132.いざ、王都へ転進!
軍事用語は詳しくはないので間違ってたらすまん。
進軍ではなく、撤収でもないので、転進、というのだそうだ。
はい、どうにか恰好は付けられる程度に全体が回復し、天幕組も最低限の移動は可能になったので、出発することになりました。レイクさんはでかすぎるのでやはり留守番ですけども。
【では、我が甥を宜しく頼むよ】
白狼さんの子は男の子なので、レイクさんの甥になるのです。消耗を避けるため、白狼さんはここ数日はあまり出てきていない。子狼可愛いです。
ああ、白狼さんと黒鳥の件は麒麟くんの現状を説明するときにばらし済みです。ごめんね鳥。予測可能回避不可能でしたわ。
「はい!任されました!」
ええっと、モフは自重します!
「では、総員出立する。我ら第一軍第二団の目的地は王都、達すべき目標は、麒麟様の無事の御帰還である!」
特に戦ったりしたわけじゃないので、凱旋という訳ではないから、まあ帰還ですよね、ということになりました。
あたしの魔法の結果、白髪部分が元の色を取り戻して、すっかりいい感じの、年相応の好青年に戻ったグレンマール軍団長の号令で、集団が整然と動き出す。
本来だと、騎乗可能な召喚獣のいるものは乗ってもいいことになっているらしいけど、王都までの道のりの現状を聞いたグレン氏が、騎乗を禁止した。まああの人たち、騎獣も襲いかねない、というか、実際に神殿の契約騎獣が襲われたという噂を、黒鳥が拾ってきましたので……
黒鳥の情報網の小鳥たちも、網を張られて捕獲されてしまったりして、数が減ってしまっているそうだ。あんなちっちゃい子達も食べようとするのか……
ただ、流石に総指揮官は騎乗してないと格好がつかないというか、逆に軍規に反するらしくて、グレン氏は、ディアトリマさんにちょっと似た形の幻獣の走鳥という大きな鳥に、麒麟くんと一緒に乗っている。多分系統としては同じなんじゃないかな。全体に茶色いし、尾が短いけど。
この足のでかい飛べない鳥は、この世界では乗合馬車を牽いていることが多い、世間でも割と馴染み深い生き物だ。この軍団には、群れ単位で契約している走鳥がいて、基本的に高速移動の際は、彼らと移動するんだそうだ。まあ今回は王都周辺の治安があれでそれなので、刺激しないために、指揮官以外は徒歩ですね。
でも本来神罰エリアでは召喚って制限がかかってたような、と思ったら、この第一軍第二団って、基本国じゃなく、グレンさん個人に忠誠を誓うはみ出し者集団なんだそうだ。第一団じゃないのは、そんな理由だったんだ……
団の中枢にいるのも、グレンさんにくっついてこの国に来た、レガリアーナでもまあまあ有名な傭兵団だそうで。それでハンドサインかあ、なるほど?
まあ純粋に国民として神罰を受けていて、召喚が使えない人もいるけど、走鳥さん達は集団契約なので、呼び出せる人が人数分呼び出せる仕様なので大丈夫、とのこと。裏技ってあるんだなって感じ。
緊急的な状況は脱したので、軍の皆の食事は、材料だけ提供して、軍の人たちが自分で作る方式に切り替わっている。朝とお昼は、あたしたちもそれを食べている。うん、ハルマナートでも似たようなごはんはちょいちょい食べてたからね。メニューも味も、全体的によく似ている。軍人さん達は、なんかいつもよりうまいって言ってたけど、多分素材のせいじゃないかなあ。
ええ、これまたランディさん提供なので、たまに謎の何かが混ざってる。主に肉に。一応聖獣級は出さないようにしているとは言っていましたけども。
……つまり魔力持ちの幻獣級や魔獣肉は混ざってるんですね、判ります。
魔力持ちの肉は疲労回復や滋養強壮に効果があるとはいうんですけどね。そんなものを頻繁に食べてるのは魔の森の隣にあるハルマナートと、基本的になんでも食べないと生きていけないトゥーレくらいだそうですよ、ハハハ。いやでも、ハルマナートだって、そこまで頻繁に魔獣系は出ないよ?カル君もそう言ってたし。
「ハルマナートの場合、魔獣を狩るというより魔物を駆除し、スタンピードを処理する、だから食肉としては獲れない方が多いんだよなあ」
スタンピードを起こすほどの瘴気量になると、倒した魔物は霧散して消えてしまうので、お肉なんぞ残らんのです。そもそも魔獣は食えるけど、魔物は食えないのだ。
では魔獣とはなんぞや、って話になるけれど、幻獣カテゴリの中で、人や他の幻獣に積極的に害をなすもの、であって、魔物とは別なのだ。魔獣カテゴリはヒポグリフやワイバーンあたりが代表ですね。小さいものだと、魔鼠、という連中もいる。煮ても焼いても食えないし、他の生き物の卵や子供を食害したり、伝染病の媒介になったりする、嫌な奴。この世界には普通の鼠もいるんだけど、こいつらとの関連性はないらしい。どっちかが外来種なんだろうな、という感じはするけど。
以前海で遭遇した巨大水母、メデウサも魔獣めいた存在だけど、あれは普通の生物がでかくなりすぎただけだし、何より魔力も知能もないので、普通は魔獣とは呼ばないのですって。
そんな話を、移動の暇つぶしにしている。あたしたちの居場所は軍団のほぼ中央、指揮官たる軍団長様のお隣だ。麒麟くんを守らないといけないので、当然の配置ですね。
夜のごはんは、ランディさん提供の出来あい品だ。軍の人にも、全員に一度にではないけど、順番でちょっとずつ食べて貰ってる。食品自体の貯蔵は充分なんだそうだけど、流石に同じものを大量には提供できないというので、こうなった。
「流石にこの人数に一度に行き渡らせられるのはパンくらいだからねえ」
趣味で作ってるから、種類ばかりが多いんだよ、とランディさん。
「この人数を養える量というだけで、大したものですがねえ」
グレン氏が感嘆している横で、御相伴に預かっている副官さんがうんうんと頷いている。
この副官さんも、実は純粋なサンファン人ではないそうだ。マイサラスの獣人貴族の家系の血が入っている、程度だそうだけど。
見た目は完全に人族なんだけど、その血統の為に謂れのない差別や嫌がらせを受けてきたそうで、生まれ育った国とはいえ、サンファンには何の帰属意識もないという。成程この人も楔なしね。
グレン氏が苦労しそうだから、面倒をみてやるか、からの、ボドゲで惨敗して心酔したとかなんとか。へえ、グレン氏、ボドゲ勢か。ってああ、カル君が言ってた、紙上の軍師って称号、ボドゲ由来なのね。なになに?本職の将軍を戦略ボードゲームで同一人物を含まず十人抜きした証?ええと、ワールドファースト系で、星が、え、これ、いくつ付いてんだ。数えるの、放棄。
《二十三個ですね……ほぼ無敗なのでは?》
あたしの代わりにカウントしてくれたシエラがびっくりしている。ちなみに、最初の十人の後は、同一人物連戦以外で十人抜きするごとに、一星増えるんだそうだ。マジか。
むしろなんでそんなもんに称号が、と思ったら、この世界の戦略ボードゲームって、割とガチめに軍でも採用されてる検討手段の一つなんだって。まあ予算をかけず、他国に演習圧をかけずに戦略を練る手段としては、いいんだろうけどね。
二日目の午後、後方から結構な勢いで走ってくる獣。
「伝れーい!幻獣さんが、白狼様にご用事だそうです!」
後方から伝令さんがそう伝えてくれたので、小休止を兼ねてその場に留まって、伝令さんが言うところの幻獣さんを待つ。
あ、クズリのメルタスさんだ。結構走るのも得意なのねえ。
【毎度どうも!お邪魔しやす!フェンリルの旦那から、これを見つけたので持っていけ、と伝言でさあ!】
快活な挨拶と共に、二本足で立つと、首に括っていた布包みを外して、あたしたちに差し出すメルタスさん。爪の長い手だけど、器用ねえ。
開いた包みの中には、何か金色の金属製のメダルのようなものが入っていた。表っぽい方には、ダイヤみたいな透明の石をあしらった、天秤の図、裏には交差した剣と盾の図。文字は、書かれていない。結構重いけど、マジで金かなあこれ?
「……これライゼリオン神殿のメダルだよなあ。しかも金地っぽくてこの石だと、結構高位の奴な気がする?」
覗き込んだカル君が、嫌そうな表情になる。
【白狼様を襲った連中の遺物から、鴉どもが発見して隠し持っていたらしいんですよ。あいつらぴかぴかするもの大好きですから。でも拾ってきてから皆体調が悪いってんで捨てようとしたところに、狼さんがたが通りかかって、事情を聞いて持ち帰ったって次第でさ】
成程、確かに瘴気のかけらがこびりついてる……いや、これ発生源になってないか?うん、そうだ、石んとこ。こんなもの手元に普通に置いておいちゃいけないわ。
「なんか変だなそれ、瘴気が沸いてるみたいな?危なそうだし一旦しまう?」
それに気付いたらしい黒鳥が言うので、普通の布ではあるけれど、ないよりましか、と、また包みなおしてから手渡す。すると、また例によってカル君の格納にぽい、と放り込む黒鳥。
「なんで俺が触れないのにお前が触れるんだろうな、これ……」
またもやカル君が微妙な顔をしている。なんか聞いたら、変に横っ腹辺りを触られてるみたいな感触があるんだそうだ。そりゃ微妙な顔にもなりますね、納得。
メダルは後で封印刺繍布あたりを作って包み直すとして、メルタスさんにはお礼を言って、間食と水をあげて、治癒をかけてから帰した。結構な距離を走ってくれてたようだし、瘴気の発生源に接触してたからね、念には念を、ですよ。
ついに再度王都を目指しますよ。




