138.遺された仮面。
バトル回終了。小物のくせによく粘ったな、蛇。
まさかの、必殺技封じを喰らったあたしであります!おのれ、卑怯な!
そんな、お約束の台詞は置いておく。流石にこれを明確に口にするつもりはない。見知った人も食われたであろう人たちには、絶望でしかないからね。空気は読むよ!
神官さん達は、その職能上知ってしまったようだけど、ショックでか、口を開くこともできない状態になってるから、気休めに、王様たち共々、治癒だけそっと投げておく。
一番いいのは〈浄化〉だけど、今のあたしはそれを使う権利がない。神様との契約状態じゃないからね。
何とかして、食われた者たちの魂を、蛇から引き剥がす。でもどうやって?
いや、何か、手段はあったはずだ。なんでか、思い出せないけど、なんだ?
麒麟くんが、こちらを心配そうに覗き込むのが見える。サクシュカさんに、ちょっと似たところのある、でもとっても愛らしい姿。サクシュカさんの鱗の作用で、姿も、できることも、少し変わってしまった、でもこの国を護る意思を確と持った、幼い麒麟。
ん?サクシュカさんの、鱗。御守り、アンナさん……ああ!
「……蛇の動きを少しの間でいいから、止められないかしら?」
ダメ元で、誰にともなく、聞いてみる。まあだめなら、ぶっつけでいくしかない。魔力も一応練っておこう。
「少しってどのくらいだよ?」
即返ってくる、カル君のもっともな疑問。
「うーん、二分くらいかなあ」
集中する時間も合わせると、そのくらいだろう。詠唱中に結界を割られると、張り直しができないのよね、多分。なので、動きを止めてもらいたいのよ。
「二分ですか。まあやってみましょう。〈ファイアウォール〉」
グレン氏のほうがそう答えて、おもむろに、炎の壁を出現させる。攻撃魔法じゃあないよね、これ?蛇は一瞬怯んだけど、それだけっぽい。
「ああ、それならこちらはどうかな、〈ヘキサスペル〉/〈ストーンランス〉」
なんと続いたのが国王様。ストーンランスを盾にするように蛇の前に突き立てるとかいう愉快な事をしている。しかも六重詠唱とか、やりおる!
意識を集中する。心を静める。今は、蛇の事は考えない。救うべき魂の事を考える。
喰われた人々には確かに、碌でもない人たちも混ざっていたかも、知れない。でも、第二弾として現れた顔たちには、明らかに、獣人たちが混ざってる。少なくとも、生きている時にも苦しんでいただろう彼らを、これ以上苦しませては、いけない……
「〔浄化妙成れ、清浄護国。六方清浄、八方清浄、浄化妙成れ、護国なるは護人なり 護人なれば護国なり、清め給え 救い給え〕」
あの時と同様、だけどほんの少し違う祝詞。そしてやはり、あたしから静かに溢れ、周囲を覆い尽くし、蛇を包み込む、光。
キイイイイアアアアアアアアアアアアアア
声ともつかぬ声の叫びは、蛇のものか。のたうち回る影だけが、見える。
やがて、光が天に昇るように消えた時、そこにあったのは、まだ辛うじて動いている、蛇であったもの。さっきまで無数に突き出していた腕や足や頭は、もうない。ただ、無数の穴が、黒々と開いている。
それでも、這いずるようにこちらに近付こうとする、無貌の蛇。
「〈ライトレーザー〉」
今度は、真上からだ。蛇の脳天を貫く、光の筋。
まるで、陶器の花瓶が割れる時のように、ばりんと音立てて弾ける、蛇であったものの頭部。そしてその勢いのまま、全身に亀裂が走り、砕ける。
砕けた破片はそのまま更に細かく砕けて、消えていく。完全に魔物化していたからね、消えるしかないのよ。
「……終わっ、た?」
恐る恐る、というように、黒鳥が呟く。
「蛇は終わったわね」
簡単に、そう答える。あたしのお仕事的には、これは終了ではないのよねえ、残念ながら。
「やべえ、嬢ちゃんのしたことが地味に判んねえ……」
カル君が謎の発言。いや、君に巫覡の才はないんだから、判んないのが普通だと思うんだわ。
「巫女、なのですか……」
グレン氏が何故かおののいた顔でそう呟く。まあ祝詞は巫女専売特許っぽいですよねー。
「……実はまだ見習いです」
そう言ったら嘘だろって顔で全員に二度見された。いやマジで見習いなんだよ!?
不思議な事に、神罰の楔たる仮面は、二つに割れた状態で、落ちたままだ。これを、何かに使えというのだろうか?
近付いて、拾い上げる。無貌の蛇に付いていた時には、流水紋が全面に付いていたのだけれど、今はただの、白い無地の、なんだか随分とぺらりふにゃりとした仮面だ。
二つの断片をくっつけてみたけれど、何も起こらない。神威でくっつくとかじゃないらしい。
そもそも、メリエン様の神力自体は感じるんだけど、何だろう、今は、何かに作用するという感じがしない?でも、これは持っていないといけない?なんだろね。
「へえ、仮面、残るんだ……模様は消えるんだな。前に見た時とさっきとで、色も違っていたけど」
黒鳥が興味深いことを言っている。色が違う?
聞いてみたら、前は青磁色の地に、青緑系の流水紋だったんだそうだ。剥がれる寸前は、灰色に黒に近い緑の流水紋だったのにね。あ、でも最初に遭遇した段階では、地はもうちょい青白かったな?
つまりあれか、この仮面は、着用者の状態もある程度表してるのか。朱虎氏は白地に朱の文様だったわよねえ、あれが健全な状態だということなのかな?
念のため、カル君と黒鳥には触らせない方が良いかもしれない。あと子狼さんも。
そうすると、入れとく場所は、まああたしの背負ってる荷物ですかね。玉とも一緒にしておかないほうがいいような気はする。
とか考えてたら、ひょい、と後ろから手が伸びてきて、仮面の破片の片方を持っていかれた。おいこら!と振り向いたら、流れるようにそれを付けるカル君?!ちょい待てやあああ!?
顔の右半分をぺたりと覆う仮面。形態が微妙に変化して、口元には及んでいないそれ。
「ちょ、カル君なにしてんだよ?!」
あたしより先に黒鳥が悲鳴をあげる。おいこら毎度そういう台詞ってあたしの枠じゃないのか!観察してたら出遅れたんですが?!
「え?あれ、なんでだろうな?」
そう首を傾げて、仮面を外すカル君。あれ?なんだ、外せるんだ。びっくりさせよって!でも、外した仮面は、形を変えたままだ。
「形が変わったな?つまり、これは俺が持っていた方が、いい?」
形を変えた仮面を、しげしげと眺めながら、カル君が呟く。ええ?そうなる?いやでも、形が変わるんだったら、そうなのかな。
試しに、残り半分を自分の顔に当ててみたけど、見事に無反応でした。くっつきもしないよ!
残り半分は、グレン氏や王様まで試してみたけど、誰にもくっつかなかったし無反応だったので、あたしの鞄にしまうことにした。
なお黒鳥には触らせていない。いや流石に奴だと、くっついた後離れなさそうじゃん。
植栽されていたはずの植物、木々、全てを失った殺風景な庭には、ちょっとだけライトレーザーの穴が残った。幸い建物には、大した被害はない。
ぴょこり、と、麒麟くんがその中央に立つと、その場でぴょこり、とんとん、と足踏みをする。
足元から現れたのは、緑。
背の低い青草が、ゆっくりと庭を埋め尽くす。ああ、久しぶりに、こんな美しい緑を見た気がする。王都エリアに入ってから、地面は全て茶色かったからなあ。
【やっぱりここが、きりんのそのだよ、おうさま】
ゆっくりとこちらに戻ってきて、麒麟くんがそう言う。
「……そうか、では引き続き、此処を使うことになるかねえ。できればもっと簡素化したいところだが」
その頭を撫でてやりながら、王様がそう答える。
「まあその辺りの塩梅は、次に使うものが決めればよかろうよ。グレンマール、済まぬが、引き受けてくれるかね?」
続けて、グレン氏に向きなおると、そう尋ねる国王陛下。
「すぐですかね?いや、最悪の場合はそのつもりで参りましたから、異論はないのですが」
陛下まだイケるんじゃないですか、と、言外に匂わせるように、グレン氏が答える。
ああそうだ、陛下たちの呪詛の名残も消しちゃわないと、でもまあこのくらいだと上位治癒でいいな?
「呪詛の名残が消せるかも知れませんから、ちょっと治癒かけていいですかね?」
敬語も何もすっ飛ばした物言いをしてしまったけど、まあぶっちゃけもう今更ですから、諦めて。というか、この王様の物言いが気さくすぎて、釣られるのよねえ。
幸い、神官三名も王様も、上位治癒一回でどうにか呪詛の影響は綺麗に消せた。王妃様はもともと他国出身で、呪詛は受けていないけど、そこそこ弱っていたので、こちらには普通の治癒をかけておく。
あとは、この方たちの当面の食事をどうにかしないといけない。神殿は、それからだ。
食い物問題が結構ヤバイんだがどうするかね?
なお仮面の残り半分、実は黒鳥にはくっつかないんだけどね、フラグ違いで。