102.レンビュールさんの秘密。
この世界の古代っていつの話だろうね。
大音響の結果、神殿に行くか、墳墓側に回るかで、少し意見が割れた。
ランディさんとカル君は神殿、レン君とあたしとレンビュールさんは墳墓を主張。
ランディさんが神宝を気にして神殿なのは判るけど、カル君もだとは思わなかった。
あたしの直感は墳墓直行だ。そう言ったらカル君が何故か折れたので墳墓からに決定。
神殿の方はランディさんとレンビュールさんがそれぞれ召喚獣を飛ばして一応確認することになった。
「〈召喚:夜雀サイレンティ〉」
「〈召喚:黒丸鴉イージーゴーイング〉」
真っ黒な雀っぽい小鳥を呼んだのがランディさんで、小柄な二色分けの鴉を呼んだのがレンビュールさんだ。
並んで飛んでいくのかと思ったら、夜雀はおもむろに鴉の背中に乗った。まさかの便乗。
「師の師の雀は相変わらずですねえ」
どうやら薩摩守常習らしい。まあ小さな雀だから、余り負担にはならないんだろう。
「図体に合わせて魔力が少ないからな、節約だよ節約」
どうやら、タダ乗りはランディさんが教えたらしい。まあそうでしょうねえ……
《でも魔力が少ないって仰ってますけど、夜雀と鴉、同じくらいの魔力量ですよ、あれ》
シエラが地味にツッコミを。まあランディさんだから、しょうがないんじゃないかな。
建物の崩れた神殿、民に解放されていると王都警備の軍人さんは言っていた。
多分、たくさんの死傷者がいる。此処に居るのが聖女様だったら、一も二もなく、神殿に向かっただろう。
でもあたしは聖女じゃない。顔も名前も知らん他人を、ホイホイ無償で助けるようなもの好きでも、多分、ない。治癒の力はあるけど、そもそも今のあたしは別件の職務中なのだ。
断続的に暖かい感じのする波動が、神殿の方から流れて来る。ああ、これ、治癒の波動ね。自分で使う時はなんでか知らないけど実感できないのよね、これ。ならば、治癒師はいるのか。
聖女様が治癒を使ってた時は、まだそこまで感覚が鋭くなかったみたいで、判らなかったのだけど。
「神罰受けてる国でも、治癒師さんはいるんですね」
ぽつっと呟いたら、レンビュールさんがそうだよ、と軽く頷いた。
「むしろ他国より治癒師が多いかもしれないよ。少なくとも王都と、封鎖したあの街はそうだった。ただ、医療知識のある人があまりにも少なくて、あの街では感染症の原因もブーストしてしまって、致命的な状態になってしまったけどね」
うわあ、想定される最悪の事態だったのか。そして、手遅れになったのね……
「〈治癒〉が感染症に対して良くないのは、ケンタロウがわざわざ論文まで書いていて、もうこの世界ではすっかり常識だと思っていたのだが」
ランディさんも渋い顔だ。自称勇者様への、強い信頼を感じる。本当に仲が良かったんだろうなあ。
「神罰当時から、治癒師は増えたのに、医師の数が激減してるんですよ。人手を失って、教育機関がちゃんと回らなくなっちゃったんでしょうね」
レンビュールさんがそう説明する。ああ、教育って結構人手も元手もかかるよね。特に医療絡みは、結構な割合で予算との戦いがある。この世界でも、それは変わらないらしい。
「まあアスガイアの医療が世界の先を行っていた頃ってのは、亜人種や獣人で人体実験をやりまくっていたからだと言いますから、衰退原因は自明と言えば自明ですがね。そもそも、亜人種はともかく、獣人にそんな実験を繰り返していたのなら、耳と尾以外、人族となんら変わらないことにくらい、気付きそうなもんですがねえ」
うげ、何その暗黒時代。レンビュールさんの言い方も、突き放したような感じに聞こえる。
「そんなことまでしてたのか」
カル君が苦い顔。ああ、ハルマナート国にも、アスガイアから逃げてきた獣人さんが沢山いたそうだし、そもそも、彼のお父さんは狐獣人さんだったそうなのよ。これはお父さんが同じだというカルホウンさんに聞いたから、間違いない。
ちなみに亜人種といっても、サンファンやアスガイアに、ゴブリン族はかなり早い時期から存在していない。創世からのち、大召喚時代と呼ばれている、当時存在したどの国でも異世界召喚を行った時代を経た結果、各々の国家にある程度余裕ができ、召喚頻度が減り始めた頃に、サンファンとアスガイアでは、異世界人からの提言という言い訳で、全て魔物扱いで討伐されてしまった、のだそうだ。当時の統治者、マジ救いようがないな。
ライゼルもなんだろうけど、あの国は拡大政策を取り始めてからは完全秘密主義なので、正確なところは判らないままらしい。逃げてきて生き延びた僅かな人に、ゴブリン族を見たという人はいないとしか、言えない状況だそうだ。
そもそもなんでその二国の状態が世に知られているかというと、ほんの数人、逃げ延びたゴブリンさんがいて、他国に逃げ込んでその話を神殿にぶちまけたんだそうだ。
ただ、内政不干渉はこの世界でも基本らしく、更にことが終わった後だったので、何もできなかった、のだという。これはシエラが教えてくれた。神殿で必ず教わる失策例だそうだ。
そして、異世界人の召喚は、その件が本格的なきっかけになって、大半の国で廃れていったのだという。
そうよね、文化衝突ならまだしも、異世界人がそう言ったから民族浄化、とか、どう考えても弊害の方が大きいわ。
で、残った異世界召喚常習国は、意固地になってそれを更に重ねた、で、今がある、と。
そうこうしていたら、古代の墳墓と言われている丘が見えてきた。人影はない。
石造りの古い門をくぐると、お、神力だ。境界の力と、後誰か、知らない神様の力。こっちが国神アースガインのものだろうか。弱いけど、確かに……あれえ?
なんで、レンビュールさんから、その知らない神様の神力を感じるんでしょうかね?
思わずレンビュールさんの顔と、多分、いや絶対、真相を知っているに違いないランディさんの顔を見比べるあたし。
「えっなに?ってわあこの子巫女か!!」
一瞬とぼけた顔をしてから、ガチのびっくり顔になるレンビュールさん。ランディさんはにやにやしている。
「成程、巫女にも我が隠蔽は効果があるのだな!いいことを知った!」
あんたが!原因か!まあ知ってた。ランディさん、というか、真龍自体が、多分本質的に、そういう種族なのよ。
まあ微かに疑いは持ってたのよ。鳥専門の召喚師のくせに、化身なだけで、特にそれ以外の偽装は実はしていないレン君に一切反応してなかったからね、レンビュールさん。
「いやね、僕が魔導士レンビュールである、というのも、間違いではないんだよ」
レンビュールさんはそう話を切り出した。
「というか、僕の本分は、今もそうなんだ。アースガインとしての人格は、ちょっぴり間借りしてるだけの状態でね。本体はこっちに隠してはあるけど、多分もう使えないだろうなあ」
創世神みたいにやらかしたのかと思ったら、本体自体は無事だけど、中身たるべきアースガインの神格が、もう本体に残した神力に耐えられないまでに弱ってしまっているんだそうだ。そういや、さっきも自分を神格じゃなく人格って言ってたわね。
「境界神の御慈悲で、なんとか死にかけてたレンビュールの身体を借りる契約を結べたから、生き延びちゃいるけどね。その代わり、境界神の神力も国内に届かなくなってしまったのは誤算だった。ここまで急激に衰退するなんて、前例がなくて誰も想定していなかったんだよ」
しょんぼりした声音と顔で、そう言うレンビュール、いやアースガイン氏。
「そこの灰色の子は、サンファンの黒鳥だろう?今からでも遅くはない、神力に頼らない土地造りを始めるんだ。そうすれば、この国ほど酷い事には、ならないはずだ」
ああ、やっぱりレン君の正体も、最初から知ってたのか。ツッコミがないからまあそんな気はしてた。
「そうだな、なんならその辺は俺が教えてやれる部分もあるし」
カル君が頷いている。どうやら、彼らの情報共有は、過去には遡れないものらしい。過去にあった事例は、あのパエトーンの件をレン君が知らなかったように、教えられないと知らないまま、のようだ。
それにしてもちょっと気になるのは、レンビュールさんとしての人格と、アースガインとしての人格が、随分とシームレスに切り替わっている感じがすることだ。混濁とかはない、そう、メリエン様がその契約に関わっている以上、混濁は発生しないはずだから、そこは間違いない。
でも、どうなってんだろうこれ。属性は相変わらず混沌としたままで判んないのよねえ。
墳墓の門はあくまでも門しかないので、横からも通れるけど、彼らはきちんと通りました。