八つ時公園暴言事件
佐藤少年は中学生だ。
よくつるんでいる四人の友人達と不良ぶっているが実際は誰かに喧嘩を売るとか抗争を行うとかなどはせず、「不良ってかっこよくね?」とそれっぽくふるまっているだけの割と善良な少年だった。
今日もいつも通り、金がないので学校付近にある公園で仲間達とともにだべっている。
公園はいつも通り平和で、そこそこ人がいる。
ここから少し離れた砂場では若いママさんとその子供達が遊んでいるし、あちらのブランコの方では佐藤少年の妹よりも二つ三つ年下くらいの女の子達がキャピキャピと楽しそうに遊んでいる。
向こう側のベンチではよく見かける老婆が、そのすぐ近くのベンチにもこれまたよく見かける眼鏡美人のOLがビックるんるんを飲んでいる。
そして、自分達がだべっている場所からそれほど離れていないベンチには、この公園の名物である意味不明な言語で会話を交わすバカップルの片割れである黒いセーラー服の少女が一人で黙々とクッキーを食べていた。
恋人の少年は今日は来ていないようだ。
この公園の名物バカップルはいろんな意味で目を惹くが、慣れると空気扱いできるようになるのだから人間というものは不思議なものだと佐藤少年は時々思う。
このバカップルは数年前からよく見かけるが、バカップルっぷりに磨きがかかり始めたのが今年の四月頃。
あんまりにもバカップル過ぎて傍目で見ているだけで砂糖を吐きそうになった佐藤少年達は我慢できずに一度少年の方に喧嘩を売ったことがあるのだが、訳も分からぬうちに瞬殺された。
あまりにも早業すぎて敵意は一瞬で消えた上に『かっけえ』としか思えなくなった彼らは、少年の舎弟になろうとしたが、未だ色良い返事をもらえていない。
いつになったら立派な舎弟になれるだろうか、なんて思いつつ佐藤少年は友人達と共に取り止めもない、数週間後にはすっかり忘れていそうな生産性のないくだらない話をしていた。
「そういや聞いてくれよ、この前妹が」
妹がまた禁忌指定並みの呪物を何処かから仕入れてきやがった話を面白おかしく話そうとしていた佐藤少年は、ふと近くから聞こえてきた剣呑な声に思わず黙り込んだ。
黙り込んで声が聞こえてきた方向を見ると、クッキーを食べているバカップルの片割れの少女の真前に見知らぬ男が仁王立ちしていた。
体格の良いがっしりとした男だった。
男は少女の顔を怨敵でも見るような顔で睨んでいる、不穏な気配に佐藤少年達だけでなく公園内にいる人々が男に睨まれる少女を心配げに見ていた。
少女は感情のわかりにくい顔で男の顔をぼんやりと見上げているが、ちょうどクッキーを口の中に放り込んだばかりらしく、なにも言えずに咀嚼し続けている。
「貴様が息子を誑かした阿婆擦れか」
公園内の空気が凍りついたのが分かった。
今、お子様達も楽しく遊ぶ平穏な昼下がりの公園で耳にするとは思えないとても汚い言葉が聞こえた気がする。
佐藤少年は無言で立ち上がった。
おそらく自分達が束になっても勝てないだろうが、それでも今の言葉を聞いてなにもしないのは男が廃る。
それに少し前に知ったことだが少女は佐藤少年の妹がよく行く菓子屋の娘なのだ、恐ろしいことに妹とは趣味が少し合うらしく何度かそっちの方でお世話になったことがあるらしい。
尊敬する兄貴分の恋人でありかつ妹の恩人に吐かれた暴言を無視できるほど佐藤少年は冷静でも大人でもなかった。
しかしそれを友人達のうちの一人が止める。
怒鳴りそうになった佐藤少年にその友人は首を横に振って、無言で録音画面が表示された携帯端末を見せてきた。
ついで指先に魔力を纏わせ、少年達にしか見えないように空中に文字を書いた。
『証拠とってブタ箱にブチ込もう。あの様子だと多分もっとひどい暴言を吐くとおもう。名誉キ損かキョウ迫か、あるいは両方か。今割り込んでもうやむやにされる可能性が高い。……ただ、純粋な暴力に訴えるようだったら、その時は』
佐藤少年は全員顔を見合わせて、ゆっくりと首を縦に振った。
男が少女に暴力をふるい始めたら止められる可能性があるのはおそらく自分達だけだろう。
止めるというか一瞬逃げる隙を少女に与えられるかどうかといったところだが、それでもなにもしないよりはマシだろう。
そう思いつつ少年達は無言で、それでも何かあったらいつでも動けるように身構えてことを見守る。
阿婆擦れと言われた少女は怒るでもなく恐れるでもなく、ぼんやりとしたまま男の顔を見上げていたが、少しして何かに納得したような表情になった。
少女は咀嚼していたクッキーをこくりと飲み込んで、心底面倒くさそうな顔で口を開く。
「……ああ、あいつの父親か。私に何か?」
暴言を吐かれたことなどまるで気にしていないのか、気怠げに面倒臭そうにそう問いかけた少女の態度に男はわかりやすく怒ったようだ。
「なんだその態度は!! 年上の男に対してどういう口のきき方をしている!!」
佐藤少年達は絶句した。
開いた口が塞がらないとはこのことか。
この不審者、自分がいきなり阿婆擦れ呼ばわりした少女が自分のことを敬うのを当然だと思っているらしい。
なにをどう思えばそんなふうに考えられるのか、きっと頭がおかしいのだろう、と佐藤少年は思った。
もうとっとと通報しちまえと佐藤少年は思ったが、録音中の友人が無言で首を横に振ったのでぐっと我慢することにした。
録音が開始されたのは不審者が阿婆擦れと言った後なのだ、もう少し決定的な言葉があった方がこちらの説得力が増す。
まあこれだけ目撃者いればどの道あの不審者が誤魔化すことは不可能だろうがな、と佐藤少年は思った。
少女は心底面倒そうな顔で男の顔を見ている。
「私は年上だからと誰彼構わず尊敬する節操なしじゃないんだ。それに開口一番赤の他人の学生に突然阿婆擦れとかいってくるような不審者のことを尊敬しろとか言われても」
小さいが妙に聞き取りやすい声で、少女は当たり前のことを当たり前のように言った。
当たり前のことではあるが、少女の言葉は男の怒りに油を注いだことになったようだ。
ただ少女の態度からは人を馬鹿にするような悪意は感じられず、ただ馬鹿正直に思ったことをそのまま言ったのだろう、という様子がうかがえる。
顔を真っ赤にして何かを怒鳴り散らそうとする不審者の顔を見上げて、少女は酷く訝しげな顔でボソッと呟いた。
「え? 本当のことしか言ってないのになんでそんな怒る?」
「この……貴様、言わせておけば……!!」
「えー……あなた、自分の言動振り返って胸を張って自分は不審者じゃないって言えるのか? 本気で?」
自分の言動を振り返って冷静になれるような人間なら初めからあんな絡み方はしないと思う、と佐藤少年は思った。
「あなたが心の底からそう思える人ならもう相互理解は不可能だと思うから、余計な会話は全部カットして手短に要件をいってくれ」
鬱陶しそうにそう言い捨てて、少女は深く溜息を吐いた。
さっさと話を終わらせたいのだろう、『手短に』をやたらと強調した言い方だった。
不審者はうぐぐ、と小さく唸った後、大きな声で怒鳴り散らした。
「今すぐ息子と別れろ!! 金輪際うちの息子と関わるな!!」
佐藤少年とその友人達は思わず耳を押さえた。
耳が痛くなるような大声に他の人々はどうしているのだろうかと佐藤少年は公園内を見渡す。
老婆とOLは思い切り顔をしかめているが、立ち去ろうとする様子はない。
両者ともに片手で携帯端末を握っている、いつでも通報できるようにと身構えているのか、佐藤少年の友人のように録音または録画しているのかはわからなかった。
ブランコで遊んでいた女の子達は不審者が上げた怒鳴り声のせいで全員顔を真っ青にして硬直していた。
流石にどうにかした方がいいのでは、と佐藤少年が思っていたら砂場にいたママさんのうちの一人がブランコの方に駆け寄って少女達を出口の方に誘導した。
しかし出口の前で少女達が立ち止まって首を横に振ったので、仕方なさそうな様子で砂場の方に誘導し直していた。
砂場のママさんの方を見ると子供達の姿は既になく、ママさんも何人かいなくなっていたので、多分子供達と一緒にすでにこの公園を脱出したのだろう。
ママさんが何人かこの場に残っているのは少女か女の子達のことを心配したからだろうか、と佐藤少年は思った。
公園はそんな状況だったが、たった今怒鳴られた本人である少女は特に怯えた様子もこたえた様子もない。
「十中八九そうだろうとは思ってたが……ああ、本当に面倒臭い……ご希望にそえずに申し訳ないが、無理だ。……というかわざわざこんな首輪嵌められてる時点で察してくれって感じなのだが」
そう言いながら少女は自分の首にしっかりと嵌められたチョーカーを指差した。
そういえばと佐藤少年は春頃に自分の妹が言っていたことを思い出す。
確かあの時妹はこう言っていたはずだ、よく行く菓子屋のおねーさんがえぐい呪いの首輪をつけられていた、と。
ひょっとしなくても多分あのチョーカーがその呪いの首輪なのだろう。
あの妹が『えぐい』とまで言うのだからかなりやばい呪いなのだろう、というか一回気付いてしまうと怖気立つくらいの呪術の気配を佐藤少年は感じた。
佐藤少年は妹が呪物大好き人間なせいで人よりも呪術に少しだけ詳しい。
だからあの首輪に掛けられた呪いが巧妙かつかなりえげつない効果を持っていることをなんとなく感じ取ってしまった。
それと同時に悪寒と頭痛と吐き気と胃痛、心臓も締め付けられるように痛み、脳が恐怖に支配されかける。
早くこの場を離れなければ、あの少女に二度と関わってはいけない、関わったらとてもひどいことが絶対に起こる、ああほら視界の端に赤黒く歪で見るに耐えない虫のようなものが蠢いている。
ぺっちゃり、そんな音を立ててブヨブヨとした臭て重くて湿ったものが、自分の頭上に落ちてきて――
「ぱっねぇな……マジで……」
視なきゃよかったと思いながら佐藤少年はポケットの中の身代わり人形を片手で握る。
数秒後に軽くなった身体に、妹の身代わり人形でも数秒かかるあの首輪の呪いに恐れればいいのか、あんな呪いを数秒足らずで吸い切ってしまうような身代わり人形を片手間に量産できる妹が恐ろしいのか、と佐藤少年は思った。
様子のおかしい佐藤少年に友人達が心配げな顔をしているので、佐藤少年は小声でささやいた。
「今は平気。だけどあの首輪マジでやべぇ。うっかり注視しただけで軽く呪われた。なんだあの呪い、まともに食らったら死んだ方がマシなレベルだぞ多分……つーか無害な人間相手にあれだけの呪いを全く気取らされないよう隠蔽できてるのもやべえ」
「そんなに?」
「うん。お前らは大丈夫だと思うけど、あんまりよく見ようとしない方がいい」
全身のあちこちが軽く痛んだりちょっとした幻覚が見えたりしたが、アレはまだあの呪術の一端に過ぎないということを佐藤少年は理解していた。
というか多分アレでおそらくただの『警告』のつもりなのだろう。
ただの一般人だったらアレだけで恐慌状態に陥ってあの少女の前からがむしゃらに逃げようとするだろう。なんつー恐ろしいもんを、と佐藤少年は軽く戦慄する。
呪いの発動条件がなんであるのかとか、いくつくらいの条件があるかまでは佐藤少年には読み解けなかったが、最低でも解析しようとすると呪われるのはわかった。
とはいえ、あの手の呪いを掛ける意図なんてある程度見て取れる、と佐藤少年は小さく溜息をついた。
「触らない方がいいぞ。よく知らんがなんか強い電流流れるようになってるらしいから」
少女の声が聞こえてきたので改めてそちらに佐藤少年が注意を向けると、不審者がちょうど少女に近寄ろうとしたところだった。
不審者はその言葉に反応したのか別の要因が原因なのか、中途半端な姿勢で動かなくなった。
そういえば、あの不審者に呪い効いてないんだろうか、と佐藤少年は不審者の方を注視してみた。
「おおう……めっちゃ呪われてんじゃんあのおっさん……」
「……そうなのか?」
思わず呟くと友人が反応したので、佐藤少年は小声で答える。
「呪いモリモリ特盛状態。呪いの超大バーゲンセールって感じ。ほんとにやべえんだけど……え? あのおっさんなんで死んでねーの?」
「やべえじゃん」
あの不審者は佐藤少年と違ってかなり強い呪いを受けているようだ、佐藤少年とはまた別、というか本来の意味であの呪いの発動条件を満たす何かをしているのだろう。
多分あの人への敵意かなんかが発動条件なんだろうなと佐藤少年はわかり切ったことをもう一度考える。
佐藤少年は呪術にちょっと詳しいだけなので、不審者が滅茶苦茶に呪われてるということくらいしかわからない。
多分生きているだけで辛い程度の強力な呪いが男には掛かっている。
それでも普通に立っていられる不審者に佐藤少年は小さく唸る。
あの不審者相当に強い、と。
「それを、どこで」
男は唸るようにそう言った。
顔色はとても悪いがそれでも立っているし表情も怒り一色で、恐怖や苦痛の色はない。
「いやだからあなたの息子さんにつけられたんだよ、強制的に。言っておくけど私が好きでつけてるわけじゃないからな、こんなクソやばアイテム、外せるならとっくに外してる。……体育の時に面倒臭いだけじゃなく、満員電車にでも乗ったら無差別テロ犯になりかねないことに最近気付いてどうしようかと思ってる」
その程度で済むような代物ではない呪いの首輪を平然とつけている少女は悩ましげな顔でそう言った。
「というわけで、私の側からどうにかするのは不可能だろう、だから説得するならあっちを説得してくれ……まあ当然根気よく説得しても無駄だったからこっちにきたんだろうが……いや、待ったそれはおかしい」
そこで少女は一旦男から視線を外して、何かを考え込みだした。
「……あの過保護がこんな厄介事を放置するか? 私に忠告すら寄越さずに? ……いや、流石にこの発想は失礼過ぎるか。……すまない、非常に失礼な勘ぐりをした。あいつの親だというのならまさかそんな格好の悪すぎることはしないだろう」
前半は独り言だったらしいが、後半は男への謝罪の言葉だった、ご丁寧にぺこりと頭も下げていた。
そして顔をあげた少女は再び口を開いた。
「息子の説得をするのははなから不可能だと諦めて真っ先に私のところにきたんだと疑ってしまってな。いやまさかソレはないだろう、アレの父親がそんな腑抜けた真似をするとは到底思えない。……それを踏まえるとさっきの阿婆擦れ呼ばわりもまあ納得だ。あいつ、何言っても頑として私と別れようとしなかったんだろう? いい子の優等生が突然親の言うこと聞かなくなったんだ、そりゃあなんかやらかしてあいつを誑かした疑惑のある私はあなたから見ると悪女か阿婆擦れだろう」
たとえそういう発想に至ったとしても、悪女はともかく阿婆擦れ呼ばわりは絶対に怒っていいと思う、と佐藤少年は思った。
しかし少女は半ば納得したような顔でさらに言葉を続ける。
「それを踏まえた上で話を続けよう。あいつの父親なら普通にわかると思ってたんだが……私にあいつを脅したり変な術かけたり騙したりできると思うか? あいつはあなたにとってそこまでできの悪い息子なのか? 違うだろう?」
少女は喋り続ける。
男の方がやけに静かだなと佐藤少年は思っていたら、今になって呪いの効果で本格的に苦しくなってきたのか、男は白い顔で何かを堪えるような顔をしていた。
しかし少女はそれに気付いていないのか、気付いていてもまさか首輪の呪いのせいでそうなっているとは思っていないのか、言葉を続ける。
「私は何にもやってないよ。本当にね。あいつがそうしたいって言ってきたからつるんでるだけ」
そこで一旦喋りたいことを喋り切ったのか、少女は黙って男の顔を見上げた。
男の顔はまだ白い、それでも少女の顔をギロッと睨んで、口を開いた。
「……何もしていない、だと? よくそんな戯言を……息子が、お前のような女とすすんで付き合いたがるとでも……!? さあ何をしたのか吐け……今すぐ息子を解放するというのであれば、無傷で見逃してやろう……」
佐藤少年は友人達と顔を見合わせる、とうとう脅迫めいてきた、と警戒を高める。。
しかし彼女は半ば呆れたような顔で溜息を吐いて、男に向かってこう言った。
「だからなんもしてないってば……それと、もう一個聞こうか。例えば私があいつをうまく誑かして虜にしたとして、今更私があなたの息子から逃げられるとでもお考えか? あいつから私みたいな凡人以下が逃げ切れるとでも? 逃げられたところで無事で済むとでも? 無理だな絶対あり得ない、そんなことをしたら……流石に、手足千切るとかはしないだろうが……まあ似たような感じの酷い目には合うな……そんな危険な橋は渡りたくない。だから悪いけど、交渉は私ではなくあっちにしてくれ。私にはもうどうしようもない」
そう言って少女は肩を竦め、「なんか顔色悪いし一旦家に帰って休んだ方がいいんじゃないか?」と男に言った。
「さっきから黙って聞いていれば、人の息子をなんだと思って……」
「ん? だってあいつってそういう奴じゃん」
そう答えた少女はふと何かに思い至ったような顔をしてから、また溜息を吐いた
「あー……そっかあいつ本当に猫かぶりだからなあ……本性はわがままで自分勝手なクソガキのくせに外っつらだけはいいから……そりゃあ認識ずれるよな……」
「ねこかぶり? わがまま? なにを言っている……?」
男は心底訳がわからなそうな顔をしていた。
「私が知ってるあいつは腹黒でわがままで怒りっぽくて食い意地のはった性格の悪いクソガキだけど…………あー、いや待て、待ったそういえばそれは思い至らなかった、すまない……えっとその……ひょっとして私達、別人の話していたりしないか? 実は私の知ってる奴とあなたの息子さん、まったくの別人なんじゃ……」
少女と男はしばし目を合わせて、互いに「そっちの方がまだマシ」とでも言いそうな顔をした。
しかしすぐに男は顔色を変えて少女に怒鳴った。
「違う訳があるか!! わかっていていっているのなら本当に貴様はどうしようもないクズだ!! オレの息子だぞ!! わかっていて取り入ったんだろうこの阿婆擦れが!!」
「ええ……」
佐藤少年は友人と再び顔を見合わせた、名誉毀損なら今のだけでも結構いい証拠になるだろう。
一方怒鳴られた少女は困惑していた。
「あー、ええとその、あなたってひょっとして有名人だったり……? 悪いがそういうことには本当に疎くてな。……とりあえず、金持ちだから有名人の息子だからという理由で一緒にいたわけではないぞ……そもそも絡んできたのは」
「黙れ小娘!! オレの息子が勇者候補だから利用しようとして近付いたんだろう!!」
少女が言っている間にそう叫んだ男の言葉に、佐藤少年達は思わず全員で顔を見合わせ、全員揃って「え?」とハモってしまった。
向こうのほうでこの公園の常連であるOLも「えぇっ!!?」と叫んでいた。
公園にいた他の者達も似たようなリアクションをしている。
え? アニキってあの勇者候補だったのか? 確かに滅茶苦茶強いから、そう言われると納得はできるけど……と佐藤少年は思った。
少女は何か知っていたのだろうか?
恋人同士であるのなら知っているはず、だとは思ったけれど、あの様子だとあえて何も話されていないという可能性も十分あり得る。
そう思って佐藤少年が少女の顔を見ると、少女は大きく目を見開いて驚愕していたが、次第にその表情を消して、いつも通りの無表情になった。
「……勇者候補? いやそれは知らん。……ってか実は名前すら知らないんだよな、すごく今更だけど」
「は?」
少女の言葉と男の間抜けた声を聞いて佐藤少年は、自分は今、多分あの男と似たような顔をしているのだろう、と思った。
アニキが勇者候補かどうかは置いておいて、名前知らないのは流石におかしくないか?
だって、多分最低でも三年くらいは一緒にいたのを俺たちは目撃しているし、やたらといちゃつくようになったのは最近になってからだけど、昔から付き合っていたみたいだったし、そんな相手の名前を知らない、って。
そんなことってあるのか、と佐藤少年は友人達と顔を見合わせた。
そうしているうちに少女は若干困ったような顔で口を開いていた。
「どうも同学年なことくらいしか……まあ元々同じ図書館の常連同士ってだけの関係だったし……あいつはなんか勝手に私のこと調べて色々知ってるみたいだけど」
「……付き合っているんだよな? それなのに貴様はその相手の名前すら知らないというのか!? そんなふざけたことが」
「いやごめん、本当に知らない。名前とか素性とか本当にどうでも良かったから気にしてなかった。……六年くらい一緒にいたけど、というか六年もただの顔見知り続けてたから、わざわざ聞いても今更だなと思ってたし」
本当にどうでもよさそうな顔で言った少女に、男は絶句した。
「し、しかしそんな馬鹿な……いくらなんでも付き合っている相手のことを、いやそんな馬鹿な……」
男は困惑というか混乱していた。
一方で佐藤少年達も混乱していた。
今あの人、六年くらい一緒にいて六年くらいただの顔見知りって言った?
あの人たちってずっと前から付き合ってたんじゃないのか?
ひょっとして、まさか……最近になってやたらといちゃつくようになったあの頃がいわゆる『付き合い始め』で、それよりも前はただの顔見知り程度の仲だったというのか……!?
う、うそだそんな馬鹿な、そんな雰囲気じゃなかったぞどう鑑みてもほぼ恋人っていうか、絶対に顔見知りだなんてレベルじゃなかった。
そんなことを思いながら佐藤少年達は互いに互いの顔を見る、そして自分一人だけが混乱しているわけではないことを理解して、少しだけ安堵した。
男が絶句していると、少女は本当に不思議そうな顔で首を傾げて、こんなことをのたまった。
「というかなんでそんな名前だの素性だの気にするんだ? どんな名前だろうとどんな素性だろうとあいつはあいつだし、怪しいと思ったことが全くないっていうわけじゃないが……まあ別に悪い奴ではないし……こんなクッソ面倒臭い首輪も嵌められたけど……実害はほぼないから、まあいいかと」
いやあるじゃんめっちゃあるじゃん、実害ありまくりじゃんと佐藤少年は心の中で突っ込んだ。
その首輪に関しては多分本人が気付いてないだけでかなりの人を少女から遠ざけているはずだと佐藤少年は見立てた。
それで悪縁を断てているのだとしても、あれはおそらく良縁も全て潰すタイプの呪いだ。
ちょっとした知り合いに向ける親愛程度ならなんもないかもしれないが、あれは多分恋情や下手したら少し踏み込んだ友愛を向けた相手すら呪う代物。
それとおねーさんもさっき言ってたけど、触れただけの人間に電流流すようなクソヤバアイテムってだけでもう色々アウト。
と、佐藤少年はそこまで考えて思わず遠い目になった。
佐藤少年が遠い目になっている間に、少女は一度深々と溜息を吐いて、男の顔を見た。
「けどまあ、これで確定だな。あなたの息子さん、絶対私が知ってる奴じゃない。勇者候補とかいうご大層な役が務まるような奴じゃないし、あいつ。……あの性格の悪さで勇者候補とか言われてもって感じだし。いやなんか頭いいのと強いのは知ってるけど……それだけの奴だから……勇者候補とか、絶対ない。というか本当に勇者候補ならなんでこんなのにわざわざ絡んできたんだかって感じだし、本当にただの人違いだな」
少女はそう言い切った。
その言葉を聞いて、確かにそうなのだ、と佐藤少年は思った。
佐藤少年はテレビでよく勇者候補の活躍を見ていたし、インタビューに答えているのも見たことがあるが、勇者候補と少女の恋人の雰囲気は全然違うのだ。
勇者候補はなんというかなんでもできる上に性格も聖人みたいに優しそうな感じだったが、佐藤少年がアニキと呼び慕う少年ははこう……性格がとても悪そうなのである。
それでいて、少女以外の全人類敵だと思ってそうな、とてつもなく人間嫌いそうな雰囲気をいつも醸し出しているのである。
というか、と佐藤少年は思う。
実は佐藤少年の妹は勇者候補の妹と弟の友達なのだ、しかも妹にとって友達はその二人だけ。
少し前に佐藤少年の妹は友人宅に遊びに行った際に偶然勇者候補と遭遇したと話していた。
そして佐藤少年の妹は、少し前に佐藤少年達と一緒に少女と、その恋人である少年と遭遇している。
なら、妹が佐藤少年に何も言わないのは不自然だろう佐藤少年は考えた。
佐藤少年が彼のことをアニキと呼び慕っていることを妹は知っている、だから、彼が勇者候補であることを知っていたのであれば、何かしら言ってくるはずだ。
そうすると、本当ただの勘違い、人違いだったというわけだ、と佐藤少年は思った。
「ひと、ちがい……?」
絶句したままの顔の男がボソリと呟いた。
「そ、人違い。ただの別人。悪かったよ、私も最初にあいつの親だと決めつけずにちゃんと確認すれば良かった。それは謝る、ごめんなさい。……というわけで、そろそろ話を終わらせても? 互いにただの勘違いだったということで、これ以上互いにぎゃーぎゃー言い合うのはやめよう。そういうの面倒臭いから」
男が何かを深く考え込むような素振りをしたその時だった。
男の身体が唐突に上空に打ち上げられた。
「は?」
「おわぁっ!!?」
佐藤少年は突如上空に吹っ飛ばされた男に思わず叫び声を上げた。
なんでこんなことが、と思っていたら吹っ飛ばされた男の真下、から少しズレたところに見慣れた黒いパーカーの少年の姿が。
その少年は地面に落下し無様に地面に転がった男の背を、ダンと強く踏み潰す。
「――、――――」
そうして少年は少女に顔を向け、佐藤少年には意味が理解できない言語で少女に何か言った。
ただ耳にしただけで全身が凍りつくような、ドス黒い敵意と殺意に塗れた声だった。
物々しい雰囲気に公園の空気が張り詰める、しかし少女は深々と溜息を吐いて、呆れたような声でこう言った。
「おい、何やってんだ馬鹿。今やっと誤解が解けて色々解決しそうなところだったんだけど」
それは普段通りの謎の言語ではなく、佐藤少年達にも意味が通じる言葉だった。
おそらく男や、ひょっとしたら公園にいる目撃者達のことを気遣って、わざわざ誰にでもわかる言葉を少女は使ったのかもしれない。
「…………誤解って、なに?」
少年もその意を汲んだのか、殺意は収めずに言葉を切り替えた。
「いやなんかその人、勘違いで私に絡んできたんだよ。どうも私のことを息子さんの彼女だと勘違いしたらしくてな。……でもまあ絶対違うってことになって、それじゃあ互いに認識不足で言い合いしてたんだなってことで解散になりかけてた」
「ぜったいちがうって?」
「ああ、うん、絶対違う。なんかその人の息子さん、勇者候補らしいんだよ。というわけで完全に人違い。私もちゃんと確認し忘れてお前の親だと勘違いしてしまってな……――――――――――――――? ―――――――――――――――――――、―――――――」
最後の方だけ何か聞かれたら都合が悪かったのか、普段の癖だったのか、佐藤少年にはわからない言語でそう言った彼女は深々と溜息を吐いて、さらに言葉を続ける。
「……それで、なんでそうすぐに口より先に足が出るのかなお前は、訴えられたらめんどう」
「――――――――」
謎の言語でぽそりと呟いた少年に、少女が目を丸くする。
「は? 勘違いじゃないって、何言ってんだお前」
「…………これ、俺の親」
ものすごく言いたくなさそうな渋い顔で少年はそう答えた。
公園内がざわつく、佐藤少年達の口からも言葉になっていない声が漏れた。
「は? いやそんなまさか……だってこの人、自称勇者候補の父親……まさか、自分の息子を勇者候補だと思い込む……そういう、その……心の病気的な……?」
そんなふうに推測した少女に少年は盛大に溜息を吐いた。
「なんでそうなるの。まあいいや、それはあとでちゃんと話してあげる」
「お、おう……ってかそろそろその足どけた方がいいんじゃないか? というか生きてる? 私、自分のカレシが殺人とか傷害で逮捕されるのは嫌なんだけど」
「死んでないよ、それとそれに関しては大丈夫。こいつが犯罪者だから」
そう言いながら少年はゲシゲシと男の背を蹴る。
かなり容赦がない、憎くて仕方のない怨敵のことを見るような顔もしていた。
「……どういうことだ? 私別に何もされてないぞ?」
「どうだか。その辺りもあとでちゃんと聞いて余罪がないかは調べるけど……このクソ野郎、俺の弟と妹を半殺しにしやがった」
「は?」
少女がぽかんと口を開ける。
佐藤少年達も『半殺し』とかいうやたら物騒なワードに息を潜める。
一瞬後、佐藤少年は顔面を真っ青にした。
もしもあの少年が本当に勇者候補であるのなら、半殺しにされた彼の弟と妹は佐藤少年の妹の二人しかいない友達であるということになる。
妹にとっては大事な存在なのだ、詳しくは口を割ろうとはしなかったが、命の恩人であるとも聞いたことがある。
そんなふうに妹にとって大事な存在が、半殺しにされた。
無事なのだろうか、無事であってくれ、そう願いながら佐藤少年は少年の顔をすがるようにみた。
それに気付いたのか気付いていないのか、少年は静かな声色で少女に向かってこう言った。
「両方生きてるけど、ほとんど死にかけで今病院。というわけで、こいつは殺人未遂犯だね」
「ええ……け、怪我の具合は」
「死ぬことはないって言われた。けど障害が残るかも、って」
障害が、残るかもしれない。
そんな言葉が佐藤少年の中に重く沈み込む。
妹になんと伝えれば、そもそももう妹は知っているのだろうか、そんなふうに考える佐藤少年のあまりの顔色の悪さに、友人達が「大丈夫か?」と問いかけてくる。
そんな最中、踏み潰されていた男が唸りながら何かを叫ぼうとした。
しかしその直前で少年が男の右手を思い切り蹴り潰した。
何かが砕けるような音が聞こえてきたのは、きっと佐藤少年の気のせいではない。
「黙っていてくれないかな。これ以上あんたの耳障りな声を聞きたくない。……事情もあらかた説明したし、そろそろ警察行こうか」
そう言ってから、少年は一度顔を伏せ、すぐにあげた。
その顔には貼り付けたような綺麗すぎる笑顔が。
「公園をご利用の皆様、お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。こちら、殺人未遂犯なのでこれから警察に連れて行きます。……もしも、この男から何かしらの被害を受けた方がいるのであれば、お手数ですが警察までご連絡を」
笑いながらよく通る声で少年はそう言って、男を拘束の魔術で厳重に拘束した。
そうして心底触りたくなさそうな、汚物でも見るような顔で男を睨んだ後、仕方なさそうに男の身体をひょいと肩に抱えた。
「――――――――――――。――――――――――――。――――――――――。―――――――――――――――――」
「……――――。――――。―――――――――」
少年が謎の言語で少女に話しかける、少女も同じく謎の言語で返答した。
その返答を聞いて少年が少しだけ呆気に取られたような顔で少女の顔を数秒見つめて、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「それでは、失礼しました」
そう言って少年は姿を消した。
転移の魔術を使ったのか、それ以外の術を使ったのか佐藤少年にはよくわからなかった。
しばらく、公園は沈黙に包まれた。
少しして、少女が顔の片側を手で覆って溜息を吐いた。
「あいつ、大丈夫……じゃないか……さて、どうする……? というかあれ、あいつが傷害罪とかで訴えられたりしないか……?」
途方に暮れたようなその顔を見て佐藤少年は立ちあがろうとしたが、その前に動いた者がいた。
砂場にいたママさんのうちの一人が、少女に向かって「大丈夫よ」と大きな声で話しかけたのである。
「おちびちゃん! 大丈夫よおばさん達みんな味方だから!! 全部全部聞いてたし、見てたから!! あのおっさんがどう見ても悪人だったのは、ちゃんと私達が見てたから!!」
そんなふうに突然声をかけられた少女は、今までの落ち着きようはなんだったのかと思うくらい、目に見えて慌てふためいた。
「え、おち…………え? おちびちゃ……??」
急に声をかけられただけでも驚いたのに、その上で『おちびちゃん』呼ばわりされたことにかなり困惑しているようだった、というかなんなら今が一番ショックを受けていそうな顔をしていた。
ママさんの方もその反応に「しまった!」とでも言いたそうな顔をしていた。
オロオロとしている少女の顔を見てどうするかと佐藤少年は一瞬迷ったが、声をかけるのならこのタイミングしかないだろうと思って、立ち上がる。
「姐さん!! おれらも見てたし味方なんで!! あと録音してたんで最初の以外は証拠バッチリっす!!」
佐藤少年がそう声を掛けると、また別の場所で誰かが立ち上がる。
「あ、うち録画してました。それと、事情が事情なのであの少年が罪に問われる可能性は薄いかと……」
そうおずおずと言ったのは佐藤少年達の向かいのベンチのOLだった。
「え? は、はい……ありがとうございます……」
少女は困惑した顔のままぺこりと頭を下げた。
おまけ
昏夏語翻訳バージョン
その少年は地面に落下し無様に地面に転がった男の背を、ダンと強く踏み潰す。
「おい、何された」
そうして少年は少女に顔を向け、佐藤少年には意味が理解できない言語で少女に何か言った。
ただ耳にしただけで全身が凍りつくような、ドス黒い敵意と殺意に塗れた声だった。
物々しい雰囲気に公園の空気が張り詰める、しかし少女は深々と溜息を吐いて、呆れたような声でこう言った。
「おい、何やってんだ馬鹿。今やっと誤解が解けて色々解決しそうなところだったんだけど」
それは普段通りの謎の言語ではなく、佐藤少年達にも意味が通じる言葉だった。
おそらく男や、ひょっとしたら公園にいる目撃者達のことを気遣って、わざわざ誰にでもわかる言葉を少女は使ったのかもしれない。
「…………誤解って、なに?」
少年もその意を汲んだのか、殺意は収めずに言葉を切り替えた。
「いやなんかその人、勘違いで私に絡んできたんだよ。どうも私のことを息子さんの彼女だと勘違いしたらしくてな。……でもまあ絶対違うってことになって、それじゃあ互いに認識不足で言い合いしてたんだなってことで解散になりかけてた」
「ぜったいちがうって?」
「ああ、うん、絶対違う。なんかその人の息子さん、勇者候補らしいんだよ。というわけで完全に人違い。私もちゃんと確認し忘れてお前の親だと勘違いしてしまってな……前に毒親だって言ってただろう? 雰囲気が完全に毒親だったから勘違いした、絶対違うのにな」
最後の方だけ何か聞かれたら都合が悪かったのか、普段の癖だったのか、佐藤少年にはわからない言語でそう言った彼女は深々と溜息を吐いて、さらに言葉を続ける。
「……それで、なんでそうすぐに口より先に足が出るのかなお前は、訴えられたらめんどう」
「勘違いじゃないよ」
謎の言語でぽそりと呟いた少年に、少女が目を丸くする。
「は? 勘違いじゃないって、何言ってんだお前」
「…………これ、俺の親」
ものすごく言いたくなさそうな渋い顔で少年はそう答えた。
公園内がざわつく、佐藤少年達の口からも言葉になっていない声が漏れた。
「は? いやそんなまさか……だってこの人、自称勇者候補の父親……まさか、自分の息子を勇者候補だと思い込む……そういう、その……心の病気的な……?」
そんなふうに推測した少女に少年は盛大に溜息を吐いた。
「なんでそうなるの。まあいいや、それはあとでちゃんと話してあげる」
「お、おう……ってかそろそろその足どけた方がいいんじゃないか? というか生きてる? 私、自分のカレシが殺人とか傷害で逮捕されるのは嫌なんだけど」
「死んでないよ、それとそれに関しては大丈夫。こいつが犯罪者だから」
そう言いながら少年はゲシゲシと男の背を蹴る。
かなり容赦がない、憎くて仕方のない怨敵のことを見るような顔もしていた。
「……どういうことだ? 私別に何もされてないぞ?」
「どうだか。その辺りもあとでちゃんと聞いて余罪がないかは調べるけど……このクソ野郎、俺の弟と妹を半殺しにしやがった」
「は?」
少女がぽかんと口を開ける。
佐藤少年達も『半殺し』とかいうやたら物騒なワードに息を潜める。
一瞬後、佐藤少年は顔面を真っ青にした。
もしもあの少年が本当に勇者候補であるのなら、半殺しにされた彼の弟と妹は佐藤少年の妹の二人しかいない友達であるということになる。
妹にとっては大事な存在なのだ、詳しくは口を割ろうとはしなかったが、命の恩人であるとも聞いたことがある。
そんなふうに妹にとって大事な存在が、半殺しにされた。
無事なのだろうか、無事であってくれ、そう願いながら佐藤少年は少年の顔をすがるようにみた。
それに気付いたのか気付いていないのか、少年は静かな声色で少女に向かってこう言った。
「両方生きてるけど、ほとんど死にかけで今病院。というわけで、こいつは殺人未遂犯だね」
「ええ……け、怪我の具合は」
「死ぬことはないって言われた。けど障害が残るかも、って」
障害が、残るかもしれない。
そんな言葉が佐藤少年の中に重く沈み込む。
妹になんと伝えれば、そもそももう妹は知っているのだろうか、そんなふうに考える佐藤少年のあまりの顔色の悪さに、友人達が「大丈夫か?」と問いかけてくる。
そんな最中、踏み潰されていた男が唸りながら何かを叫ぼうとした。
しかしその直前で少年が男の右手を思い切り蹴り潰した。
何かが砕けるような音が聞こえてきたのは、きっと佐藤少年の気のせいではない。
「黙っていてくれないかな。これ以上あんたの耳障りな声を聞きたくない。……事情もあらかた説明したし、そろそろ警察行こうか」
そう言ってから、少年は一度顔を伏せ、すぐにあげた。
その顔には貼り付けたような綺麗すぎる笑顔が。
「公園をご利用の皆様、お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。こちら、殺人未遂犯なのでこれから警察に連れて行きます。……もしも、この男から何かしらの被害を受けた方がいるのであれば、お手数ですが警察までご連絡を」
笑いながらよく通る声で少年はそう言って、男を拘束の魔術で厳重に拘束した。
そうして心底触りたくなさそうな、汚物でも見るような顔で男を睨んだ後、仕方なさそうに男の身体をひょいと肩に抱えた。
「お前はすぐ自分の家に帰れ。寄り道せずにまっすぐ帰れ。落ち着いたら連絡する。それまで何もせずおとなしく待ってろ」
「……わかった。殺すなよ。ちゃんと帰ってこい」
少年が謎の言語で少女に話しかける、少女も同じく謎の言語で返答した。
その返答を聞いて少年が少しだけ呆気に取られたような顔で少女の顔を数秒見つめて、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「それでは、失礼しました」
そう言って少年は姿を消した。
転移の魔術を使ったのか、それ以外の術を使ったのか佐藤少年にはよくわからなかった。
しばらく、公園は沈黙に包まれた。
少しして、少女が顔の片側を手で覆って溜息を吐いた。
「あいつ、大丈夫……じゃないか……さて、どうする……? というかあれ、あいつが傷害罪とかで訴えられたりしないか……?」
途方に暮れたようなその顔を見て佐藤少年は立ちあがろうとしたが、その前に動いた者がいた。
砂場にいたママさんのうちの一人が、少女に向かって「大丈夫よ」と大きな声で話しかけたのである。
「おちびちゃん! 大丈夫よおばさん達みんな味方だから!! 全部全部聞いてたし、見てたから!! あのおっさんがどう見ても悪人だったのは、ちゃんと私達が見てたから!!」
そんなふうに突然声をかけられた少女は、今までの落ち着きようはなんだったのかと思うくらい、目に見えて慌てふためいた。
「え、おち…………え? おちびちゃ……??」
急に声をかけられただけでも驚いたのに、その上で『おちびちゃん』呼ばわりされたことにかなり困惑しているようだった、というかなんなら今が一番ショックを受けていそうな顔をしていた。
ママさんの方もその反応に「しまった!」とでも言いたそうな顔をしていた。
オロオロとしている少女の顔を見てどうするかと佐藤少年は一瞬迷ったが、声をかけるのならこのタイミングしかないだろうと思って、立ち上がる。
「姐さん!! おれらも見てたし味方なんで!! あと録音してたんで最初の以外は証拠バッチリっす!!」
佐藤少年がそう声を掛けると、また別の場所で誰かが立ち上がる。
「あ、うち録画してました。それと、事情が事情なのであの少年が罪に問われる可能性は薄いかと……」
そうおずおずと言ったのは佐藤少年達の向かいのベンチのOLだった。
「え? は、はい……ありがとうございます……」
少女は困惑した顔のままぺこりと頭を下げた。




