127.うっかりスルーしていた連中。
謎が増えたり増えたり。
同時更新中ですので新着からの方は一つ前からどうぞ。
取りあえずやらなくちゃいけないことは、麒麟を王都入りさせて、宮殿の然るべき場所に置くこと。そうしないと、ただでさえ弱い国神の力が、神罰で縛られている現状、確定で今後の凶作が回避できなくなるから、なんだけど……
「そもそも、現状で地力を回復させたところで、誰が土地を耕作するんだい?」
というランディさんの指摘に、全員が口籠った。まあね、あたしたちは、ダメな方の実態をこの目で見てしまっているから、そうなるのも判るけどね、朱虎氏もそうなるってのがね。
「だよなあ……この国の民は、怠惰だからな……日常生活の労働をほぼ全部奴隷にやらせて、自分らは上がりをハネるだけ、だったもんなあ。軍人と役人と商人位だろう、ある程度とはいえ、まともに自分で仕事してたのは」
黒鳥が自国民をこき下ろす。自分で仕事してる勢に、神殿は入らないのかあ、そっかあ。まあ仕えている国神が、お仕置き確定レベルでなんもしてないっぽいからなあ。
そして、黒鳥が上げた三つは、サンファン三大不人気職だそうだ。マジか。
【妾の地では、十年ほど前までは、まだ自分達でも耕作を営んでおったのだが……気が付けば、王都風だと言って、怠惰が蔓延してしもうた。今あの地に残っておる僅かな民は、耕作の経験のある老人ばかりじゃな】
白狼さんの言葉に、最初に出会った村人のおばあさんを思い出す。
そういえば、あの人はごく当たり前のように、小さいけれど、ごく普通の畑を作っていた。作れていた。
「そういや最初に会った婆ちゃん、普通に畑仕事してたもんな、あんな王都近くのぐちゃぐちゃなんじゃなくて、まともな畑だったよな」
黒鳥もそれを思い出したようで、ぽん、と手を打つ。
それでも、奴隷に浜まで降りる系の重労働は任せていたようだけど、年齢的なものもあったんだろうな、と、今は思う。
で、怠惰に慣れた比較的若い人は、奴隷のいない生活が最早できなくて、王都の方に流れたと。それが更に王都方面の食糧事情をひっ迫させている、ということ?
「それにしたって、怠惰に染まるのが早いというか、根性が足りないというか……」
どうも、そこが腑に落ちないので言葉に出してみる。この世界だと普通の現象なんだろうか?
【かみさまに、ひとはひきずられるんだよ】
麒麟くんが、そう呟く。ああ、そうだ。前にも同じことを言っていたわね。
【だが、建国初期ならともかく、国力が落ちだしてからのあいつに、人を引きずるほどの力があるとも思い難いんだが……】
朱虎氏は首を傾げている。とうとうランガンド神があいつ呼ばわりになっている。
まあ以前から折り合いが悪かったそうだし、今の朱虎氏は本気で国を去るつもりでいるようだしなあ。
なお現在の居場所は、サンファン国境をちょっとだけ越えた、マッサイト側の森の中だ。でないと朱虎氏が話し合いに参加しづらいからね。麒麟くんは一時間に一度くらい、ちょい、と国境を越えて、すぐ戻ってくることを繰り返していればいいらしいので、この位置に落ち着いた。
久し振りに火を焚いて、お茶をしながらの話し合い。
朱虎氏もどうやってか、お茶を喫している。時々ちらっと不自然じゃない程度に見てみるんだけど、どうやって仮面状態のままでお茶を啜っているのか、さっぱり判らないんですけど。
(朱虎くんがどうやって飲食をしてるのか判らんのだが……)
なんと、神の隠蔽も見通せるはずの真龍が音を上げて念話を送ってきたっていうね。残念ながら、謎は解けそうにない。神罰の楔、仕様がさっぱり判らん……
《そりゃあ、簡単に解析されるようじゃ、神罰とは名乗れませんよ》
いやまあ、そう言われてみればそうなんですけどもね。
そういえば、白狼さんも楔自体は持ってるんだけど、本体が死んでしまったので宙ぶらりんになっているらしい。子に白狼の座を引き継ぐと、神罰の楔も移動するだろう、とは言っていたけども。それはそれで、なんだか子供がかわいそうな話ね?
それにしても、手詰まりだ。どうすれば、あの王都を攻略、いやそうじゃない、攻略してどうすんのよ。今の面子でなら、うっかり陥落させられそうな気はしないでもないけど、どう考えても後で困る、却下!
ああでも、そういえば、攻略、って単語で思い出したけど、スルー出来ないような気がしていたのに、結局あっさりスルーしちゃった、あの白狼さんちの山の前に陣取ってた軍隊、今どうしてるだろう?結構な人数だったわよね、あれ。
「うーん、手っ取り早いのって白狼さんとこに陣取ってたあの軍隊を動かすことな気がしてきた……」
取りあえず、思い付きをそのまま口にする。
【白狼んとこに軍?何しに行ってたんだそいつら】
朱虎氏が根本的な疑問を発する。
【判らぬ。部下が侵入を妨害していたうえに、義兄殿が結界で閉め出してしまっておったからのう。ただ、妾を襲った連中とは無関係のようであったが】
白狼さんの答えも、今一つはっきりしない。まあ本体が死んで、塒から動けなくなった後の事らしいので、それはしょうがない。
「でもあの軍を動かすのは容易なことじゃないだろ、あんなへろへろになってまで、あの場所で頑張ってんだし」
カル君は懐疑的な口調。まあそうですよね。
「……いや、今なら、できなくはないね?」
ランディさんは、どうやらあたしの言葉で、何かを思い当たった様子。
「ええ、飴はいっぱいありますからね。疲弊した集団に治癒、なんなら食事、そして何よりも、無事で元気な麒麟くん」
あえて軽い調子に聞こえるように、答えを述べる。特に最後のひとつだ。流石にそれで動かないようじゃ、国を守るべき軍としては、失格じゃないかしら?
「うわ、姉ちゃんがおっかねえ。鞭も隠し持ってそう」
黒鳥の言い分が酷いですね?だけど、そもそも、鞭は隠してちゃ意味がないのよ?
「流石に軍相手に揮える鞭なんてありませーん。まあ、彼らに鞭になってもらう可能性は、高いですけどね」
話しているうちに、何となく、が、段々確信に変わっていく。
そうだ、あの集団を、無視しちゃいけなかったんだ。今なら多分、間に合う。
「あー……確かに、それは、そうだ。しいて言えば、俺らが用意すべき鞭は、奴らに主導権を持たせないための威圧力、ってとこか」
なんだかカル君の物言いの前半が、妙に実感たっぷりに感じるんですけど、何でですかねえ?
威圧力に関しては、カル君にそれこそ威圧一発ぶっぱしてもらえば、それで行ける気がしないでもないけれど、できたらそこまではしたくないわよねえ。
「威圧力か、最悪フェンリルのを頼ればよかろうかね。あの巨体でどんと出れば……逆に発奮されてしまうだろうか?」
ランディさんも考えこんでいる。そこらへんのバランスが多分一番難しい所だと思うのよ。
「うーん、姉ちゃんが治癒ばら撒きながらフェンリルのおっちゃんに乗って登場とか?」
黒鳥の案が比較的実行しやすい気はする。
【じゃが、そうすると義兄殿に守護をとか言い出す輩が出そうじゃな……こんな国に義兄殿を縛るのは、嫌じゃぞ】
白狼さんが異を唱える。でも彼の弟さんとあなたの間の子がいて、今の所その子に守護を継がせる気でいる以上、レイクさんはもうこの国から動かない気がするんですよね、あたし……
【フェンリルがどう対応するかは、本人に聞くしか無かろう。というか、そんなごっつい奴がこの国に来てたのか、っていやまて、白狼の義兄殿、だと?】
ちょっとした新事実を提示されて、朱虎氏が困惑している。あれ、彼は白狼さんが女性なのは知ってる感じだったけれど?
「朱虎は白狼が雌なのは知ってたの?」
黒鳥が首を傾げる。一人称妾の時点で、君は気付かないといけないんじゃないですかねえ?
【いやむしろお前なんで忘れてんだよ、儀式魔法のせいにしたって、俺らの性別くらいは覚えてろよ……】
あ、朱虎氏のカウンターツッコミが入って鳥が凹んだ。そうか、それも忘れてたのか。
「いやだって、忘れる記憶って、選べねえんだよ、これ……本来なら、確か、そうじゃないはずだよな……?」
不正規に跳ねた魔法だからか、挙動が本来と違うのだと言い訳する黒鳥。ただ、本人も記憶があいまいな自覚があるせいか、言い方があやふや気味だ。
【そうだな、ある程度は選べるはずだ、期間単位だったと思うが。それとは違うところまで浸食されているのか?】
朱虎氏の声が心配げなものに変わる。
「術式を見させてもらったけど、その期間指定の部分の書式が壊れてるようなんだよ。故意か、事故かは判らなかったけどね」
ランディさんがそう告げる。いつの間にそこまで解析してたんだろう。まああたしだと聖獣式はきちんと読み切れないからな、助かる。
「うわ、それが原因か……だとしたら、これ俺ガチで無制限に限界まで記憶も経験も毟られるんじゃ……?」
半泣き顔で、黒鳥がそう呟く。いやマジで神罰の方がマシ、な気がしてきたわね、これ。
カル君の問題さえなければ、この場で術式ぶっちぎってやるんだけれど。
朱虎氏の仮面は多分最後まで謎のままになる予感がする。