95.思わぬ伏兵現る。
えー、さらっとですがグロ描写がございます。あと、虫がダメな人は回れ右して待て次回!
まあ、結局微妙な出来事はそれっきりで、極めて順調にてくてく歩いて、二日ばかりで予定通りアスガイアの国境に辿り着いたあたしたちであります。
無論、あたしが一番体力がないので、あたしの脚に合わせてもらった旅程ではあるんですけど。
なお戻りはこんな悠長なことはしないよ、とランディさんの謎の微笑があったことだけ記録しておく。
「……ランディ様様だなあ」
ぼそっとカル君が呟く。
「ほんとそうねえ、あたしの場合、自力で結界張ると寝られないからねえ……」
ええ、夜寝る時に、万全の安全体制を確保してくれたランディさんのお陰で、実は消耗は殆どないのだ。
覚えていますでしょうか。真龍の格納魔法は最大魔力に応じたサイズで、常時変動なしで使用可能、って話。
うん、正に絵に描いたようなチート性能だった。ログハウス風のコテージ一式格納してたよこの真龍!あとは周囲に結界の魔道具を置いたら、野盗も魔物も立ち入り禁止な陣地の出来上がりですわ……
あたしがしたことといえば、結界の魔道具に起動用と維持用の魔力を込めただけですハイ。
ちなみにランディさん自身は、人間ほど頻繁には眠らなくていいらしい。レン君もだけど。
……なんでコテージ持ち歩いてるんだこの人?
なので、利用して寝てたのは主にあたしとカル君だ。レン君も一回だけカル君と一緒に寝てた。
ごはんはこれもランディさんの格納庫から出てくるわけですよ。しかもほかほかのやつが。
うわー時間停止も付いてるのかマジうらやま!カル君もびっくりしてたから、龍の王族の人の使う格納魔法は普通に時間経過があるっぽい。
それにしても、国境ってあんまりイメージ自体が沸かない場所なんだけど、此処は本当に、見るからに境界がくっきりはっきり、良く判る。ちなみにこのアスガイアとマッサイトとの国境には基本的に関所的なものはない。アスガイア側にこんな場所に割ける人員はないし、マッサイト側はたまに巡回に来るだけだそうだ。
まあ基本ちょっと好奇心で覗きに行った外国人が戻ってくる以外、人間出てこないからね……
たまに犯罪者が逃げ込んで、その時だけ討伐もしくは捕獲の為に嫌々ながらに突入する、なんてことはあるそうな。ってなんで嫌々?
境界だから、当然メリエン様の力が流れている。そこを境に、草の色すら違うのよ。
厳密にいうと、春真っただ中のマッサイト側と、いまだに枯草が地を這うだけのアスガイア、って感じなんですけども。
道は地味に続いているけど、辛うじて道なのが判る程度、ね。すっかり人が通らなくなっていて、草が生えたりしているから、マッサイト側は本当に判りづらい。アスガイア側は草が殆ど道部分には生えていないから、まだ辛うじて道の体は成している、といった程度だけど。
春なので、鳥や虫があちらこちらに飛んでいる。虫は境界を気にもせず出入りしているけど、鳥は境界に近づくとくるりと反転して元来た方に戻ってしまう。なお鳥は全てマッサイト側にしかいない。
……なんか、巫女さん技能とか全く無関係に、すごくヤな予感がする。
「うーむ、これは酷い」
あたしたち全員に謎の粉を振りかけながら、ランディさんが評する。
ええ、思わぬ伏兵にしてやられました。
……不快害虫、っていうか蚊とかアブ、この世界にもいたんだなって。物理結界を張りそうになったところで、検知されるものはだめだろ、と思い至ったので、ランディさん以外全員もれなく虫刺され。ええ、ガチでヤバイ数の虫がいました。嫌すぎる。
レン君まで痒そうにしているので、ランディさん以外に軽く治癒をかけるなどしました。幻獣や聖獣も虫に刺されるとは知らなかった。聞いたら化身の時だけなんか寄ってくる、のだそうだ。
まあ自分には治癒使えないんだけどね?!初めてこの仕様クソだわって認識しました!
あたしの虫刺されは、ランディさんが薬塗ってくれたよ。三つ編みきつくしてひっつめて纏めてたせいで、耳とか襟足あたりとかの、自分で地味に見えないとこやられたものですから……
でも旅装が春だけど高地を通るからって長袖で、そしてスカートじゃなくてズボン履いて足元きっちり留めてあって、本当に良かった。
謎の粉は虫よけだそうで、成程一気に周囲の虫が減った。
そんなわけで、定期的に謎の粉を振りかけ振りまきながら歩く怪しい集団になりました。
まあ速攻で街道だった場所からは離れるので問題ない。ここからは可能な限り人目を避ける系強行軍だ。目的地はこの国の首都にほど近い場所だから、最終的には強行突破になる予感はしないでもない。
国境から道を逸れ、疎林に入って暫く行くと、吸血系の虫が一気にがくっと減った。多分国境辺りをうろうろして、獲物はマッサイト側で確保して、鳥に喰われる前にアスガイア側に逃げ込んでるんだろうなあの虫。
虫も、ある程度反復行動することで学習するって話、聞いたことあるし。ほら、Gが顔めがけて飛んで来るとか言うやつ。まああたし、実はGって何の虫かよく知らないんだけど。最先端技術研究していた病院には流石に出ない、とだけ聞いていた当時のあたしです。
《そういえばこの世界にも多分いませんね、その虫?》
あたしの知識から検索したらしいシエラもそんな風に言っている。そっか、おらんか。
そうこうしているうちに、なんだか別の虫が増えてきた。刺さないけど、ハエ。あと地面をごそごそ走る何かの虫。なんだろうね?周囲はやっぱり疎らに、でも見通しが微妙な程度に細い木が生えているだけなんだけど。
「……嬢ちゃん、この虫平気なのか」
ちょっと驚いた顔のカル君に聞かれたけど、知らんものは怖がりようがないですね?
《いるじゃないですかああああああああああああああ》
あたしの代わりにシエラが悲鳴をあげました。なんぞ?ってもしかして足元のコレが例のGってやつ?言われてみればなんかテカテカした虫だけども。
「これは、まずいねえ。我は火魔法は使えぬし」
ランディさんが眉をひそめてそんなことを言い出した。火?あたしもカル君も無理だし、それに。
「え、飛ぶ虫に火ってだめなんじゃないですかね、とくにそこの油っぽそうな黒い虫とか」
実態は知らないけど、色んな都市伝説的な話は沢山聞いてるぞ、G。火つけたら放火魔にジョブチェンジした話とかさ!
「俺が使えるけど……って何かめっちゃ腐ってる臭いだな?」
レン君も、ランディさん同様に眉間に縦ジワ。
「うむ、どうも最低でも人間サイズ程度の、ある程度大きい生き物が複数死んで、その場で腐敗しているようだね」
ランディさんそれ婉曲表現になってない気がします!
疎林は微妙に高低差もあって、見通し自体があんまりよくない。とはいえ、流石に、突然目の前に腐乱死体が現れるのは、ちょっと変じゃないでしょうか。
「いかんな、結界の術具を踏み潰したようだ」
ランディさんがやらかしておりました。うわ、壊した結界具、匂い制御もついてたみたいで、今になって凄い臭い。
そして見てしまったその臭いの元は、多分数人の人間と、なんだろう、多分何かの騎獣だろうか。殆ど腐って骨とでろでろした何かと、蛆虫の塊になってて、最早何が何だか良く判らない。
人間と獣、両方だと判定できたのは、特徴的な頭蓋骨がひとつふたつ、見えたからだ。
あと、髪の毛って意外と腐らないんだなって。
「しかしなんでこんな場所に、結界なんて張って?」
臭いが気にならないとでもいうように、死体の周辺を拾った木の枝でつついているランディさん。すみません流石に蛆虫は無理ですギブギブ。後ろ向いておこう。う、シルマック君が風魔法で臭いを飛ばそうとしてくれている。ありがとう、でも多分位置的に手遅れだから今はいいよ。
結局、身元の判りそうなものどころか、着衣らしきものすらなかったので、多分盗賊に襲われて身ぐるみ剥がれて捨てられたのではないかという結論になった。結界の謎が解けないけど。
「まずいな、大きくはないが、川があるぞ。恐らく結界具の目的はこの死体自体を隠して、影響だけを外部に齎すためじゃないか?」
周囲を見ていたカル君が渋い顔でそんな事を言い出した。死体の、影響?
「伝染病か……」
嫌そうな顔でランディさんが応じる。でもそれは、誰が、何のために?
予想外に主人公が虫を怖がらない……