96.廃墟の旅。
廃墟は続くよ何処かまで(流石に何処までもではない)
「〈結界〉」
ランディさんに慎重に隠蔽の魔法陣を配置してもらってから、物理結界を起動する。
範囲は、死体ご一同様。今回は臭いもシャットアウトだ。識別子、あたしたち一行はスルー出来る感じに。でないと魔法が飛ばせない。
この世界の魔法で、一番アバウトなのが結界術だ。識別子やら付加情報やらは、特に詠唱に載せなくても、無詠唱を取得したうえで、イメージさえきっちりできていれば、ちゃんと発動する。その代わり、魔術系称号には、実際に使えた術の威力の三分の一くらいしか反映されないけど。
そんな性質のせいか、結界術は基本的に異世界人が一番得意だと言われているそうな。
「じゃあ燃やすねー」
レン君が軽い調子で請け負って、詠唱もなく魔法陣を描く。揺らぐ炎のような文様、なるほど魔法は聖獣式なのね。
「その格好でも幻獣式が使えるのか」
カル君が感心したように呟く。あ、聖獣式も幻獣式も、意味としては同じよ。なんか翻訳が時々揺らぐんだよね、この単語。
「え、そりゃ、俺、人間式は使えねえもん。だから化身の時はできるだけ魔法は使わないようにしてる。今は俺の事知らない奴がいないからいいけど」
魔法で発生した炎が結界内を駆け巡るのを横目に見ながら、レン君が答える。
炎が中の全てを焼き尽くしたあとは、ランディさんが水をぶっかけて無理やり鎮火していた。
流石にこうなると、川下がちょっと気になるので、結界を解除したあとは、川沿いを暫く進むことになった。
暫く進むと、まだ日暮れに少し時間のある程度のあたりで、小さな村が見えてきた。
でも、人の居る感じが、しない。
夕暮れ前なら、田畑で仕事をしていた人が帰って来たり、炊事の湯気が見えたりしそうなものなのに、それが、一切ない。
そもそも、畑だっただろう場所はどこもへなへなとした枯れ草が覆っていて、種まきすらされたように見えないありさまだ。この辺りなら冬から春にかけては麦か葉野菜、あとは蕪なんかを作ることが多いというのだけれど。
全滅したのだろうか、と、恐る恐る覗いてみたら、壊れかけた建物以外は、なんにも、お皿一枚落ちてなかった。所謂廃村だったようですね。
「雑草すら生育が悪くて、この土地が捨てられた時期の見当もつかないとはねえ」
ランディさんが呆れ顔だ。
「守護神も縛られて、力が半減してる状態が続いているから、国土の辺境まで威力が及んでないんだろうな。神の力なんぞに頼りすぎるからこうなるんだ」
ランディさん達真龍と、神々は仲が悪いので、神様は基本呼び捨てだし、こういうことも平気で言う。
でも、神の力に頼りすぎる、ってのはそうかもね。ハルマナート国は、神様は特にいないけど、食料に困っているとか、特にないどころか、麦は輸出する側だそうだし。
「下水周りのシステムがちゃんとしてれば、此処まで酷い事にはならないはずだがなあ」
そういう事情もちゃんと知ってるカル君も、家屋のあれこれを調べながら、難しい顔をしている。そういえば水周りの魔法陣とか、付いていた形跡もないわね。水は川と井戸から汲んでいたっぽいし、トイレの痕はといえば、所謂ぼっとんだったっぽい。しかも穴が埋まりそうになったら埋め戻して違う場所に穴掘ってたらしい。そんな運用だから、無論屋外式だ。
そして、石積みで雑に埋めた古井戸からは、饐えた臭い。やっぱり汚染されていたか。ただ、トイレの運用方法的に、あの死体が汚染源か、埋められた排泄物が汚染源かは、確率半々ってところじゃないだろうか。
それに、死体の腐り加減的に、この村が放棄されてから設置された死体だったんじゃないか、というので、謎はむしろ増えた。いやあれ好奇心で入ってきた外国人向けのトラップなんじゃないかな?こんな所にまともに現地調達しないで済むような準備もしないで入ってくる人なんていない気はするけど。
ハルマナート国の場合、辺境の農村でも水周りの始末はほんとにきっちりされていたもんね。まあ計画的に入植した地域だったからかもだけど、あの国の性質を鑑みるに、そんなに国内の他所と差があるとは思い難い。
「君の国は異世界召喚をしたことすらないのに、一番異世界人の生活様式の影響を受け続けているよね。面白い結果だと思うよ」
ランディさんがそんな風に言う。そういや下水周りも、緊急時の避難システムも、基本は異世界人が構築したものだって言ってたっけ。
「フラマリアだってそうだぞ、まああそこは自称勇者のお膝元でもあるからだろうけど」
多分隣同士だからシンプルに影響されたんじゃねえの、とカル君は気のない様子でそう答えている。
地図を思い出す。確かにハルマナートって、ちょっとだけアスガイアと接しているだけで、国境線のほとんどはフラマリアが占めてるのよね。なのでそれ以外の他国に行くときは、龍が空路を飛ぶか、そうじゃないなら基本は船なわけよ。そりゃあ影響は受けるだろうね。
というか、あの自称勇者、フラマリアの人なんだ。
《フラマリアの人と言いますか、フラマリアの現王家の開祖ですわね。正式な本名はケンタロウ・マツダ・フラマール、と仰います。そこまで書いてる伝記が何故か少ないのですけど》
なんとまあ、王家初代だった。現、ってことは交代したのか。
《そのようですね、これもあまり正確なところは伝わっておりませんけど。ランディ様ならご存知かもしれませんね》
「フラマリアは実質ケンタロウの国だからねえ、そりゃ異世界式が定着もするだろうさ。ああ、でもそうだな、龍の子らは曲りなり程度とはいえ格納魔法も使えるのだったね。そういう意味では、異世界の民と近しいと言えなくはないか」
ランディさんは軽い調子でそう言う。なんかひっかかる言い回しではあるけど、多分教えてはくれないやつだなこれ。
驚いたことに、二日目も、三日目も、ほぼ同じような規模と荒れ具合の村の廃墟に出会うことになった。
警戒すべき人間は、影も形もない。以前イナメさんが、この国の人口は半減してしまった、と言っていたことがあるけれど、これって、半減で済んでいるのだろうか?
「ここまで廃村ばかりだと、逆に人間に会いたくなってくるな」
カル君が皮肉っぽい口調でそんなことを言い出すレベルだ。
「そうだねえ、だが、ここまで来て尚、丸一日で歩いて行ける範囲に、人の気配がないんだなあこれが」
ランディさんの返答に、皆そろってうへえ、って顔になっちゃったのはしょうがないと思う。
日程的には、この国の四分の一くらい中に入り込んだはずなのに。まあ中央海よりにある首都までは、まだ二~三日はかかるそうなんだけど。済まないねえ、あたしの体力が、それこそガチの普通の人なばっかりに。
《流石に徒歩での長距離旅行はしたことなかったですからねえ、わたしも》
シエラからごめんね、と思念が届くけど、別にあなたのせいじゃないし、城塞でもふもふと遊ぶ時間を多くとってた自分のせいでもあるからね……
いや、前の自分は装具があってはじめて歩くのがやっと、走るなんてありえない、って人生だったから、普通の人並みに歩いて走れるだけで御の字だと思っちゃって、そこから鍛えるって発想まで、行ってなかったから……
まあこの旅自体が、修練にはなっているだろう、多分。夜はコテージの快適寝具ですやぁしているから、夜間警戒の仕方とかは全然覚えられてないけども。
そして四日目。ついに、人の気配を察知した、とランディさんが言う。
「ただねえ、これ多分、我々が辿り着く頃には終わってるんじゃないかなあ」
うんざりした顔でランディさんがそう言って、何故かあたしを見る。
終わってる?つまり、ええと、死にかけて、いる?
「今からダッシュで行けば間に合うとかそういう話?」
カル君がそう応じて、これまたあたしを見る。
何故あたしを見るんですか、君たち。ってああ、治癒持ちだからか。
「他に急いだほうがいい理由があればそうしますが、あたしにはその人を助ける理由がありませんからね?」
薄情と言わば言え。誰が何と言おうと、ここは、敵地だ。だいたい、彼らだって別にその生きた気配を助けたいと思ってる訳ですらないのよ。そのくらい判ってる。
「え、見捨てるんだ……」
レン君がそう言って目を見張る。この馬鹿鳥ほんとに思考が子供のそれになっちゃってるな。君、色々陰謀とか張り巡らせてきた側のはずでしょ?
「お前がそれを言うのかね。子供らしくはあるが」
そもそもお前そんな年齢じゃないだろ、と心の声を駄々洩れさせながらランディさんが苦笑している。
「ひとりしかいないなら、情報目的で助けるのはアリだと思うぞ」
カル君が折衷案を出してきた。前から思ってたけど、君ほんとに鳥小僧に地味に甘いな?
果たして彼らは第一村人に辿り着けるのか?