120.美味しいお肉と不味い魔物。
久し振りにご飯食べてるだけ回。
【いかんいかん、つい熱くなってしもうた。だが、こればかりは譲れぬ部分故な】
説教を終えた白狼さんが一息ついたところで、あたしたちは本格的に晩御飯の支度だ。
うん、この場所に着いたのがおやつ時を過ぎたあたりだったから、そろそろご飯にして寝る支度とかしないとなのよね。
まあ食べ物はだいたいランディさんの格納からぬっと暖かいものが出てくる訳ですけど。真龍、あたしよりよっぽどチートもの主人公感あるわね、持ってる魔法的にさあ!
《異世界人の格納魔法も人によっては時間停止あるらしいですよ。自称勇者様以下略》
えっマジか。自称勇者様、マジもんのチートもの主人公だったのか。というかシエラさんや、そこで以下略とか随分とネタ遣いがこなれてきましたね……
《うふふ》
まあ楽しそうでなによりです。
本日の晩御飯はステーキとスープとサラダにバゲット、デザートもあるよ、とのこと。
で、ステーキ肉の素材名が何故か出てこないのですが。見た目は赤身多めの美味しそうなブツなんですけども、何の肉だこれ?ランディさん、絶対ネタ仕込んでるでしょ。
「……何の肉だこれ?旨いけど、今まで食べた事ないような気はする……」
特に疑問を持たずに一口食べたカル君が、何故かそこで手を止めた。
でもまあカル君が食べた事ないなら、恐らく変わった魔獣とかそこらへんだな、と判断してあたしも口にする。元王子様に毒見をさせるな?いえいえ、確認しないでいきなりがぶりといっちゃう食い意地のあれでそれですわよホホホ。
ふむ。赤身な見た目だけど、肉質自体は案外柔らかくて、ふわっとほろっと口の中で解ける感じ。甘味と旨味を感じるけど、脂っけは見た目通り控えめねえ。付け合わせのバターの香りが濃いマッシュポテトと合わせるのもいい感じ。
なお狼勢には生で供されている模様。そちらもやっぱり見た目は赤身肉だ。ヒポ肉とは地味に質感が違う、というかやや色が濃いんだけど、マジでなんだこれ?
【真龍の、お主、悪趣味だな……】
どうやらレイクさんは答えに気付いたようで、困惑した声。
ただ、食べることを止めはしていないので、趣味が悪くても、ちゃんと食べて良い肉ではあるようだ。判定基準がおかしい?そうでもないと、思うよ?
食べ終わってから答えを聞いたら、亜竜ケートスだよ、とさらっと言われた。ケートスってクジラっぽいイメージなんだけど、亜竜なんだ。
「えぇ……」
何故かそれを聞いたカル君が、げっそりした顔になった。なんだなんだ?
《岩クジラが聖獣化するとケートスと呼ばれるようになるのですが……亜竜、なのですか?》
どうやら分類学上の新説をお出しされたようで、シエラがカル君とは違う辺りで困惑している。岩クジラって確か、海のスタンピードの時のボスの元生物よね?
「まあこれはだいぶ前の在庫なんだけどね。倒したんじゃなくて、何かの折に負傷した個体をケンタロウと看取った事があってね、その時に解体させていただいたのさ」
ちゃんと許可は取ったよって言うけど、許可って誰の?!そんでもってヒポの時もそんな気はしたけど、全体的に在庫が古い!!!いくら時間停止ついてるといっても、整頓はすべきでは!?
いやまあ、全員一致で本日のごはんも大変美味しかった判定ではあったんですけどもね。
「こんな旨いもんでも、魔物化するとあんなゲロ不味くなるのか……」
そういえば、カル君もあの魔物ボスの端末みたいな鮫ナマコ、齧ってたっけ……やっぱ不味かったんだ……
「あの時は一瞬噛みついただけに見えたけど、それでも不味かったの?マグナスレイン様も本体齧って不味いって言ってらしたのは覚えてるけど」
確か噛みついた瞬間に砕けて消滅してた気がするんだけどなあ。
「……見てたんだ……あれな、齧った瞬間に口の中一杯に汚泥突っ込まれたみたいな味が拡がってから消えるんだよ。伯父上の齧ったのは皮とはいえ本体だったし、吐き出すまで消失しないで残ってたから、もっと酷かっただろうけど」
思い出したくないんだが、と顔に書いてカル君がそれでも答えてくれる。そ、そうか……
「……美味しいものの後に変な物思い出させたわね、ごめんなさい」
取りあえずここは謝る一択だ。まあまだデザートがあるはずなんだけど。
なおレイクさんのいう悪趣味も正にそれだった。マグナスレイン様に例の魔物ボスが不味かった話を力説されたんで、海のスタンピードのボス格が岩クジラ系なのは知っていたんだそうだ。
……友人とはいえ、フェンリル相手に敵の不味さを力説……?案外お茶目だな、マグナスレイン様……?
デザートはごく普通に蒸しプリンでした。ちょっとしっかりめ、甘さ控えめ。美味しかった!
「材料、まさか鶴のタマゴだとか言わないよね?」
黒鳥がプリンに妙な疑惑の目を向けている。流石にそれはないんじゃないかな?
「鶴なんてお前の種族か、トゥーレの霊鶴くらいしかおらんだろうが。流石にそんなものは手に入らんよ。これの材料はごく普通の鶏の卵だよ」
卵自体は普通だったけど、鶴が思った以上にレア種族だった。まああたしの元居た世界では、鶴なんて大きな鳥は完全に滅びてるから、あんまレアだなんだとも言えないんだけどさ。
「うちの種族かあ……俺しかいないんだよなあ、もう……」
そりゃ卵は無理だな、と呟く黒鳥。え、そういう話の流れだったの?
「いやでも真龍の在庫だと何時のか判んねえからなあ、卵生めるやつがいないとかはノーカンかもよ?」
そこで何故か酷い話を蒸し返すカル君。君たち仲いいの悪いのどっち?
「だから普通の、今回最初にハルマナートに出向くちょっと前に農家で買ったニワトリの卵だ!それ以上しつこいと没収するぞ?!」
しつこくネタにされてランディさんが入手ルートまで吐きました。思ってた以上にめっちゃ普通の鶏卵だったね……
そして没収と言われて、慌ててプリンを同時に口に放り込む同顔男子二人。やっぱ仲良しらしい。
「普通の鶏卵なんですね。でもすごく美味しい」
なんか卵の味も濃いんですよね。まあこの世界だいたい食べ物は素材の段階で美味しいんだけども。
「君のように素直に味わってくれれば、それでいいんだがねえ」
ランディさんがわざとらしく溜息を一つ。
この真龍、食べるのも好きだが作るほうも好きなんだそうで、ここまで出た食事はほぼ全部暇なときに作成した自作品だそうだ。寿命がないも同然の真龍が暇にあかせて作った食事群。
魔法格納庫の半分くらいがそういうごはんだと言われて、全員の目が点になりました。
【……真龍の格納量で、半分が食事……?一国の軍を数年養えるのではないのかね】
レイクさんが呆れ声だ。というか、真龍の格納魔法のサイズ把握してるのか、レイクさん。そして、その容量ってガチでやばいやつじゃないですかね?
「流石にそこまでは。ハルマナートの子達なら半年くらいで全部食い尽くすんじゃないかね?」
いやまってランディさん、それ例が正しくない!あの食欲魔人の群れは、いくら人数の差があるったって、他国の軍とは多分比べちゃいけないやつ!
「いや、流石に軍団数年分を半年は厳し……いや、ないとは言い切れないな……?」
以前はその大食欲集団の一員だったカル君も、判定に迷うところのようだ。どんだけ?
ああでも、シャルクレーヴさんも、なんか臨時収入があったから帰りにおやつ買うんだ!とか言ってたな……
「なんか、魚料理だけ残りそう……」
なんかですね、カルホウンさん以外はあんまり魚食べないらしいんですよ、あの人たち。
「だってあれ、旨いっちゃ旨いけど、小骨がめんどいんだよ……」
うわ、ここにも魚敬遠勢がおったよ!黒鳥がええ?という顔で、隣のカル君を見ている。そうね、君はお魚大好きだものね。
「そこまで面倒なら丸呑みしちゃえば」
とか思ってたらまた変な事言い出した。これだからこのアホ鳥はー!
「味が判んねーだろそれ……お前の本体じゃないんだから」
カル君の方は、言われた意味はちゃんと把握したうえでそんな返事をしている。
それにしても、我々、見事にランディさんに餌付けされているなあ……。
もちろん空気読まない真龍だから、許可を取った相手は死にゆくケートスさんです。
なおクジラではなくケートスなので、リアル鯨肉とは仕様が異なります。