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金の手

〈文化祭〉

僕は体育館の中にいた。

体育館は暗闇に包まれ、スポットライトが闇を斬り

さき、舞台を照らす。光の中で、人間がバンドで叫んだり、つぶやいたり、漫才で笑わせようとしたり、すべったりして感情を出す。

観客はそれに合わせてペンライトを振ったり、

笑ったりする。

一番盛り上げた方が勝ち。賞金もないこの祭で、

人間はこんなにも盛り上がることができる。

「人間だったら良かったのですかね」

僕は神だ。それも、弾丸の神だ。

僕が盛り上がる時は、敵を貫いたときだ。

その今回の敵は破壊神。いつもと違うことは、事例がないことだ。名前はあるけど、破壊神の姿を見たものはいない。

死神の弱点は体重が軽いこと。

破壊神の弱点は不明。大きさも不明。

今回の戦いには、情報がない。

そう気付いた時、初めて拳統を持つ手が震えた。

スポットライトが青色に変化する。

主役の登場だ。舞台裏からギターを持ったナイ

氏が登場する。

「皆、盛り盛り上がっているかッー!」

ナイ氏はギターを支えていない片方の手を天に伸

ばし、言う。

「始めようか」

そして、片方の手で弦を勢く弾く。

「いえッーーッ!」

「最高ーーーッ!」

ナイ氏のビートに合わせて、観客が叫ぶ。僕

もナイ氏の歌はそこまで嫌いじゃない。

「俺はナイ。

夢がナイ・ナイ・ナイ・ナイ、なんて

ナイゼ。そうだったら、悲しいだろ?」

「 Yes、悲しいです!」

観客がナイ氏の音に合わせてペンライトを回転させる。

前の人間も、後ろの人間も、右隣りの人間も、左隣りの人間も。

だけど、僕はーー僕の心のビートはこんなものでは盛り上がらない!

「待てぇ!」

ナイ氏が演奏する中で、舞台裏からぞろぞろと複数の人間が現れた。

そいつらの格好は、不格好だった。

全身黒いタイツとバイキンのイラストみたいな顔を

つけている。昨夜のドルクのヒーロー姿とは真逆の

悪役姿をした人間たちだ。

「悪魔のボスはどこだ?」

これが寸劇か。いや、違う。こいつらは、悪魔のボスと言った。もしかして、こいつらは

「お前らは、誰だ」

ナイ氏がふざけがない。真面目の声で聞く。

僕が答えよう。立ち上がって、大きく息を吸って、

「こいつらは、死神だーーッ!」

ペンライトを振っていた観客の動きが静止する。

そして、僕を見た。なんで、僕をそんな目で見る。

もしかして、あいつらは本物の悪役姿をした人間。

でも、気配は死神。どっちか分からない。

こういう時は、どうすればいい。

ーーそういえば、人生笑えばどうにかなるのでは

「ワッハッハ!僕は・・・0点ヒーローだ!」

悪役姿をした人間だろうが、死神だろうが、

どっちにしろ、悪役にはヒーローが必要だ。

僕は席から降りて、複数の視線の中で、舞台に立つ。

ナイ氏を守るためナイ氏より前に出る。

「ちょっと君、何をするつもりなの」

「ナイ氏は黙ってください」

複数の悪役が僕を見る。

次の瞬間、スポットライトの光が消えた。

いや、壊された。僕は見てしまった。

悪役が一斉に一瞬としてスポットライトに近づき鎌で破壊する瞬間を。

人間もその破壊音は聞こえたらしい。悲鳴を上げる。

「キャアアアアアーーッ!」


「ど、どういうことだ。死神のコスプレをしていたから

悪役にぴったりと思って採用したのに。オーバーすぎないか」

だって、本物の死神だから。

唯一の光のスポットライトが壊された今の状況はまずい。

死神の姿が全く見えない。あのタイツも、このためか。

「破壊神よ行け!」

死神の声だ。破壊神だって。こんな視界が暗い中で

破壊神なんかに抵抗できるわけがない。

できることはただ一つ。赤ん坊みたいに叫ぎ、近づきにくいオーラを出すことだ。

「ウワワワワ!ウワワワワ!ウワワワワ!」

「・・・おい、君。腕に虫がついているぞ・・・」

「え」

僕は自分の腕にビンタする。手の平には、血と虫のに死がいがあった。

蚊だ。

と気付いた時には、僕は倒れていた。

「え、どういうことですか。これは」

もしかして、あの蚊は伝染病をもっていた。だったら

体は重くなるはずだ。でも、今の僕の体は、軽い。

カが抜けたみたいだ。

最悪だ。破壊神よりも前に蚊に倒されるなんて。

「先輩、結局僕はくずでした」

でも、こんな状況になっても僕は先輩を助けたいと

思っている。

なんでだろう。


暗む視界で、1本の青いペンライトが光った。

〈体育祭〉

黒パン一枚と水泳帽、右腕にビート板を持った俺は、

50mのプールの飛び込み台の上に立っていた。

肌が焼けてしまいそうな暑さだ。

「さあ、始まろうとしています。今日は学校走日よりです!」

アナウンスが流れる。人の興奮が高まる。


「私はお前に勝って、ユメをもらうからな」

そんなことを言うレイの黒パン一枚の姿は、筋肉

がついたきれいな体だった。ビート板を持っていない時点ですごい方だ。眼鏡も外していて、気合は十分そうだ。

俺の手元には円々姫はいない。金属は水が嫌いだからだ。

「頑張ってくださいね。カンニング様」

頑張ってやってやるよ。

だって、これが最後の人間である日になるかもしれないから。

「それでは、学校走を始めます!

皆さん、カウントダウンをよろしくお願いします」

リク氏、観客の生徒ども、レイ、生徒に混じら円々姫、

そして、俺がカウントする。

3・2・1・・・

「学校走、開始です!」

レイと俺は一斉に飛び込むつもりだったが、ビート

板を水面に置いて、その上に体重を乗せるのに時間

がかかり、俺は一拍遅れた。

「おお!レイはクロールで前進だ!」

ビート板の先にレイが泳いでいる。

こんなクロールは見たことない。なんとも見せびら

かすようなこの泳ぎ方を。見せびらかしたい相手は

ユメだろう。

「一方で、カンニングはビート板で足をバタバタだ!」

幼稚園児扱いされた気がした。

でも確かに、レイの方がダントツに速い。

このままだと天使のボスの正体が分からないまだ。

呼吸しようと上を向いた時、校舎の2階から銃口が伸びていた。


「カンニングを発見しました!」

死神たちは2階でスナイパーを構えていた。

昨夜、ドルクが倒された。それをきっかけに、天使のボスが死神に命令した。

『カンニングを殺せ!』


「と命令されたが、カンニングには苦しんでから死んでほしいので、やつのビート板を狙え!」

「了解です!」

2階から無数の弾丸が放たれる。それらはすべて、

一直線を描き、ビート板に貫通する。ビート板に大きな穴が空くのは当然だろう。

「・・・!」

急に体を支えてくれていたビート板が不安定に揺れ

始めた。というか、俺の体重に負けて沈み出した。

「おい、待て、ビート板!・・・あ。」

沈むビート板を追いかけようとしてじたばたしていたら、

ふいにビート板の角に体重を寄せてしまい、一回転した。

そして、その勢いで俺は水中に投げ込まれた。

「・・・あ。」

「おーッと!カンニング、沈んだか!?」

プールの水中はきれいよりも、きたないと言うべきか。

そんな水が口の中に入る。くそのようにまずい。それに

少しべちょっとする。吐き出そうとしたら、

口から空気の泡が出た。

ーーこれは、終わったやつだ。

100円玉がプールに飛び込んできたのは、ほぼ死にかけのときだった。意識的に100円玉を握りしめた。100円玉は女性の姿に変形し、俺を水の中から引き上げた。


「大丈夫ですか、カンニング様?」

「・・・・円々姫」

視界はまだぼんやりとはしているが、円々姫が俺の

顔をのぞき込んでいることは分かる。

背中から熱が伝わってくる。これがコンクリートか。

近くでは、水が揺れる音がする。

「水が嫌いなのに、俺を救ってくれたのか」

「ああ、実は私、水が嫌いというか、泳ぎ方を知ら

ないだけなんですよね」

だから、100円玉で飛び込んだのか。100円玉なら物体として浮くだけだから。

「おーッ!レイはプールを泳ぎ終えたぞ!」

この戦いは、一人で勝ち抜くのは無理だ。だから

今そばにいてくれる金の手を握ろう。

俺は起き上がり、円々姫を見る。

「俺と一緒に走ってくれないか」

円々姫は答える。

「いいに決まっている」

「あれあれあれ?カンニングの隣にいる人は誰ですか。

人の手を借りるのは反則ですよ」

アナウンナーが俺たちをばかにしてくる。

いや、ばかにしてくれ。ばかにされるほど、俺たちは言い返しが強くなる。

「いや、俺は人なんかの手は借りていない」

俺は円々姫の手を握り、一緒に立ち上がる。

「金の手を返りただけだ」


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