7 ―妄想は元気の証―
湯船に首まで浸かりながら、俺はまた今日のことを思い出していた。結局一つも目立った成績を残せなかった競技の方はどうでもいい。
「藤崎さん……」
名前を呟きながら、藤崎さんの顔を思い浮かべる。大きな瞳、潤った唇、彼女のトレードマークともいえる人懐っこい笑顔……。
「どうしたの? 話って何?」
恥ずかしそうに顔を伏せたままの、彼女に問いかける。放課後の体育館裏、辺りに人の気配はない。
「うん、気づいてるかもしんないけど」
藤崎さんの頬がみるみるうちに紅潮していく「私、渡辺くんのことが好き……なんだ」
「えっ!」
驚いてみせるが心の中は平静だった。予想通りだ。「なんで俺なんかを?」
「実は放課後、最初に会った時から気になってたんだけど、体育祭で話したら凄く気が合うな、って思って……。あ、ごめんね。私が勝手にそう感じただけだよ」
「いや、俺も気が合うって思ってた」
俺は、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。彼女も見つめ返してくる。
「それじゃあ私と付き合ってくれる?」
「うーん、そうだなぁ」
悩んでいるフリををするが、答えは当然決まっていた。「いいよ。俺も藤崎さんのこと好きなんだ」
「ほ、本当!? あ、ありがとう……」
そう言って泣きだす彼女。俺は戸惑いながら「困ったな」と苦笑する。
「慎吾ー。どうしたの?」
母の呼びかけで我に帰る。無意識の内に、妄想の世界へ突入していたらしい。
「あー、なんでもない。今あがるよ」
「良かった。一時間も入ってるから死んでるのかと思ったわ」
風呂から上がり、寝巻きに着替えると、俺はそのまま部屋へ直行した。まだ十時前ではあるが、早くもベッドの上に寝転んだ。
身体は疲れているというのに、頭は冴えたままだった。俺は先ほどの妄想の続きを行うことにする。
晴れて藤崎さんと付き合うことになり、一ヵ月後にはファーストキスを済ませた。彼女にとってももちろん俺が始めての相手で、幸せそうに「嬉しい」と呟いていた。
初夜では不安がる彼女を俺が優しくリードする。
高校を卒業し大学生になってからも、二人は順調に交際を続けた。
それから遠距離恋愛編、彼女の誤解編、クリスマスの奇跡編などを経て、遂に二人はゴールインしたのだった。
長い妄想が一段落し時計を見ると、既に一時を回っていた。明日が休みだから良かったものの、このままでは生活リズムを乱しかねない。
これからは妄想は湯船の中だけに限定しよう、などと俺は考えていた。
妄想……?
確かに妄想ではあるが、現実にありえないとは言いきれない。来週学校が始まったら早速藤崎さんをデートか何かに誘ってみよう。きっと彼女は二つ返事で承諾してくれるに違いない。
今の俺なら何をやっても上手くいくような気がした。