カエル愛
私たちは、壁の後ろでこそこそしていた。
「一人の人間を見つけるのは簡単ですね」
「ああ、私はびっくりしている」
私たちの視線の先にいるのは、大統領の
背中だった。こんな大きな官邸の中で、一人の
人間を見つけるのは難しいと思っていたけど
簡単だった。
「円々姫、大統領にはばれてないでしょ
うが、周りの人間にあやしまれてますよ」
「大丈夫だ。私たちは生きているから」
「そうですね」
大統領は止まるどころか、前に進む。
私たちも、こそこそと追う。
行き着いた場所は、大きな扉がある
部屋で、大統領はそこに入る。
「大統領が部屋に入りましたよ。早く
僕たちも行きましょう」
行きたい。でも、だめだ。
人間以下のくそ生物を見つけてしまったから。
「死神だ」
「え」
「あれ」
そこには、人間とは全く違う気配を
感じ取れる、死神がいた。死神は、あの部屋
の隣室であるキッチンに入っていく。
ばかな、死神だ。
私に見つかってしまったのだから。
俺は死神だ。ボスに大統領を殺せと
命じられた。
キッチンには、コーヒーを重視した用具で
あふれていた。それも高級品ばかりた。
大統領は、コーヒー愛好家にすぎなかった。
コーヒーに毒を入れて、それを飲ませれば
確実に殺せる。
壁にもう一つの影が現われたのは、気付
かなかった。首に衝撃が襲ったときには遅かった。
赤い液体が眼前に飛び散る。
「死神は弱いな」
私は手に付着した血を払う。
足元には、ぐったりと倒れた死神がいる。
「こいつ、コーヒーに毒を入れて、それを
大統領に飲ませようとしたらしいですね。
「そうだな」
なぜなら、机にはコーヒー豆を挽く機械
があり、こいつの胸ポケットから毒の液の
ビンがまる見えだったからだ。
ーーなんて、なんて・・・天才なんだ、
私の考えに気付いたのか、0点男は
もう豆を挽いている。
「0点男。二の毒を使うか?」
「分かってませんね。その毒は確実に
大統領を殺しますよ。僕たちは生きた
ままもって帰るのですから」
で、取り出したのは干からびたカエルだった。
「これなら、興奮するだけですよ」
0点男はカエルを豆と一緒に挽き始めた。
機械が異常な音を出している。
これは、幻聴か。挽かれるカエルの悲鳴
が聞かえる。いや、0点男のへたな歌だった。
その歌は、計画を実行するときも頭を
洗脳していた。
ーーカエルの毒がーー
私は、熱々のカエルコーヒーを持って、会議室
に入る。複数の男どもが私に視線を送る。
ーーしびれさせるよーー
大統領を含めた男どもが、コーヒーを
ずるずると飲む。
ーーグワグワグワグワーー
男たちの心拍数が急上昇する。
ーーケロケロケロケローー
目を見開く。何かの衝撃にたえるように。
大統領が私を見る。
私は、助けるほど優しくない。
ーーさようならーー
男どもは 一斉に泡をはいて倒れた。
机やいすから投げ出された体には、力が
なかった。殺人現場にいるみたいだった。
後から来た歌の作者は言った。
「僕の愛が強かったですね」
0点男を背後に、私は大統領を背負う。
思っていたより、軽い。人間って、こんなに
軽いものか。いや、こいつは
「大統領も回収できたし、先輩のデート
をじゃましますかね」
「そうだな」
官邸から二つの影が現れる。一人は一つの
影を背負っている。
車内で見張りをしていた死神がメールを
送る。
「官邸から男一人、大統領を背負う
女一人が出てきました。」
相手側から メールが届く。
『潜入死神から着信がとだえたのは、そい
つらが原因だろ』
「つけますか?」
『見張り全員で、つけろ』
私たちは路地の中で歩を早めていた。
背中の上で気絶している大統領が目を覚ま
したら終わりだ。
ーーでも、そんなことを考えている場合ではない。
「遊園地に行く道はこれで当っているで
しょうが、つけられていまよ」
「分かっている」
実際に堂々とつけられていた。この
薄暗い道を背後にいる車のライトが
照らす。細い道に対する その倍の車体が
攻めてきている。
それに、同じ気配が壁からも伝わってくる。
運転者はあの死神だろうけど、車の技術
の方が上だな。
この車は壁もすり抜けることができる自由自在の
幽霊車だ。いや、ストーカー幽霊車だ。
「逃げるぞ」
「はい」
私たちは、走った。
俺は、しょぼくれていた
ユメの後をとぼとぼと追いかける。
レイよりも下に見られた以上、俺の計画は
失敗に終わった。
「次は何に乗ろうかな」
こいつは、俺を置いて一人で楽しもうと
している。俺たちの横を通り過ぎるカップルや
恋に満ちたアトラクションたちが、俺をあざ笑って
いるみたいだ。ほら、踏んでいる床も笑っている。
ーーあいつらに、ついていけば良かった。
数秒後、願いがかなった。
「先輩ーーーッ!」
と、ようきが俺の横を通り過ぎていった。
円々姫も一緒に走っていたな。それに、円々
姫の背中にいたのは、大統領か!
「おい待て」
と言った瞬間、次は猛スピードの車たちが
俺の横を通り過ぎていった。勢いに吸い
こまれそうだった。
ーーもしかして、あの車たちは円々姫たちを
い追っている。
俺も早く行かなければ。でも、今ここで
去ったら、ユメから逃げたと同じではないか。
この数秒で、ユメの心を奪う。
俺は、名を呼ぶ。
「ユメ」
「なに 」
「ユメが俺を見る。俺はユメを見つめる。
緊張する口を聞く。
「おそが、好きだ」
「え」
「だから、俺はいく」
「俺はあいつらが行った方向へ、走った。
ーーうん。こんな軽い言葉では、人の心は
奪えないな。
人混みの中を走り、アトラクションの下
を通り過ぎ、車を追い越し、やっと円々姫
たちと横に並ぶ。
「先輩!来てくれたんですね」
ようきが感動の声を上げる。俺はただ怒っていた。
「お前たちは何をやったのだ!」
大統領を背負う円々姫が答える。
「大統領を持ち逃げしたら、死神が
追いかけてきたのです!」
「あいつらの目的も、大統領なのか」
それにしても、きつい。
ここまで来るのは問題がなかったのだが、体が
悲鳴をあげている。それに、ユメとのデートの
負担も重なって、つらい。
「先輩、走るスピードが下がっていませんか」
このままだと、俺がつかまってしまう。
ーーこいつらは、神だからいいよな。
気絶している大統領を見る。こいつを、車
にわたしたら、帰ってくれるのだろうか。でも、
それはできない。
なら、大統領のおとりなら、どうだ。
俺は走るようきの背中に、腕を入れる。
「え、なに」
ようきを持ち上げる。
「カンニング様、何を」
俺は足でブレーキをかけ、車たちの方を
向く。視界を複数の赤いライトが焼きつくす。
俺はトロフィーを持ち上げるように、ようき
を頭の上まで持ち上げる。
「こいつが、大統領だ!」
そして、大統領と名付けたようきを
地面に下ろす。
「え、先輩・・・」
俺は複雑な笑みを浮かべた。
「うん、ごめん」
俺と円々姫は、ようきを置いて、離脱した。
ようきの視界に、赤いライトが迫る。
「しょうがないですね。数分だけ
大統領になりますか。」
遊園地に爆発音が鳴り響く。