94.幸先微妙な出発。
また変な奴が現れた!
翌日もいい天気。いよいよ二手に分かれての行動になりますね。
宿でお留守番はリンちゃんとレオーネさんとシャルクレーヴさん。あたしとカル君とランディさんとレン君はこの町から出発だ。
アスガイアには、今は獣人ではない、所謂『狭義の』人族しか住んでいない。それ以外の種族は元々差別と弾圧を受けていて、数を減らしていたところに、神罰の時にほぼ全員が逃げ出してしまったので、今はいない。
そしてそんな差別を当たり前のように行ってきた国にわざわざ新たに入る獣人も亜人種族もいない、というわけだ。
そもそも、神罰を受けたって時点で評判は地に落ちているわけで、入国するのは余程のもの好きか、滅びない程度に支援をしている他国の慈善事業系、ぶっちゃけ神殿関係者の一部、程度らしい。
で、アスガイアという国は、神罰前は医療の発達が他国より飛びぬけていたものの、ここにしかない特産品、といったものも、神罰以前から特にないんだそうで、商人も寄り付かないんだそうだ。
今回のあたしたちは、幻獣の生息調査というもっともらしい理由こそつけているけど、世間的にはもの好き枠に入る。不本意だけど、こればかりはしょうがない。真の理由なんて、絶対そこらの人には明かせない奴だしね!
だけど、それが足を引っ張る可能性は考えてなかったなあ。
今あたしの目の前では、カル君と、紫っぽい髪色の、神官服の女性が睨み合っている。
出発直前になって、クレニエ方面から大蜥蜴系の騎獣で猛ダッシュしてきたこの女性、アスガイアに行くなら私を連れていけ、とずっとゴネている。
当然オコトワリし続けているんだけど、全然めげる様子がない。幻獣の調査なら手伝える、とか、腕にそれなりに覚えもあるし騎獣も戦えるから足手まといにはならない、とか、ほんとに粘る粘る。まあカル君がことごとく却下してるんだけど、それでも、何が何でもついていくと言い張る無茶振りだ。
「……幻獣の調査に、こんな喧しい人は要らないかな」
思わず、ぼそっと口にしたら、げ、という顔になって口ごもる女性。
砦のアルミラージとか、子供だと割とこういう喧しい人が来ると速攻隠れるよ?大人も嫌そうにしてるし。うん、実は龍の王族の中で、ちょっと賑やかが過ぎる人がいて、ぶっちゃけ嫌われているのだ。なお本人が気付いてないのが笑いどころ。
「そういう訳なんで、何の理由で便乗したいのか知らんが、他を当たれ。こっちの目的には迷惑でしかないんだよ」
そもそも、他国の民がアスガイアに入るのには、実は特に制限などない。あの国の民が、出入りできないだけなんだよね。これはサンファンも同じなので、レン君以外は今後サンファンにも入る予定なんですよね。
「ですが!私の力は絶対必要になるはずです!ですから」
うわ、まだ食い下がるよこの女。正直、あたし的にはものすっごく嫌な感じしかしないから、適当に撒いてしまいたいくらいなんだけど。
(随分嫌そうな顔だが、何が気になるんだね?)
ランディさんからの念話。いや、あたしの勘がこいつはだめだって言ってる感じですかね。多分、碌な目的じゃない、というか、うん、ヘッセンの時と似た感じの、だめな波長を感じる。
なまじ神官服なんて着てるから、慈善系ルートの人かとか思ったけど、違うわねえ。
これ以上騒いでるとコボルトさん達にまた取り囲まれそう、なんて思ってたんだけど、そういえばあの子達寄ってこないわね?なんて思っていましたら。
「またあんたか!いい加減にしな、ディーライア!どうせ国境を跨げもしないくせに!」
昨日の髭のおじさん(宿で聞いたら、町の警備担当の中でも、ちょっと偉い人だった)がすっとんできて、神官服の女を取り押さえましたよ?
それにしても、なんか名前の響きに嫌な雰囲気が被るんですが。
「ああ、あんたたち、こいつは押さえておくから、さっさと出発しちまいな。せっかく出発しようって時に、済まないね!」
顔に『厄介だから早く行ってくれ』って書いてる感じだったので、言葉通りにとりあえず出発。
また、ってことは、前にも同じような騒動を起こしていて、だから顔を覚えてるコボルトさん達も近寄ってこなかったのか、なるほどな。
「……なんだったんだ、あれ」
カル君が嫌そうな顔を隠しもせずにぼやいている。
「警備員さんの態度的に、常習っぽかったですね。あと神官服と、国境を跨げない、って話からすると、アスガイアのそれなりの家柄の関係者だった感じでしょうか。紫っぽい髪自体はなんかオラルディっぽいですけど」
組み合わせ的に、どうしてもかつてのヘッセンの第二妃を思い出してしまう。あんまアレ思い出したくないんだけどなあ。
そして、王族周りの情報は他国の分もしっかり把握してるカル君と、例によってちょいちょい感情が連動しているレン君が、とてもとても嫌そうな顔になった。
「……名前、似てたな?」
これも嫌そうにつぶやくカル君。ええ、似てたわね。顔は全然違ったけど。
「流石に関係ない、と、思う」
何を知っているのか、レン君までそんなことを言い出した。
いや、この二人、あたしが契約を強制抹消するまで情報を共有してたんだから、基本情報くらいは知っていても変ではないのか。
「で、嬢ちゃんのジャッジとしては、あの女は、アウト?」
そう言いつつ、カル君がこっちを見る。
「アウトですね。邪魔にこそなれ、あらゆる意味で、役には立ちそうもないです」
むしろ、こっちの計画を邪魔しにきた勢だと言われた方がすっきりする、という程度には、印象も直感の反応も悪いのよ。ただ、実際にそうかと言われたら、それも多分ノーだけど。
「宿の方に迷惑が掛からねば良いが」
ランディさんが嫌な指摘。そこなのよね。あの欠食ライオン小僧、食べ物か小銭でいろいろべらべら喋っちゃうタイプみたいだから、そこが一番の心配なの。
とはいえ、警邏のおじさんに捕まるくらいだから、フレオネールさんや、ましてやシャルクレーヴさんやフェリスさんの敵ではない。まあ恐らく、そこは大丈夫だろう。
「でもあいつなんか変な術かかってたよな?神罰の楔もあったっぽいけど」
レン君の疑問。ほう、鳥小僧、そういうのも判るのかあ。
「そうね、ただ、あたしたちには無関係よ。この国の神殿に強制所属させられてるだけね」
そんな術あるのかって感じだけど。と軽い気持ちで答えたら、カル君とランディさんの顔が、これでもかってレベルで嫌な顔になったという。どういうことよ?
「強制所属?間違いないのだね?」
ランディさんの疑問には頷いておく。そうとしか読み取れなかったわよ?
「最悪なのに目えつけられたんじゃねえかそれ。異端審問官じゃん。ってことは、あの喚き散らしてたの、演技かよ」
吐き捨てるように言うカル君。異端審問官?そんなのこの多神世界にいるんだ?
《この世界の異端審問官は、基本的に聖獣や高位神官が堕ちた時、その存在を滅するのが役割。だいたい何か神殿相手にやらかして、罰として神殿に縛られて使役されている人や獣で、基本的な権利が制限されているので、余り関わりたくないという人も多いそうです》
ただ、普通はあんなに目立つ行動はしないんですけどね、と付け加えるシエラさん。
っつかそれ、審問してなくない?と思ったら、用語を設定したのが宗教知識の浅い異世界人でした。いつものオチですね!
「異端審問官ってことは、ターゲット、もしかして俺?」
レン君が首をかしげている。いやあんた守護聖獣の資格は多分欠損したけど、まだ聖獣としてはギリ堕ちてはいないでしょ?こないだ勢いで自称呼ばわりしちゃったけど。
「俺かもよ?」
ぼそっとカル君が言うけど、流石にそれはないんじゃないかなあ。
「いや、君の国神殿関係ないじゃん……」
レン君が速攻で否定している。それよねー。ハルマナート国には神殿はどの神様のものもないから、当然神官も居ないし、異端審問官なんて役職も、ない、はず。
強いて言えばマグナスレイン様が堕ちた元聖獣の討伐経験があるらしい、くらいじゃなかったかしら。これは銀狼のレイクさんにちらっと聞いた話。
「……そういやそうだった。なんでそんな風に思ったんだ俺?言い争いしすぎたか」
多分闇属性が生えた話を連想しちゃったせいじゃないかな。堕ちる云々と闇属性は一切関係ないけどねー。
「なんでかしらね?ちなみに瘴気って無属性なのよ。知ってた?」
遠回しに、そこは関係ないよ、と言っておく。カル君そこまで脳筋じゃないから、多分これで通じるんじゃないですかね。
当分出てこないのでバラしておくけど、標的が同じなので同行不可です。倒されると!困る!




