133.汝に抵抗の意思有りや?
今度こそ王都へと。
同時更新中ですので新着からの方は一つ前からどうぞ。
白狼さんの管理エリアを西進している間は、本当に何も起こらなかった。
おじいちゃんおばあちゃんに、二、三度遭遇したくらいだ。麒麟くんを見るや伏拝みはじめたので、まあ敵意もなんもないよねー。という感じで、水魔法が使えない人には水を、あと食料の足りない分をちょっとだけ援助して、別れた。いや、数日分あればあとは畑の収穫で当面は大丈夫だっておじいちゃんたちが言うもんですから。
実際に覗いた畑も、小さいながら収穫が近いのが目に見えていて、悪い状態でもなかったしね。
雨はあまり降らない地域だけど、川の水で灌漑はある程度されているので、畑は特に水不足も起こしていない。ただ、最近水質が悪化して、飲むには適していないのだそうだ。
確かに川が、明らかに汚れている。泥水、というわけではないんだけど、やけにごみが目立つ。
「上流で何かあったのかな。この川の上流は、王都方面にある低山だったはずだけど」
黒鳥が嫌そうな顔でそう言う。確かにごみというか、木っ端が多いよね。板材?
「でもこれ自然の木が倒れたんじゃなくて、明らかに板材とか流れてますよね、砕けてるのも多いけど」
小休止で立ち寄った、畑だけじゃなく、綺麗なお花を庭で育てているおじいちゃんちに、薪にできるからと積み上げられていた流木屑を眺めて、そう言う。
「そうなんだよ。もっと大きな板ものも流れていてね。なんとか引き上げて、そっちは家や納屋の補修に使おうかと、裏に積んであるんだ、気になるなら見ていくかい?」
気のいい、ちょっと小柄な、だけど結構筋力体力のありそうなおじいちゃんは、そういうと、裏に案内してくれる。
壁を取り払って屋根と柱だけになった、推定奴隷小屋の跡に、確かにまあまあいい感じの板や、扉だったらしき板が、十枚どころでなく積まれている。うん、この板材、明らかに民家を打ち壊した形跡、ですね?しかも、一軒ぶんじゃない。
「もう奴隷なんて扱うこともないだろうからね、体力があるうちに、壁と床を張り直して、納屋にしてしまおうと思うんだ」
おじいちゃんは清々しい表情でそう言う。神罰の時に、奴隷小屋の、当時の土壁を、そこにいた当時の奴隷たちに崩して貰ってから、全員さっさと解放したんだと言っていた。そう言う人も、いたのか。ああでも、神罰の段階で奴隷契約は消えてるんだから、最後の仕事をしてくれた程度には、この人は、奴隷だと言っていた人たちにも、それなりに慕われていたっぽいな?
じゃあせっかくだから、と、軍人さん達が乾いた板材でささっと壁を三方分くらい張ってしまう。板材がそこで一旦尽きたのと、床を張るのに一面空いてる方が楽かな、ということらしい。
別の一団が、家と納戸を覗いて、こちらは異常なし、と報告している。
「おやおや、大事なお勤め中の軍人さんに、こんなことまでして貰って、申し訳ないねえ」
上の方の板張りは自分の背が低いから、どうしたものかと思っていたんだよ、とおじいちゃんが喜んでくれた。
軍隊は再び行軍を開始する。
新しい納戸の板張りをしていた人たちは、うちのじいちゃんもあんな感じだったんだよなあ、などと、過去を懐かしんでいる。
この第二団の人たちのサンファン人組には、王都出身者は殆どいないらしい。皆地方から出てきて、軍人になった人たちだそうだ。まあ元々、サンファン三大不人気職、ということで、地方出身で、他にできることもないし、で軍人になった人が多いのだそうだけど。役人や商人は、不人気といえども、基本的に王都の民が独占状態で、地方民に入る隙間はまずないんだって。
数人だけ、王都出身者がいたけど、彼らの家族とも連絡が取れなくなっているらしく、不安げにしている。行軍中に私信を出すのはだめだけど、彼らは先に駐屯地にいた勢で、家族への日常の連絡は許可されていたんだそうだ。
傭兵団出身者たちからの厳しい再訓練と、食料不足で、行軍開始まではそこまで気が回っていなかったそうだけど、余裕が出てきたら、心配事のほうも気になりだしたという事らしい。
……無事だといいね、とは、何故か口に出せなかった。
件の王都エリアに再び入った瞬間、びり、と、なんだか嫌な空気を感じる。
【う、なに、これは。くにのかみが、ぼくを、こばもうとする、だと】
まさかの、国神ランガンド、御乱心。成程麒麟くんに言われたら、確かにこの嫌な空気は拒絶の意思、そしてそれは、ランガンド神のものだ。いやまあ、本来の世界の成り立ちとしては、国神が国を規定しているのだから、彼が異物を拒むというなら、それが国としての在り様になるはず、で正しいと言えばそうなんだけど。この国は、成り立ちからしてそうじゃない、らしいんですよ。歴史的には、元から守護聖獣たちがいた場所に、国神が間借りしてるような、そういう国なんだそうだ。これはランディさん経由の真龍の保持してる情報だから、間違ってないはず。
ああ、ランガンド神がその在り様を拒否したから、王都の民は、麒麟くんを獣としてしか、認識しなかったのか。神が人を、引きずるとは、こういうことか。
まあだけど、残念ながら、そもそも君は既に処罰対象なんだ、ランガンド君。そもそも、君、王都周辺すら賄えない程に、力を喪ってるじゃないか。そんな死に体で何やってんのよ?
ちょっと腹に気合を入れる。裁定者、ヒヨコでも舐めたら痛い目見るんですよ?知らないでしょうけど。
……っと、いかん、なんか技能に引き摺られて、感情と意思が暴走しそうになってた。自分の意思と違うところで、何かを動かしかけたので、慌てて一旦止める。今は、まだその時ではない。
なお、気合を入れたところで、麒麟くんへの圧自体は霧散した。取り合えず今は、これでいい。
気が付いたら全員にガン見されてたけど。あーあーあーきこえなーい、いや全員無言だわ。ネタのセレクトが間違ってるわ。落ち着けあたし。というか、これだけガン見されてるってことは、何らかの見た目上の変化があったということ、のはずだけど、何だ?
「……嬢ちゃん、何したの」
カル君が訝し気に聞いてくる。彼が一番影響が少なそうなのは、ちょっと意外。黒鳥はびびってグレン氏と麒麟くんの乗った走鳥さんに抱き着いてるんだけども。
「え、何って、えーと?」
そういえば、今のあれ、何したんですかね、あたし。やっべ、自覚してやってないから、自分でも判らんぞ?
「自覚なしでそんなものを動かすのは、身を亡ぼす元だぞ?」
ランディさんから溜息と共にお叱りを受けました、ハイ尤もです自重します。できれば、だけど。
「ごめん、無意識で技能?がちょっと暴走してたっぽくて、あたしにも良く判ってない。圧は一旦飛んだと思うから、進んでも取り合えずは大丈夫だけど」
いやでもこれ、技能、なのかなあ?称号側の話だよね、裁定者って。
「……神に対抗できる、技能、ですか?」
呆然とした様子で、グレン氏が呟く。ごめんなさい多分原因はいつも通り馬鹿魔力です。貴方はまだ知らないだろうけど。
《……いやでも、何だったんですかね、今の。わたしにも、あなたが成したことが観測できなかったのですが?》
まさかの:シエラにも観測不能。何だったのマジで?
ともあれ、ランガンド神からの圧は下がったので、行軍を再開してもらうことにしよう。
【きょひまで、されるとは、おもわなかった】
麒麟くんが、しょぼんとしているので、思わずその頭を軽く撫でる。
「拒否の仕方が極端だけど、その理由が判らないから、今はとりあえず進みましょう。危険だから来るな、の可能性もゼロじゃないけども……むしろ今は、急いだほうがいい、かな」
まあそうは言っても、あの圧が善意の可能性はないかなーと思っている現状です。
どっちかというと、奴が『まだ神である間』に、王都に着かねばならない、そんな予感がする。
「やむを得んな、総員、騎乗を許可する!我らが移動に抵抗する意思のある者もあろうが、彼らもこの国の民、可能な限り穏便に排除せよ!サンファン国の真の守護たる麒麟様を、断固として、護れ!」
あたしの言葉を聞いたグレン氏が、即決する。え、そこ即決でいいの?と言ったあたしがびっくりする勢いだ。
でも、その顔は、物凄く真面目で、なんだろう、苦渋の決断とは、また違う。何らかの、確とした意思を感じるもので。
あのカウントダウンが、再び、止まった。
カウンターストップは、王都エリア入りしたせいか、それとも?




