残留したままだと、魔力だけが蓄積されて、最悪アンデッドが爆誕するのです。そんな地雷魔法、あってはいけません。あのまま流通させたら削除案件になるとこだったわ、危ない危ない……ああそうだ、カナデ君からも一回回収だあ……
という訳で、帰国後のあたしの予定が一つ決まった状態で、サクシュカさんは帰っていった。カル君の後任が決まらない=前任者だというサクシュカさんも大変忙しい、という事のようだ。
〈消去〉と〈抵抗強化〉はサクシュカさんには現状使えないから、これは帰ってから学院で検討する課題に追加するんでいいかなー。いや、〈消去〉は学院に持ってっちゃだめ。これは慎重に扱う人を決めないといけないやつだった。
「へえ、これが氷魔法の魔法陣?」
サクシュカさんが帰る前に、ちょろっと書いてもらった魔法陣を、カナデ君達に見せる。
そうそう、サクシュカさんの氷属性は無事小にランクアップしたそうな。便利だもんね、氷作成できるだけでも。
「これは基本の〈作氷〉という、氷属性がちょっとでもあれば使える魔法ね。攻撃には普通使えないけど。ゲーム的には生活魔法、とでもいえば判りやすいかしら」
サクシュカさんだと、風魔法に載せて攻撃にも使うけど、まあ効果はお察し、別にそこまでする必要はないわよね、という話だった。
「ああうん、生活便利系ね、判る。ここの施設も魔法というか、魔力で動くモノ、多いよねえ」
この施設は当然台所の火や水周りも下水関連も、全部魔力仕様だ。マッサイトも衛生関連や水周りや火気や照明は綺麗に電池スタイル魔法陣化されている。コボルトが特に多かったケンテン辺りでもそうだったしねえ。魔力売りが食いっぱぐれのない人気商売の一つらしいよ。
「そうね、隣のサンファンは今はそういうの、全然だけど」
神罰は魔力にも制限を及ぼすから、生活の全てに魔力電池を使うと、神罰前に普通程度、つまり平均的人族の魔力だった人だと、ちょっとしんどいんだって。
かつて出会った数少ないおじいちゃんおばあちゃん達も、トイレとか下水周りに絞って魔力を使って、火は基本薪で賄う生活をしてたっけ。衛生概念は他国とあまり変わらなかったから、そういう判断をしたんだろうな。
「あー、神様から罰を受けた、だっけ。神様実在するんだな、この世界……」
ああ、そうね。カナデ君は、そこからか。神様の実在を信じない世界、だったのかな。
あたしのいた世界も、神様の実在?ないない、で終わってた覚えがある。
「そうよ、この世界では神様は実在するし、割と人に近い所に居るのよ。神殿に行けば、場合によっては直接会えたりもするわね、流石に滅多にないというけど」
あたしの遭遇数がこの世界の滞在時間に対して多すぎる気はするけど、まあ巫女だからね、しょうがないね。
いやでもヘッセンでは声だけだったから、流石にあそこはノーカンでは?
《契約もしていないのに、お声を直接頂くほうが滅多にないんですけどねえ……》
アッハイ。
「それって、どこの国にもいるということ?」
カナデ君が首を傾げる。
「基本そうね。無論いない国もあるけど。あたしの普段住んでるハルマナート国は元々神様はいないし、隣のサンファンも、国の神、はいないわね。そうじゃない神様がいるから、ギリギリ無神国ではないけども」
とはいえ、レイクさん、甥っ子へのあののめり込み具合だと、多分そのうち国神に祭り上げられちゃう気がしないでもないな……でも途中で変わる場合、何らかの神様方の認可とか、必要なんだろうか?
《特にないようですよ。自称勇者様時代の案件でも、気が付いたら新しい国神が確固として国を定めていたから、まあそれでいいかとなった、そうですし》
ジャッジが意外と緩いというか、実力主義だったね……
そして今の回答で、なんか完全にレイクさんが国神ルートに乗っちゃった気がしますね……?
あたしの認識でルートがぶれるってのも、変な話なんだけどさ。
「ふーん?会ってみたい気もちょっとだけするな……元の世界に戻る気はないから、此処に居てもいいかなって聞いてみたい」
あれ、帰る気がないと来たよ。いやまあ、彼のいた世界は既にないという話だから、帰りたいって言われるよりはいいと思うんだけどね。
「戻る気がない?」
でも理由は聞いておこうね!
「どうせ俺以外家族皆死んじゃってるからさ。親戚も財産目当ての糞しかいないし。幸い親が優秀な弁護士付けてくれてたから、なんとか追い払えたけど。ああ、今頃俺が居なくなって喝采を叫んでそうで、それはやだな……」
うわあ、あたしの環境も大概だけど、彼のほうも割とダメなやつだった……
まあ喝采ならぬ快哉を叫んでる親族は、もういないんだけどね。流石にそんなことまで教える必要は、今はないだろう。
「おにーちゃん、それって叫ぶのは喝采じゃないと思う」
あ、シェミルちゃんが誤用にツッコミを入れて、カナデ君が凹んだ。どうフォローしたらいいの、これ?
という訳で死体に残留は本来の仕様ではありませんでした。※98話




