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第2話 誰が地竜を殺したのか・後編

地竜(やつ)の声だ」


 その声は地面に続く足跡の先から聞こえてきた。


「近かったですね」

「誰かが見つかったのかもしれない、くそっ!」


 俺は思わず駆け出した。

 足跡を辿っていくと、途中にゴブリンの死体がいくつも転がっていた。

 俺は無視して走った。


「今のゴブリンの死体、未だ血が乾いていませんでした」


 ついさっき死んだってことだ。

 転がっているゴブリンの死体は五体満足で、竜に食われたという感じではなかった。

 ついさっき誰かがゴブリンと戦ったのだ。

 地竜が徘徊しているそのすぐ側で。


「戦闘音か、ゴブリンの死体の匂いで呼び寄せてしまったみたいですね」

「見えた!」


 林の向こうで、地竜は唸り声を上げていた。

 その口は赤く染まっている。

 足元にはゴブリンが何匹かと、そして人影が見えた。


「待った!」


 駆け出す寸前、肩を掴まれた。


「何だよ!?」

「どうするつもりですか」

「見ろよ!あいつの足元に俺の仲間が!助けないと!」

「どうやって」

「どうやってって、それは…!」


 …どうしたらいいんだ?

 俺が飛び出して行っても、状況は何も変わらない。

 強いて言うなら、俺も食われて、竜の昼食が少し豪華になるだけだ。


「そうだ!あんたなら助けられるだろう。俺を助けた時みたいに!」


 クロは顔を(しか)めた。


「…難しいです」

「何でだよ!?」

「隠れる場所がありません」


 気付けば俺達は森を抜けていた。

 周囲には(まば)らに木が生えているくらい。

 あとは岩がポツポツ転がっている程度で、延々と野原が続いていた。

 三人で隠れられるような場所は無かった。


「そんな…どうにか出来ないのか?例えば、魔法で空を飛んで逃げるとか」

「私が使える魔法は土と水、それと雷です。風の飛行魔法は専門外で…」

「ギャアァア!!」


 話の途中で悲鳴が聞こえてきた。

 最悪の想像が頭を過った。

 だが、竜の口にブラ下がっていたのはゴブリンの下半身で、俺は胸を撫で下ろした。


「そうだ!ゴブリンを囮にしよう!」


 竜がゴブリンを食ってる間に、仲間を助けだして逃げるのだ。

 名案だ。

 今日の俺は冴えているかもしれない。


「Gyaoooooooooooooo!!!!!!!」


 だがその時、地竜が尾をぶん回した。

 長大な尾が横薙ぎに振るわれ、木も、岩も、ゴブリンも、範囲内にあった全てのモノが吹き飛ばされた。

 それで、ゴブリンはあっけなく全滅してしまった。

 E級の魔物であるゴブリンに、竜の攻撃を耐えることなど不可能だった。

 生き残ったのは人間が一人だけ。


「まずい!」


 ゴブリンとは違い、俺の仲間は全員がB級冒険者だ。

 今の尾の一閃は咄嗟に身を伏せて難を逃れたようだが、初撃で体勢を崩されたら二撃目は防げない。

 それは俺が身をもって証明済みだった。


(どうしたらいい!?)


 ゴブリン共は囮にする前に全滅した。

 さきほどの攻撃で隠れられる場所は更に減った。

 巨大な竜が口を開く。

 倒木と砕けた石が山になっている。

 恐怖に歪む仲間の顔を見て…。


「土壁!」


 動いたのはクロだった。


「クロさん!?」

「…すいません。止めておいて…つい…うっかり。サンダーボルト!」


 クロの腕から雷が迸る。

 しかし、地竜はこちらを向くと、尾を振り回して雷を吹き飛ばしてしまった。


「は、弾きやがった!さっきは当たってたのに!」

「注意を引きます!その間に救助を!」

「すまねえ!恩に着る!」


 俺とクロは二手に分かれて走った。




「土壁!土壁!土壁!サンダーボルト!」


 先ずクロが駆け出して囮役を演じた。

 その間に俺は仲間の元へと向かった。


「おい!無事か!?」

「な、何がどうなってんだ…?急に土の壁がせり上がって…」

「いいから早く立って走れ!」

「そ、それが、足をやられて…」


 俺はクロから渡されていたポーションを取り出す。


「飲め!」

「な、何でお前がポーションを…あれ?お前、最初に竜に追われて死んだはずじゃ?」

「うるせえ!全部あの人に助けられたんだよ!!」


 俺は竜と戦うクロを指でさした。


「あれは…魔法使いのクロ?」

「『さん』を付けろよデコ助野郎!あの人は俺達の命の恩人だぞ!」


 よく考えると、クロは名前も知らなかった俺達のために命懸けで囮役を引き受けてくれたのだ。

 しかも、特A級の地竜を相手に。

 もし立場が逆だったなら、俺は迷わず見捨てて逃げただろう。

 俺でなくとも、大多数の冒険者はそうするはずだ。

 それが普通。

 それなのに。


「…おい、絶対生きて帰るぞ」

「え?ああ」

「生きて帰って、あの人に礼を言うんだよ!」

「お、おう!」


 今、俺達に出来ることは何とか生き延びることだけだった。

 死ねばクロの囮は無駄になるし、借りを返すことも出来なくなる。

 俺は仲間を助け起こして、二人で森を目指して走った。

 その間も、クロは地竜と対等に渡り合っていた。


「すげえな…!」


 地竜はデカい。

 その攻撃は広範囲に及ぶ。

 普通の人間では奴の攻撃をかわし続けることなど出来ない。

 だが、己の足元に土の壁を生み、それに乗って空へ逃れることで、クロはその不可能を可能にしていた。


「クロ…さんって確か、俺らと同じB級のはずだよな?凄腕とは聞いてたけど、アレ絶対A級超えてるだろ。ギルドの査定どうなってんだ?」


 全くもって同感だ。

 そこで俺は彼女がソロの冒険者だということを思い出した。

 意図的に力を隠しているのか、真の実力を知っている者は意外に少ないのかもしれない。


「なあ、一人で地竜倒したらどうなるんだ?S級になるのか?すると、伝説の冒険者の誕生か?」

「…」


 恐らく、クロ一人では地竜を倒すことは出来ない。

 出来るなら既にやっているはずだからだ。

 きっと俺達が逃げ切った後、彼女も撤退するに違いない。

 さっきみたく、水を被ってどこかに身を隠すことも出来るだろう。


「つまんねーこと言ってねえで走れ!」


 とにかく、問題は俺達が逃げ切れるかどうかだった。

 一刻も早く、出来るだけ遠くへ。


「Gihya!」

「Gihya!」

「Gigiii!!」


 しかし、森に入ったところで再び俺達はゴブリンに出くわした。

 その数、三体。


「邪魔だ!」


 俺達は減速せず、ゴブリン二体を蹴飛ばして進んだ。

 結果、一体だけ倒し損ねた。

 そして、それは失敗だった。


「Gyagiiiiiiiiiiiiiii!!!!!」


 ゴブリンが叫び声を上げると、森の奥から追加のゴブリンがゾロゾロと現れた。


「一、二、三、四…十体もいる!」


 俺達は足を止めざるをえなかった。


「Gyaoooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!」


 更に最悪なことに、地竜は標的を俺達に変えてきた。

 密集したのが悪かったのか、それともクロを倒すことは出来ないと判断したのか。

 とにかく地竜がこっちに向かってやって来る。


「どけよ!地竜が来てんのが見えねえのかよ!」

「このクソ馬鹿ゴブリン共め!」


 ゴブリンの中には弓兵がいた。

 命中精度は低いが、飛んでくる矢が鬱陶しかった。

 たかがゴブリンの対処に、俺達は酷く時間を取られてしまった。


「サンダーボルト!」

「Gyaooooo!!」


 背後で雷が落ちる。

 が、迫る竜の足音は止まることはなかった。

 またさっきのように、尻尾で防がれてしまったのだろうか。


「来てる来てる来てる来てる!!」


 時間が無いと焦れば焦るほど、俺の剣筋は鈍った。

 ゴブリン如きの命を一撃で絶ち切れない。

 骨を斬ってしまい、刃が途中で止まった。

 引っこ抜くためにゴブリンを蹴飛ばした。

 かつてゴブリン相手にここまで手こずったことはなかった。


「もうダメだ追いつかれる!畜生!ここまでか!」

「諦めるな!未だ方法はある!」


 囮作戦だ。

 さっきは不発に終わったが、今度こそゴブリンを囮にして何とか逃げるまでの時間を稼ぐんだ。

 ゴブリンの数はさっきよりも多いから、さっきよりは持つはず。


「そっちのゴブを蹴飛ばせ!」

「うおら!」


 それに森の入り口にはもう辿り着いているのだ。

 木々が密集する森の中なら、竜の巨体は動き辛いはずだ。

 つまり、このゴブリン共さえ越えれば逃げ切れる。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


 俺は小柄なゴブリンの腕を掴んで、地竜に向かってぶん投げた。


「食いつけえええええ!!!!」

「Gyaoooooooooooooooooooooo!!!!!!!!」


 次の瞬間、閃光が走った。

 音は遅れてやってきた。




「ライトニングブラスト!!」


 雷鳴が弾ける。

 大地が揺れた。

 地竜の巨体が宙を舞う。

 ゴロンゴロン!


「な、何だぁ!?」

「何が起こった!?」


 竜は地面を三回転した後、横向きになって倒れた。

 少し遅れて、地竜の尾が空から降ってきた。

 その光景は衝撃的で、生涯忘れることはないだろうと思った。


「ま、まさか、竜をぶっ飛ばしたのか?」

「…やったか?」

「Gyaoooooooooooooo!!!!!!!」

「「ひぃ!」」


 横倒しになり、尾を根元から千切られても、竜の奴はピンピンしていた。

 怒りの咆哮を上げ、ジタバタと手足を動かし起き上がろうとする。

 しかし、立てない。

 立とうとする度、前のめりになって倒れていく。

 多分、尻尾が無いせいで身体の釣り合いが取れなくなったのだ。

 俺達はゴブリン達と一緒に、足掻く竜をポカンとした顔で眺めていた。


「無事ですか!」


 呆けているとクロが駆け寄って来た。


「クロ…」

「あ、あんた今、何をしたんだ?」

「ちょっと本気を出しました。ちゃんと尻尾に当たって良かったです」


 ちょっと本気を出しました????

 ちゃんと尻尾に当たって良かったです????


「すまねえが何を言っているのかさっぱりわからねえ」


 横を見たらゴブリンと目が合った。

 お前らもそう思うよな?


「Gobu?」

「本気って…まるで今までは本気じゃなかったみたいな…」

「さっきの物凄い雷は何だ?」

「『ライトニングブラスト』っていう上級魔法です」

「それまで打ってた雷は?」

「中級魔法の『サンダーボルト』です」


 ふうん、なるほどね。

 全然分からん。

 頭が理解することを拒んでいるようだ。


「じゃあ最初っから上級魔法(そっち)撃てよ!」

「待て待て、落ち着け!」


 お前の言い分は(もっと)もだが、さっきクロは何と言っていた?


 『ちゃんと尻尾に当たって良かったです』


 つまり『上級魔法』とは、きっとクロでさえ扱いが難しい魔法なのだろう。

 それで乱発が出来なかったとか、きっとそういう感じの話に違いない。


「いや、実は私、宗教上の理由で殺生厳禁で…」

「????」

「当たり所悪くして地竜が死んだら、ちょっとまずかったので…」

「お前は何を言っているんだ?」

「じゃあ何で冒険者やってんだよ!」


 いや本当にそう。

 というか、魔物殺さないでどうやって冒険者やってんだ?

 というか、魔物の殺生を禁じている宗教なんかあるのか?


「そんなことより、早く逃げましょう」

「はあ!?」

「しばらくは追ってこれないと思いますが、早く逃げるのに越したことはありません」

「待て待て待て!」

「今なら地竜を倒せるんじゃないか!?」

「未だ起き上がれてないんだぞ!こんな好機はそうそうないぞ!?」

「どうしてもと言うならお二人でどうぞ。私は参加出来ませんので」

「「そ、それは…」」


 結局、俺達は転がる地竜を放置して逃げ帰った。

 夕日が落ちる頃に町へ着くと、入り口で他の仲間達に迎えられた。

 他の四人は何事も無く逃げられたらしかった。

 俺達は全員でクロに礼を言った。




 それからしばらくたったある日、地竜の死体が見つかった。

 その地竜には尾が無く、俺達が遭遇した個体で間違いなかった。

 俺達は気になってギルド職員に確認しに行った。

 誰が地竜を殺したのか?


「誰でもねえよ」

「どういうことだ?」

「誰かが討伐したんじゃないのか?」

「地竜を討伐出来る冒険者なんてこの町にはいねえよ」

「いやいるだろ」

「クロさんとかよ」

「はあ?あの娘は未だB級だろ」

「…(言わない方がいいかな)」

「(本人が隠してるなら言わない方が良いだろう)」

「じゃあ、他の魔物にでもやられたのか?」

「地竜を殺せる魔物なんてこの辺にはいねえよ」

「じゃあ誰が地竜を殺したっていうんだよ」

「まあ、強いて言うなら虫かな」

「虫?」

「腹の中に虫が巣食ってたんだよ。頑丈な竜でも身体の内側から食い破られたらどうしようもなかったんだなあ。多分、糞の匂いに釣られて尻の穴から侵入していったんだろう。ほら、あの竜には尻尾が無かっただろ?」

虫「ワイや」


次回投稿は未定です。

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