156.守護の玉と凄腕保育士さん?
といいつつ保育士さんの話は少ない。
同時更新中ですので新着からの方は一つ前からどうぞ。
「守護の玉は、黒鳥に渡しちまっていいのか?」
赤みを帯びた白、といった色のやや扁平な玉を手に、朱虎氏があたしたちの顔を見回す。準備がいいな?
「うん。俺はもう返上してきたから、特に影響なく持てるからな」
軽い調子でそう返す黒鳥を、朱虎氏が今度はまじまじと見る。
「返上?お前は国元に戻れたんだし、そこまでしなくてよかったんじゃ?」
玉を渡しながら、首を傾げる朱虎氏。
「完全に化身状態で固定されちゃって、色んな意味で普通の人とあんま変わんなくなっちゃったからさあ。それに、カル君ともあんま長期間離れてらんなくなっちゃったし。
何より、朱虎もそうだろうけど、俺、元々土地の管理とか向いてなかったじゃん。それだったら、新しい陛下の直下で働くのもいいかなって。それには守護は返上したほうが話が早い」
黒鳥はシンプルに自分から見た話だけをする。というか、カル君と長期間離れていられないってのは初耳だわね?まあ、カル君の方に黒鶴の翼が出るほどに混信が深まってるんじゃ、さもありなんというところか……それでも、魂の混濁が起こるような予兆は一切ない。まあ神罰の現状固定作用もあるから、だとは思うのだけど……
「その子の言うのもまあ事実なんだけど、一旦四聖全員の座を白紙に戻さないと、残った子に負担が一気に集中するから、あんまよくないのよ。国全体の属性バランスも崩れるっていうし。
だから一旦全員辞めて貰って、白狼さんの子が跡を継げるくらいになるまでに次代を決めるしかないな、ってなったのよね」
四聖がいないと、麒麟くんの負担がちょっと上がってしまうけど、そこはレイクさんが甥っ子の将来の為に手助けくらいはする、というので、お任せすることにした。
……順調に国神フラグが立ってる気がするけど、まあレイクさんの選択がそうだったんだから、しょうがないよね?
「あー。確かにそうか……じゃあ俺はもう戻らない方針でいいのかね?マッサイトの国神が契約を持ちかけてきたんで、仮契約してみたんだが、思った以上に居心地が良くてなあ」
おやまあ、朱虎氏、そこまで話を進めてたのか。そういえば以前からマッサイトの国神様に気に入られてるとか言う話だったっけ。
「丁度いい居場所があるなら、それでいいんじゃないかな。俺は他に行くところもないし、何より、カル君の傍にいないとだからな。で、カル君は旧知の新王陛下の手伝いならまあ頑張る、みたいな感じだからさ」
そういや黒鳥は家族とか、もういないんだったっけ。それもライゼルのせいだったりするんだけども。
「ああ、そういえば王が交代したんだったか。あの末の庶生の小僧、生き残ってたんだな」
朱虎氏はグレンマール王の事は余り知らないのか、そんな風に言う。カル君がいたら怒られそうな言い方だなあ。
「そういう言い方は……いやまあ事実だろうけど……でも優秀な人だよ」
黒鳥はカル君寄りの評価をしているようで、朱虎氏の言い方に困ったような声で返している。そうね、あの状況と体調で、軍団の半分を脱落者なしで維持できてたのは確かに優秀だよねえ。流石に食料不足でだいぶへろへろにはなっていたけどさ。
突然任命された軍団長に異を唱えて王都に留まっていた、第一軍第一団の方は蛇に喰われて全滅したそうですしね……そういう意味では、あの近衛連隊も、生き残るための立ち回りは上手かったな……
「ところでフレオネールさんは今日はどうして不在なんです?」
元守護二人の話が一段落したところで、ノーティスさんに話を振る。確か最初の連絡時には、一緒に来ることになってたような?
「ああ、それなんだけどねえ。ほら、フレオネールさんに難民の子供たちの世話を手伝って貰ってる話は前に会った時にしたよね?あれの、後任が決まらなくってねえ……女の子もそれなりの人数がいるから、できれば女性の後任が欲しいとこなんだけど、職場環境を聞いた人が、結構しり込みしちゃって。
そもそも、難民認定とか諸々の検査とか終わったら分散して受け入れになるから、長期雇用じゃない、というのもなり手がいない原因みたいで、なかなか……」
そして今日もフレオネールさんは子供たちに阻まれて、出て来れなかった、と。
すっかり凄腕保育士さんだな、フレオネールさん……
「うーん、じゃあ一度そちらの施設にお邪魔する形でいいですか?あたしの方はこちらでの用事は全て終わって、帰国を急ぐ用事も現在はありませんし」
あたしたちが最初の国境横断行の時に拾った子達の様子も見てから帰りたいし、と言ったら、じゃあ日取りは調整しますね、という話になった。今日すぐにってのは無理だものね、しょうがない。でもそうすると、今日明日はこの地点で待機になるかなあ。
「ああ、そうだなあ、あいつら数増えすぎて、俺ですらもみくちゃにされるもんなあ」
朱虎氏がそういってがはは、と笑う。誰も朱虎氏の姿を怖がらないどころか、とら式背中滑り台として大人気なんだそうだ。子供たち、逞しいなあ。
あたしたちが保護した子は十人前後だったと思うけど、今は三十人を越えてるんだそうだ。しかも、同規模の施設があと二つはあるとのこと。
それでも、アスガイアの時や、朱虎氏が知っている範囲の奴隷の存在状況と比較すると、想定の半分も、脱出者がいないという。
仕方がないので、神罰前に徴発があって、その段階で連れ去られた者に恐らく生存者がいない、という話はばらさざるを得なかった。原因は討伐済だ、とも。
「……ああ、蛇、か……」
朱虎氏が苦々し気に呟く。蛇の異変自体は、何となく程度に感じてはいたらしい。流石にずっと国境の外にいたから、はっきりとその変化の内容を認知していたわけではないようだったけど。
「では支援物資は一部サンファン国内に回した方がいいのか……完全にサンファン国内の食料が枯渇した状態までは、想定していなかったからなあ」
あちらの要請した目利き商人に持たせた分では多分足りないね?とノーティスさんが難しい顔になった。
「そうですね、王都エリアに関しては、完全に枯渇払底状態です。ただ、あそこは元々の住民もほぼいなくなってしまいましたが。
代わりに地方から出てきた民がある程度いますので、最低でも、彼らを地元に戻すまでは食糧問題は継続支援が必要だと思います」
あとそれを管理する軍の分ね。といっても、王様達と軍が食べる分の食料は、ある程度ランディさんが置いてきている。なんで粉に挽いてない麦の在庫まであったのか、マジで謎。蕎麦が殻付きなのは理解できるんだけど!
それ以外には製法をあれこれ試したのだという干し肉やら干し魚やら、あとは軍隊携行食ではおなじみの干した野菜とか、ドライフルーツ。種類は多いけど、試作品なので量がない、ということで、王様たち用ということになっているけど、あの王様親子だと、さっくり部下に下賜してしまいそうね。
「地方民を地元に?じゃあ王都には人が居なくなる?」
朱虎氏が不思議そうに尋ねる。
「ええ、軍が基本王都に駐留になりますから無人にはなりませんが。流石に縁起が悪いから、と、今の段階では王都に住みたがる一般人がほぼいませんね。
ただ、元国神の悪影響で、飢餓もさることながら、生き残りに、生活力そのもののある人自体があまりいないので、今は軍の方が基本の生活訓練をしている状況です。可能なら農耕の基本を教え直してから地方に戻すのが目標だそうですよ」
駐屯地に居た人とかも畑は作れるし、そもそも第二団は傭兵業出身者も含め、地方の次男三男坊とかが多くて、何気に農業経験者もそれなりにいたので、最悪地方に居残ってるお年寄り勢を手伝える程度にでもなれば、という計画だそうだ。高望みしない目標設定が上手いなあ。
ちなみにあの暴徒たち、男女比は3:2くらいで男性のほうが多かった。女性は若い人が多かったけど、男性は壮年以下とはいえ、年齢もさまざまだったな。そして、残念ながら、子供は殆どいなかった。男女差もそうだけど、ランガンドの影響による狂奔状態で、自分の体力状況すら判らなくなって、基礎体力のない人から死んでいったせいだろう、という話だった。
これ多分、一時的に復興しても、十年くらいしたら人口の歪みで結構バランス取りが大変な事になるのでは?まあ、あの王様ならなんとかできると思うけど……
話し合いが終わってから、黒鳥にカル君と離れられないとかいう話を詳しく聞いたら、黒鳥の方はちょっと魔法の出力が落ちるくらいだけど、カル君がフィジカル的にぐんにゃりしちゃって、最終的に恐らく四日くらいで身動き取れなくなるんだそうだ。
流石にそれは洒落にならない。黒鳥を自力で帰すと普通に二日近く掛かるっぽいので、取り急ぎランディさんが送っていったよ……
やっとサンファンから帰れ……帰れるかこれ……?まあ次回はマッサイト。