訪れる客
カランコロン。
入り口ドアの鐘がなる音にふりむくと、逆光を背に一人の男性がはいってきた。ちょっと眩しい。
「いらっしゃい」とマスターが言うと「やあどうも。久しぶり」と答える男性客。
この店にはあまりお客がこない。マスター曰く「この店には、波長があう人しか許可していないから」だそうだ。
許可うんぬん、というのも魔術の一種のようなものらしい。勝手に隠蔽魔法みたいなものだろうかと想像する。
「以前、アクセサリーをいくつか購入させてもらったが、また買わせてもらいたい」と男性客。マスターとのやりとりを聞いているうちに、彼自身もアンティークショップを経営している同業者だということが分かる。
「いま、うちに在庫があるのはこれだけだ」と、マスターが奥からアクセサリーをのせたお盆を持ってくる。アンティークやヴィンテージの括りにある古い宝石たち。
「ローズカットはあるかい?」
「これだね」
マスターが指差したのは、現代のものよりもポッテリした色味と存在感のあるネックレスだ。
ローズカットというのはダイヤモンドのカットの種類のことで、まだ電灯がなかった時代、宮殿をともす蝋燭の光の中で美しさを発揮できるように発明された手法らしい。
「一つしかないか」
「古いものは昨今なかなか手に入りにくくなっているからね」
「そうか。まあ仕方ない。そうしたらこれと、あとこれとこれとこれをもらっていこうかな」
男性客は手慣れた様子で、欲しいアクセサリーを選んでいく。
選んだものはネックレスや指輪などで、それぞれダイヤやエメラルドやルビーなどの宝石が取り付けられているものだ。
「このルビーは素晴らしいな。ピジョンブラッドと言っても差し支えないじゃないか?」
「そうだね。この透明感と、天然特有の色味というものは、なかなか今の石では難しいね」
現代と昔とでは、宝石をとりまく事情や製法が異なる。そのため、宝石通のなかには昔に作られたアクセサリーばかりを求める者も多いのだとか。
「あと……さすがだね。この雰囲気、何も悪いものは憑いていない」
古いものには、何となく「嫌な」雰囲気、空気感を纏っていることも多い。
その正体は、元の持ち主たちの思考、感情、情念、記憶、魂とよばれるものだ。
これらを憑けたまま販売すると、購入者にごくたまに「呪い」のような現象をもたらすことがある。
そういったことを避けるために、浄化してクリアーにしておくことが実は大切なのだ。
日本では「御魂抜き(みたまぬき)」などと呼ばれ、僧侶がやるイメージも強いが、マスターはもちろんこういったこともお手のもので、自分でさっさと浄化してしまう。
ただ、この「嫌な雰囲気」というのを感じとれない古物商というのも実は多い。
そういう人間は、浄化うんぬんというのは気にしないし考慮にいれない。
この男性客は、この店に入れる側の人間なので、当然そのあたりのことも理解できるほうの人間だ。
「今回は以上で」
「まいど。じゃあ全部で300万円ね」
ポンポンと小脇に抱えていたハンドバックから現金をとりだし、マスターの前に置く。
なかなかの大金がともなう取引だが、マスターと男性客はスムーズにやりとりしていく。
「いやー助かったよ。さいきん目新しい商品が手に入れられなくて、常連のお客さんにせっつかれていたところなんだ」
「こっちもまた何か探しておくよ」
「助かる。また来るので宜しく」
そう言葉を交わし、男性客は機嫌良く去っていく。彼の仕入れは上手くいったようだ。
「ひさびざにまとまって売れたな。だから魚型がきていたのか」とマスターはチラッとその存在がいるあたりに目をやる。
「魚は富とかお金の象徴だからね」