11.龍の軍隊と海のスタンピード
バトル回前半。
短い会話のあと、ハイウィンさんはふわりと上昇する。青鷺のベンネーンさんはそのままゆるりと進んでいく。
その進行先に被るように進んできた大集団。
うわあ、龍が、ドラゴンが、いっぱいだ!
二十数体の龍が飛んでいる姿は、壮観の一言に尽きる。
赤、青、黒、金色、緑、白、メタリックな輝きの紫、カルセスト王子みたいに途中で末端の色が変わっている個体もいるし、一色で染まっている個体もいる。
体格も、紋章学あたりでよく見るごつい身体の、どうやって飛んでるんだ系も、細長い、翼こそあるけど明らかに系統が違うタイプもいて、てんでバラバラだ。共通点は手足+翼、尻尾は一本、鱗、角、くらいだろうか。ワームやワイバーンタイプはいないんだねえ。
うん、一体として、そっくりさんがいません!これはこれで、凄いな?!
色んな体格と大きさの龍たちだけど、一定の間隔を保って、整然と飛んでいる。かっこいいなあ!
一番先頭を飛んでいるのは、漆黒のごっつい系のザ・ドラゴン!って感じの、巨大な龍。その斜め後ろを、見覚えのある金と青の龍が飛んでいて、あれは多分カルセスト王子だろう。漆黒のひとと見比べると、大分細いんだな、金髪王子。
いや違うわ、この漆黒の龍が極端に、あらゆる意味ででかいんだわこれ。しかしかっこいいなー。
【ああ?イード、おま、嬢ちゃん連れてきたのかよ!ハイの火力もアテにしてんのによお!】
こちらに気付いたカルセスト王子が開口一番文句を言う。
【阿呆、我の名を雑に略すなと何度言わせれば。そもそも水の中の連中に我の風魔法がまともに届くと思っておるのか。今日は見学じゃ見学】
ハイウィンさんが辛辣である。
【ええ、どばーんと水ごと上空に巻き上げてとか、できねえ?……ぎょえ!!】
なおも言いつのるカルセスト王子の頭を、真っ黒なでかいしっぽがどばーんとどついた。おおう、凄い音、そして痛そう。
【このひよっこめ、楽ばかりしようと無茶を言うでないわ!】
そう吠えたのは、先頭にいた黒龍さん。声が大変渋いイケボですね?
「おお、マグナス伯父上、お久しゅう。相変わらず羨ましい恵体ですね」
どつかれて空中で器用に悶絶しているカルセスト王子を見ないようにしながら、イードさんが挨拶している。
《まあ、あれが現陛下の一番上の兄、マグナスレイン様ですのね。なんという雄大な方でしょう》
シエラが感嘆の声。かっこいいよねえ、どう見ても他の龍の倍くらいあるし。
【おう、イードも健勝そうで何よりだ。なに、ガタイがでかいだけが能ではないさ。
……あれ以上近付かれると沿岸に影響が出る。早速始めようか。ものども、続け!】
そう言うと、咆哮をあげて一気に速度を上げるマグナスレイン様。ひょええ、大迫力!
龍たちも大急ぎでそれについていく。カルセスト王子も少々よたついたものの、何とかついて行っている様子。
イードさんはと見れば、数枚の紙を取り出して、書かれた魔法陣に魔力を込めている。
なるほど、魔力が見えるようになったから判るけど、ああやって魔力を陣に走らせるのか。
程なく魔力が複雑な魔法陣に満ちる。イードさんの前方に、拡大された魔力で描かれた魔法陣が展開される。
「〈味方認識票付与〉/〈召喚:水蛇シングライン〉〈召喚:海竜サイドブラスター〉!盟約により我が敵を喰らうがいい!」
呼び出されたのは、水色に輝く鱗の、長いながい大蛇と、深海を思わせる藍色の、鰭の長い龍とも蛇とも見える、これも長い身体の生き物。こっちが海竜かな。
魔力で描かれた魔法陣の真ん中を通り抜けるように現れた彼らは、そのまま真っすぐ海へ突き進んで、ざばりと水に潜っていった。
えーと、今のは小さい魔法陣で認識票付与して、大きい魔法陣二枚と小さい魔法陣もう二つでそれぞれを呼び出し?
うん、そうだ、さっき見て覚えた魔法陣それぞれに、そう書いてある。
【大きなものは、ああやって二枚かそれ以上に分割した魔法陣を繋いで呼び出すのじゃよ。我がギリギリ一枚で呼べる限界の大きさだそうじゃが、蛇共は幅はともかく、とにかく長いからの】
確かに、水蛇も海竜も、すっごく長かったね……
【あの二体で下から海上へスタンピードの主体格の魔物を追い上げようというわけじゃが、どうも随分深い所におるような】
上の方には雑魚ばかりらしい。龍たちが光のブレスぶちかましたり、海面すれすれを飛んで物理的に吹き飛ばしたりしている。
逃げ出した雑魚をカルセスト王子が素早く叩き落としている。今の所漏れなしだ、やるねえ。
しかし、ボス格らしき個体がなかなか見つからないらしい。
いや待って、なんか今、嫌な予感。深く潜ったあとは、全力で飛び出してきたり、って何の話だ?
いや来る!ぞわぞわする!
ごう、と轟音。
恐らく海底を蹴って飛び出した、真っ黒な身体。ごつごつした皮膚と、いかにもねばついた感じの皮膚が混ざり合う異形。
あれ、あたしそんなに視力良かったかな。
ぎゃおおおおおおお!
飛び上がったソレは、龍の二人ほどを引っかけて吹き飛ばすと、あっという間に水飛沫をあげて海中に潜ってしまった。
悲鳴のような咆哮は、吹き飛ばされた龍たちのものだ。
【エンブロイズ、サクシュカ!大丈夫か!?】
あれ、サクシュカって女性の名前みたいな気がするんだけど。
【も、申し訳ありません伯父上、不覚を取りました】
【痛い……ブロイ、わたしを庇ったでしょう、無理しないで】
やっぱり。サクシュカさん、女性だ。真っ白い身体に水色のたてがみ、細長い身体の中程に、大きな傷。
エンブロイズさんのほうも、負傷している。こちらも細身の龍だ。色は金の鱗に緑のたてがみとしっぽ。
ふわり、と、空中に白く光る魔法陣が描かれる。
【〈治癒〉:エンブロイズ】
サクシュカさんの声と共に、魔法陣が崩れて、エンブロイズさんの傷に降り注ぎ、塞いでいく。だけど、代わりにサクシュカさんが態勢を崩した。傷に響くのだろうか。
【サクシュカ殿、無理をするな!飛ぶぶんの魔力まで割り込んでは戻れなくなるぞ!】
エンブロイズさんが心配そうに声をかける。
しかし、治癒魔法があるのは聞いていたけど、こんなに早く見られるとはね。魔法陣は覚えた、さて書けるかな?
ふわり。
目の前に程々の魔力で魔法陣を描くとこまではできた。キーワードは〈治癒〉か。
「〈治癒〉:サクシュカさん」
声に出すと、魔法陣はそのままサクシュカさんのほうに移動して、傷にぺたっと張り付く。おいなんだその挙動は!どうして!そうなる!
幸いそれ以上おかしなことにはならず、傷に張り付いた魔法陣が崩れると、ちゃんと傷が塞がった。セーフセーフ。
《セーフじゃありませんよそれえ!魔力込め過ぎて魔法が上位変換起こしてます!!》
あれえ、魔法陣が割れないから魔力量問題ないと思ってたのに!違うのか!
《ちーがーいーまーすー!習ってない魔法を使おうと!しないで!》
治癒されたサクシュカさんと、その周囲の龍たちとイードさんが、ぽかんとした顔でこっちを見ている。
【……ねえハイウィン、あなた背中に聖女様でも載せてきたの?上位治癒とか初めて見たんですけど】
サクシュカさんが怪訝な声。
【いや、これは最近拾った子で、治癒魔法は……ああ、お主が使ったのを見て覚えてしもうたのじゃろう】
真面目に答えるハイウィンさん。
「いやいや、まて、サクシュカ姉は上位治癒は覚えておらぬだろう?それにさっきの魔法陣は、ああそうか、馬鹿魔力……」
言いかけて、途中で原因に気が付いて黙るイードさん。って馬鹿魔力とか相変わらず失礼ね?
「……魔力が多すぎると上位変換が起こるのって、治癒だけ?」
諦めの境地で、質問してみる。
「魔力量で階梯そのものが変わるのは、治癒と一部の結界魔法だけだな。というか、召喚や攻撃魔法でそんな恐ろしい仕様があっては困る」
イードさんの回答。そう言われればそうね……
【でも助かったわ、ありがとうお嬢さん。とはいえ、治癒は結構魔力を食うから、気を付けてね】
態勢を立て直したサクシュカさんがそう言って、戦列に戻っていった。
《……魔力の枯渇とかあるんですかね、あなたの場合》
シエラが嫌なところを突っ込んでくるけど、正直あたし本人も把握できてないから判らない、としか言いようがないですね……
主人公、やらかす。(お約束ですね!)
龍たちの名に法則性とかは特にないです。召喚獣は英語が多いけど。
12/24 エンブロイズさんの姿を間違えていたのを今頃発見したのでマグナス様のサイズ描写ともども直しました!ブロイ君は細い系だよ!