6 ―すっかり有頂天―
「あはは、渡辺くん最高~。それでそれで? どうしたの?」
全く気がつかなかった。どうやら俺には女の子を楽しませる才能があるらしい。その証拠に藤崎さんは俺の言葉一つ一つに大きなリアクションをとり、もっと色々な話が聞きたいとばかりに、次々と新しい話題を投げかけてくる。ひょっとしたら、彼女が伊藤先輩と付き合っているというのは金山の勘違いで、実は俺のことが好きなんじゃないか、とさえ思えてきた。
体育館裏で先輩たちがタイマンを始めた、という知らせを聞き、金山と幸田が揃って見物に出かけてしまった時は、心底狼狽した。二人が会話の中心にいたため、残された四人は一瞬唖然とし、しばらく無言状態になったが、今度は藤崎さんが会話の中心となり、俺にも話しかけてくれた。
次第に岡本さんともう一人の女子生徒、千代田さんが二人で話を始めたため、先ほどから俺は藤崎さんと一対一、フェイストゥフェイスで会話している。
「金山はさ、一年の中でもけっこう期待されてるんだよ。ああ見えて練習熱心だしさ」
話題は金山へとシフトする。「女子にもけっこう人気あるし……。ねえ、亜美ちゃん」
「えっ?」
急に自分の名を呼ばれ亜美ちゃん、こと千代田さんは、驚いてこちらを見る。ややウェイブのかかったロングヘアーで、前髪を中心で分けている。彼女もまた、野球部のマネージャーで、彼女たちは三人とも同じクラスだそうだ。
「金山くん? そ、そうだね」
照れくさそうに微笑む。藤崎さんはしたり顔だ。どうやら千代田さんは、金山に惚れているらしい。
「で、でも藤崎さんも男子に人気あるんでしょ?」
俺は軽々しくそんなことを聞いてみる。完全に場慣れしてしまった。
「ええー、私? そんなことないって。いっつも男子には馬鹿にされてばっかだよねー」
「愛されてるってことじゃない?」
今度は岡本さんが答える。彼女は相変わらず無表情だ。おそらく、他人と距離を置いてしまうタイプなのだろう。人のことは言えないが。
「愛されてるのかなぁ。そうだといいけどね」
「でも、藤崎さんって伊藤先輩と付き合ってるんでしょ?」
何気ない俺の一言に、三人が硬直したのを見てハッ、となった。
しまった。こういうデリケートな問題に触れてはいけなかったか?
「私と伊藤先輩が? 何それ、誰が言ったの?」
藤崎さんから笑顔が消える。
「いや、金山がさ。学校中の噂だって……」
「ふふっ。馬鹿みたい。伊藤先輩と付き合ったりしたら私、先輩のファンの子に何されるか分かんないじゃん」
彼女に再び笑みが戻り、俺はホッとした。
やはりそうか。彼女が伊藤先輩と付き合っているというのは単なる噂に過ぎなかったのだ。俺は喜びを隠し切れず、一人でにやけてしまった。
金山たちが戻ってくると、俺は会話の中に入ることが出来なくなってしまったが、心は充分に満たされていた。
何年ぶりだろうか、俺は恋をしている。相手はもちろん目の前にいる藤崎さんだ。彼女と伊藤先輩が恋仲でないことを知り、気持ちを再認識できた。そして彼女もまた、俺に対して特別な感情を抱いている。あれほど俺との会話に夢中だったのだから間違いないだろう。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、やがて昼休み終了のアナウンスが響く。午後の部最初の種目は綱引きだ。
「俺の番だ。んじゃ行ってくるわ」
そう言うと藤崎さんを始め、五人全員が俺に激励の声をかけてくれた。なんだか自信がみなぎってきた俺は、意気揚々とトラックに向け、歩き出した。