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一話完結の短篇集

交換日記が埋まらない

作者: 雨霧樹

 パラパラと机の上に置いたノートをどこか祈るような気持ちでめくる。

「…………」

 しかし、どれだけ文字を探しても、目に映るのは余白だけだ。

「だめだった……」

 交換日記、でかでかと表紙に書かれたその文字に、惹かれる人は一人たりとも居なかったのかと、私は思わず肩を落とした。


「うまくいくとおもったのに……」

 その言葉は、閑散としたコインランドリーの中で起動する洗濯機の起動音に吸い込まれていった。



 

 私は友達が少ない。理由は明白で自分でも認識している。


 会話をすることが怖くて仕方がないからだ。


 親切な人が話しかけてくれても、言葉が詰まって上手く返事をすることができない。そうして相手が困惑しているうちに、会話がどこかに流れて行って、独りぼっちになる。

 わかっている、私が変わらなければ前に進めない問題なんだと。


 だけど会話の練習なんて、どうやってすればいいのかわからない。両親は多忙で最後に顔を合わせたのは二週間前以上で、兄弟姉妹は誰もおらず、友達なんているわけがない。そんな私が考えて考えて考え抜いて思いついたのが交換日記だった。

 繰り返しになるが、私の家は両親が殆ど家に帰らない。そして二人は洗濯ものを貯め込むタイプで家にある洗濯機では追いつかないという事がよくあるのだ。その度に、近所に存在するコインランドリーに大量の洗濯物を持っていくのだ。だが、その仕事を私が請け負って、コインランドリーに誰でも書ける日記を設置することが出来れば、もしかすれば人とコミュニケーションが取れるのではないか。そう考えた私は、早速使っていないノートを一つ学習机から引っ張り出した。



 『ひまつぶしをしたいから書いてみました。ここに来た人も、書いてください。九月十三日』

 さんざん悩んだ挙句、書くことが出来たのはその一行だけだった。勿論日記なんだから、私の事を赤裸々まではいかずとも、自己開示は必要な筈だ。しかし、その塩梅は私にはわからなかった。もしここで私の事を沢山書いたら、周りの人が引いてしまって続きを書いてくれないんじゃないか。そんな事が一度頭をよぎり、文字を書く手がピクリとも雨後無くなってしまったのだ。


――上手くいきますように。


 あとは、そう祈る事しか出来なかった。



「うまく……いかなかった……」

 しかし、結果は散々たるものに終わった。その日記を設置して二週間後、どれくらいページが埋まっているかワクワクしながら重い洗濯物を抱えて歩いてきたのに、結果は一ページどころか、一行さえも埋まっていなかった。

「はぁ…………」

 悔しかった。だけど、ここで泣いてしまったら、もう前に進めない気がする。私は、涙を堪えようと溜息を大きく吐いて必死に誤魔化した。

 

――大丈夫、まだ始まったばっかりなんだから。

 己を鼓舞し、一緒に置いてあった鉛筆を握った。


『わたしは、うんどうかいの練習がたいへんです。走るコツがあったら教えてください。九月二十七日』

 

 その日以来、コインランドリーに行く用事は全て買って出た。もしかしたら誰か書いているかもしれないから。書いてなくても私が充実させるから。自分でも分からない使命感に満ち溢れていた。

 

 『今日は仕事の残業が疲れたな~ 誰か代わりに働いてくれないかな。十月十日』

 誰も書いてくれないから駄目なのかと思って、パパがよく言う事を真似して書いてみた。漢字で書けないと変だから一生懸命辞書を引いたり本を読んだりした。お陰でママは褒めてくれたけれど、曖昧に笑って誤魔化してしまった。

 そんな時だった。

 『私も日記を書かせて貰ってもいいかな? 十二月二日』

 いつものように諦めながら、けれど一抹の期待を捨て切れずに日記をめくったとき、そんな言葉が私には踊っているように見えた。


 「――だれか、書いてくれた‼‼」

 今年、誰も書いてくれないなら辞めようと思っていた。どうせ誰も見てくれない、半ばふてくされていたところに現れたこの人は救世主にも見えた。気づけば服を洗濯機に放り込むのを忘れ、鉛筆を握っていた。

 『ぜひ書いてください‼ 十二月三日』


 勢いよく返事を書いたのは良いものの、そこからコインランドリーに行くことはスッカリ無くなってしまった。お爺ちゃんお婆ちゃんの家に冬休みの間行くことになったからだ。

「おばあちゃん! ひさしぶり~!」

「あらあら、元気よく挨拶出来たわね~!」

 私でも知らないうちに、コミュニケーションの取り方というのがわかってきたのかもしれない。今までお婆ちゃんにも引っ込み思案で、上手く喋れなかったのに、スラスラと言葉が詰まることなく話すことが出来たのだ。

 これも日記のお陰なのだろうか。もしそうならば、これから他の人の日記を見ていけば、もっと話し上手になってしまうのだろうか。そんな妄想を繰り広げ、ニヤけた顔をした私を両親は不思議そうな顔で見ていた。


 そうして一月になり、コインランドリーに行く用事が再び生まれた。あれからあの人の日記は進んだのだろうか、そればかり考えながら私は扉をくぐった。


 洗濯機に服を全部詰め終わり、いつも日記を置いてる場所に足早に進んだ。もう、一秒たりとも待ちきれなかった。


 『年始に伴い不用品を処分しました。管理局より』

 しかしそこにあったのは日記ではなく、そう書かれた張り紙だけだった。


「え……?」

 本を沢山読んだせいか、その文字は読めた。いや、読めてしまった。

 私は慌てて周囲を見渡し日記を探した。しかし、影も形も、日記を見つける事は出来なかった。




 

 

 そのまま私は茫然と立ち尽くした。


 洗濯が終了したことを知らせる機械音が、いつまでも響いていた。

 

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