閑話 フレオネールさんの穏やかな非日常。
本編に全然出てこなかったのでここで補完するなどと供述しており。
2話同時更新の二つ目なので最新組は前話からどうぞ。
いやはや、うっかりしていました。
サンファン国は獣人亜人差別が根強くて、私は入るほうが危ないとか、すっかり忘れて付いて行ってしまいましたよ。
だって、真龍の御方の転移魔法なんて、一生で一回どころか、三回生まれ変わったって、体験できる気がしませんからね!
今回の旅は、私個人にとっては、大変楽しいものではあったのです。
そもそも、国内旅行ならハルマナート国では極普通の家庭行事ですけど、異国旅行となると、流石にそうおいそれとは行けるものではありませんからね。いや、旅行というか、お仕事ではあったわけですけど、ね?
アスガイアに向かった皆さまを案じつつも、可愛いリンちゃんのお世話をしながらの酒場のウェイター体験なんて楽しい事もありましたし。
日に日にお客様にお嬢さんの割合が増えてきて、ああやっちゃったな、とは思いましたけど、シャルクレーヴ様がちゃんと期間限定だからね!と言ってくれたのは助かりました。ぽやんとした方だけど、意外とそういうところはしっかりしてらっしゃるのよねえ。その割に、御自分の顔にまるで自覚がないのは、多分自分を鏡で見ないタイプなんだろうなあ、としか思えないのですが。
……いや、ハルマナートの王子様方は、大体皆一様に御自分の顔に対する自覚がない、ってのは、今更なんでした。カルセスト様くらいじゃないですかね、自分の顔のもたらす効果まで考えて表情作ってらっしゃる傾向があるのって。カーラさんが時々、あの人たち天然が過ぎる、って言っていたのを思い出します。いや本当に、その通り過ぎてですね。
サンファンには下手に入れないけど、流石に今からマッサイトの国内に引き返すのもな、と思っていたら、サンファンの朱虎氏が私の護衛めいたことをして頂ける、というので、ありがたくお願いしました。半人半獣の不思議な方ですが、気さくな良い人のようです。サンファンから脱出する獣人達の誘導や保護もしてくださっているようですし。
リンちゃんが無事に麒麟としての美しく愛らしい姿を取り戻し、私と朱虎氏以外の皆さまは今度はサンファン東部を目指すことになって、お別れしたのですが、その後、妙な事になってしまいまして。いえ、危険な事は何一つないのですけど。
今現在の環境に至る直接のきっかけは、マッサイトの情報職で、カルセスト様の友人でもあるというノーティスさんが連れてきた、難民の子供たちでした。兎の子と、大山猫の子、それにエルフさんの子供が、ふたり。
どういう訳か、彼らが私にすっかり懐いてしまいまして。いやまあ二日ほど連続で、ご飯を出す係だったからかもしれませんが。流石に朱虎氏はこの姿では怖がられるだろう、と、遠慮されていましたし、ノーティスさんもお忙し気でしたからね。
なお実際には、朱虎氏の姿は基本的に――特に男児には大変ウケが良かったと申し上げておきます。女児は流石にちょっと恐る恐るなところがありましたけど、最終的にはほぼ全員に背中を滑り台にされていたので、多分本人が思う程、怖くないんですよ。
元から近所の気風の良いお兄さん、って感じの性格でらっしゃいますし、何より聖獣の方は嘘をつきませんから、子供たちはそういうのを、ちゃんと見抜くんですよね。
気が付いたら、子供ばかりが十数人。大人は狐獣人の男性がひとりだけ。マッサイトの警備をしておられる難民担当者の方も、今回都合が付いたのが男性ばかりだというので、それなら女の子の世話を引き受けますよ、と言ってしまったのは、三日目か、四日目か。
まあ、結局ほぼ皆の世話をすることになっていました。というか、子供たちが、離れてくれない。まあ、それなりの人数の子供の世話は、弟妹達その他で慣れてはいますけどねえ。
「その慣れが原因だと思うんですよ」
ノーティスさんが子供たちの入浴と寝かしつけを手伝ってくれてからの、お休み前のひと時に、そんな風に言います。猫の獣人は年齢が判らないと言いますけど、本当に良く判らないですね。カルセスト様と同い年、らしいのですけれど。まあカルセスト様も、見た目は実年齢の六割くらいにしか見えませんけどね。この人も、そんな感じです。
「村の子供なんて、大体皆纏めて世話していましたからねえ、私のいたベネレイトは開拓村でしたから」
大人は皆忙しいし、私も成人して間もなくまではともかく、腰を痛めた父の為に村長代理なんて座に就いてからは、結構忙しかったのですけれど、それまでは子供の世話を手伝うのが主な仕事でしたからね。
「男の子にも、女の子にも警戒心を抱かせにくいって才能ですよね。俺には無理だなあ」
そう穏やかな微笑みと共に言うノーティスさんは、確かに男子には人気があるのですが、女子には一見遠巻きにされている感じですね。実は、年齢が見た目で判らないから、というのが主な理由なんですけど。これは本人には言わない方がいいかしら。
「でもノーティスさんのお仕事的には、あまり子供に集られるのもよろしくないでしょう?」
子供の存在というのは、往々にして足かせにも、なるものですから。
「時と場合によるかなあ?おっと、これ以上喋ってると寝られなくなっちゃうね、お邪魔しました。また手が空いたら手伝いに来ていいですか」
ノーティスさんが礼儀正しくそう提案してくださるので、もちろん、とお答えしておきます。
ええ、流石にこの人数を、狐の人と二人で回すのは、毎日だとちょっときついですからね。
本当はもう一人女性がいてくれるといいんですが、中々そうはいきませんよねえ。
サンファンに向かった組は、一度何やら不都合があって、戻ってきてから、また出かけていったそうです。私の現状は伝えて頂けたようなので、問題はないでしょう。少し、寂しいですが。
と申しますか、子供たちが更に増えてしまっていて、寂しいとか言ってる暇が本当に、あまりにも、全然!ないんですけどね!懐いてくれる子供たちは可愛いのですが、嬉しい悲鳴というやつでしょうか。
いえ、子供たちしか脱出できていない、という現状は、嬉しくはないのですけれど……子供たちだけでも、脱出できただけ良かったのだ、今はそう思うしかありません。
「ねーねー、フレオネールさんはノーティスさんとケルナックさん、どっちが好きー?」
一番最初に保護された子達のひとりが、食事の支度を手伝ってくれながら、そんなことを聞いてきます。あ、ケルナックさんとは狐獣人のお兄さんですね。この人が普段は男の子たちのケアを引き受けてくれているのですが。
「どちらも良い方ですね、好きとか嫌いとかは特に考えていませんが」
私は最終的にはハルマナートに帰る、外国人ですからねえ。ってあれ、今なんでそんな発想になりましたか?いえ、状況としては間違っていないから、むしろ疑問に思うところではないですね?
そう、私はそのうち、ええ、そう遠くない未来に、国に帰る身です。できれば、そろそろどなたか、引継ぎできる人員を呼んで貰うべきではないでしょうかね?子供たちに慕われる日々が、案外楽しくて、つい忘れそうになっていましたけども。楽しい日々は、何時かは終わるんです。
「えー!やだやだー!フレオネールさんがいいー!!」
当然のように子供たちにしがみつかれました。ええ、引継ぎの相談したのが一瞬でばれたんですよ。何故?
「後任の人が決まる前からそういう態度は良くないねえ?」
ノーティスさんがしがみついた子をひょい、と二人ほど剥がしてくれましたけど、焼け石に水だったりします。流石にちょっと、困りましたねえ。ケルナックさんまでショックだ、って顔して固まっちゃってるんですよねえ。人手が、足りてませんってば。
「とらのおじちゃん、まだこないのかなあ」
特に朱虎氏に懐いているエルフの子が、私にしがみついてる子達からは少し離れて、首を傾げています。そういえば、この二日ほど、朱虎氏を見かけませんね。どうしたのかしら。
「朱虎氏なら明日くらいに戻ってくるよ、うちの国神様にお呼び出しされたそうだけど、そっちの用事はもう終わったそうだから」
ノーティスさんは巫覡の才を少しお持ちだそうで、神殿絡みの情報は特に早いのです。
明日には戻られるのなら、まあ安心ですね。
カーラさんももうじきお戻りになるらしいので、此処での生活もあと少しといったところでしょうか。ランディ様とカーラさんはお戻りになるのが決まっていますけど、他の方には、お会いできないんでしょうねえ。やっぱり、少し寂しいですね。
本編に比べてはるかに穏やかで平穏なはずなのになんか凄いハードワークしてた(真顔
明日からは本編第五部です。