124.軍団の横は、通らない。
いやサブタイ、そこじゃないだろう。
ぐるりと、遠回りコース。
駐留している軍の部隊には近寄らないように。かといって、蛇の領域にも、近付かないように。
というか、蛇の領域が、明らかにおかしい。遠目に見えるところにそれらしき地域が見えるんだけど、サンファンじゃなくなってないかい?
【へびは、じぶんを、うった】
しょぼんとした、麒麟くんの声。
「え?げ、マジか。本気で売国奴になりやがったのか、あいつ」
言われてそちらの領域に目をやった黒鳥が、驚愕の顔。
「なんだと?そんな真似が、できるのか?王族の一人でも残っていれば、いや、割譲させたのか……?」
ランディさんも、今までにない厳しい顔になる。
そうよね、あの部分、明らかにサンファンの、というかランガンド神の支配から離れている。でも、ライゼルの属領になっている、という気配でもない、とシエラの判定。
「ライゼル領にはなっていないけど、時間の問題なんでしょうか」
一度切り離してから、改めて弱体化と属領化、前例はあるとシエラが警告してくれているし。
【国を売った、と判定されたといえども、蛇め自身は、属国化は望まぬであろうな、あ奴は己の上に他者が立つのを、好まぬ性格であったし】
途中まで上手くいったところで、己が一国の主でありたくなったのだろうよ、と吐き捨てる白狼さん。
でもそれって破滅ルートでしかないんですよね、恐らく。だって他所より少ないとはいえ、国神の加護があったからこそ、この国は国として規定されているのだから。それが、この世界の基本法則なので。
先日国神を喪ったアスガイアは、代わりの国神も存在しえない状態なので、最早、国ではない。その地に関しては、当面は国境を接している国々で手分けして管理する形になるんじゃないか、とはランディさんの予測だ。
マッサイトを移動中に聞いたんだけど、アスガイアの王族方は、責任を取るとして、救助の手が伸びる前に自害されてしまったんだそうだ。国神への殉死として記録されることになったらしいけれど。
残されたわずかな民は、今の所ハルマナート勢が保護してるらしい。何せ彼らは飛べるので、神罰解除とほぼ同時に救援隊がすっ飛んで行ったという話だった。ランディさんが報告ぶん投げたと言っていたので、多分フェアネスシュリーク様経由かなあ。直接もあり得そうだけど、何せランディさんだし。
ただ、ハルマナート勢も、緊急的な救援はしたけれど、今後の、元アスガイアの民や土地の管理には手を出さないと明言済みらしい。まあ現状地の利がないし、彼らは常時、魔の森の対応って難事を抱えてるものね……
そして推定売国行為により、守護聖獣の資格を最早持たない碧蛇、いや碧蛇とは称号だそうなので、もう恐らく、只の蛇の幻獣、には、国土を維持するための力が……そうか、そのために、白狼さんの守護の玉を狙ったのか?
それに、既に下った神罰が、どうなっているやら、だ。メリエン様は、そこんとこは、とても厳しいわよ?と思ったところで、微妙に嫌な感じがしたけど、なんだろう。何か、抜け道でもあったんだろうか。
「どうせ力が足りなくなって、慌てて白狼を襲ったり、儀式魔法の成果の横取りをしたりしだしたとかいうところだろうな」
黒鳥も呆れた様子でそう結論を出す。まあ仮定だけど、なんか今の所、ライゼルに力が流出していない様子なのも確かなので、恐らくそうなっているんだろう。
詳しく聞くと、そもそも儀式魔法の際には、最低ひとり、守護聖獣がいないといけないんだそうで、今回の儀式魔法は、蛇が主導したことに間違いないんだそうだ。多分最初の術式の段階で、四聖の残りのうち朱虎以外を巻き込んだんだろうという結論。あたしが最初に邪法判定したの、意外と間違ってなかったというオチが付いちゃったよ……
「朱虎氏が残された理由って?」
カル君が首を傾げる。
「朱虎氏が言ってたけど、蛇は彼をあまりものをよく考えないタイプだと思って侮っていたようだから、彼だけ残しておけば、守護として国を回すために、とでも言えばいいように操れる、とでも思ってたんじゃないかしらね」
実際は猫被ってるってレベルじゃなく、ちゃんと考えのある人だったけど。
「あーあーあー、判る。あいつそういうフリ、すげえ上手いんだよ」
黒鳥も同意する。それにしても、この口ぶりだと、元々四聖同士って、余り仲が良くない所もあった感じなのかしら。
【初代麒麟の頃から、蛇めはあまり国政に関心がなかったようだしのう。水が廻っておればよかろう、くらいの雑な管理をしていて、土を整え直しによく出向いたものだ】
白狼さんがぼやくようにそんな昔話をしてくれる。
少なくとも、手伝いに行くということは、当時の白狼さんに、蛇への隔意はなかったのだろうなあ。口ぶりからしても、普通の思い出話枠っぽいし。
まだ足のおぼつかない子狼を抱えて、たまに麒麟くんの背に預けたりして、皆でてくてくと歩く道中だ。森の中は下生えがあまり多くもなく、少なくもなく。意外と歩きやすい。
ただ、時々、突然植物が引っこ抜かれたような穴が開いていて、足元には要注意だ。
「この穴なんだ?熊でもいたっけここ?」
黒鳥が穴を蹴飛ばしてそうぼやく。
【ああ、軍の連中を穏便に邪魔するために、妾が配下が茨の類を動かしたと報告を受けておるよ】
白狼さんが鷹揚に返事をする。狼以外の配下がいるのね?
【ああ、白狼様、なんたることに】
そこに頭上から声が降ってくる。見ると、アナグマにちょっと似た、それより大きな白黒の獣の姿。
「ほう、クズリにしては、随分身の軽い」
ランディさんがそう呟く。へえ、クズリという種族なのか。
【ああ、メルタスよ、久しいな。そなたが軍の奴らを相手にしておるのか】
白狼さんが、感心したような声。
【ああいえ、あっしひとりでできる事じゃありませんよ、無論森の皆にも手伝って貰っていますとも!ところで、随分と小さくおなりですが、王都へ行かれて引継ぎ式ですかね?】
状況をどこまで把握しているのか、メルタスと呼ばれたクズリさんは、地上に降りると後足で立ち上がって、礼のように頭を軽く下げた。
【いや、引継ぎはまだ当分先で、そもそも保留中よ。王都の変事は、それどころでないようなのでな。まずは、向かうのみよ】
そもそもこの地にあの規模の軍が派遣されてくるのがおかしい、と白狼さんは唸る。
【では、我らはこのまま工作を続けておればよろしいですかな?】
クズリさんが確認を取るのに、子狼が頷く。
【済まぬが、解除できるようになったなら、恐らく妾の知らせより先に軍に使者が行くであろうから、それまでの間、頼む】
【畏まりましてにございます。何、この程度の足止めなら、まだ半年はやれますよ!】
快活そうな調子でそう言うと、クズリさんは樹上に戻って去っていった。
「いい部下持ってんなあ、羨ましい」
黒鳥がそんな風に言いながら、クズリさんを見送っている。
【そなたの元におる小鳥たちの情報網も、なかなか立派なものだと思うがね】
部下を褒められた白狼さんも機嫌よさげにそう返す。なるほど、元々黒鳥は情報特化なのか。それでカル君と知り合った感じなのかしらね?
穏やかな森の中を二日ほど歩いたところで、雰囲気が変わった。
急に、生き物の気配が薄くなる。そして、所々に、人の気配があるとランディさんが告げる。どうやらここからが、王都エリア、ということだろうか。うん、僅かだけど、神力の気配があるわ。これが国神ランガンドのものっぽい?
そうしてみると、どうやら、ランガンド神の力は、王都周辺以外には、最早届いてもいないようね。そりゃあ、麒麟くんが国境道中で頑張っちゃうはずだわ……
当面はランディさんの隠蔽を全力で利用する感じで、気を付けて進む。なんという他力本願寺!いえ適材適所です!
まあ黒鳥白狼麒麟と揃ってて、そう簡単に隠蔽できるのかというと、どうだろうねえ。
ランディさんの能力は、真龍だけあって、神系特攻、ランガンド神に気付かれる可能性は、まずない。その分人族にはやや効きが悪いというけれど、何らかの技能やスキルを持っているか、余程の実力がなければ、隠蔽を見破るのって難しいのよねえ。
あたし?実力というか、巫女さん技能と、馬鹿魔力に裏打ちされた称号がですね、いつの間にかオシゴトしてくれるんですよ、しかも、パッシブ気味に。
《それも実力と言っていいと思うんですよ》
シエラがそう言う。でもあなたがいないと、多分あたしの察知力とか半減するんじゃないかしらね?相変わらず、魔力そのものを測ったりは、できないし。
実際シエラたんいないと話の進みが確定で遅くなる。