3 ―ポーカーフェイスなあの子も―
「二年生!? あれが?」
「お前『あれ』なんて先輩の前で言ってみろ。殺されんぞ」
おっと、と俺は口をつぐんだ。
昨日の放課後に会った三島先輩、伊藤先輩の話だ。二人は野球部の正バッテリーで、特に伊藤先輩は、校外でも注目されているエースピッチャーだそうだ。そして金山から、彼らがまだ二年生だという話を聞かされたところである。
時間はまだ午前八時半。これから我が校での一日が始まるところだ。俺が自分の席に着いて間もなく、いつものように金山が話しかけてきた。
ちなみにあの藤崎という女子生徒は野球部のマネージャーで、学年ではアイドル的人気を誇るのだ、と金山は語った。
「知らないお前がおかしいよ。まあでも伊藤先輩と付き合いだしたみたいだし、もう誰も手だしできないな」
「え!? そうなの?」
思わず大声を出してしまう。
「昨日だって見ただろ。最近いつもあの二人くっついてるんだぜ。あれは絶対付き合ってる、って学校中の噂だよ」
エースピッチャーとアイドルのカップルか。まあお似合いだろうな、と俺は思った。
一瞬藤崎さんにときめいてしまったのは認めるが、さすがにそんな話を聞かされたら冷めてしまう。俺にとっては雲の上の存在、高嶺の花といったやつだ。
やがて始業ベルが鳴り、金山はいそいそと自分の席へ戻っていった。ボサボサ頭の担任が教室に入ってくる。
「起立! 礼! おはようございます」
今日もまた一日が始まる。
「おーい、渡辺。ションベン行くぞ」
二時限目の授業が終わり、金山に呼ばれる。いわゆる連れションの誘いで、一日二、三度は必ずある。
「あ、ああ。今行く」
教室を出て廊下を歩き始める。トイレまでは五十メートルほどあり、その最中に野球部員と出くわすことが、時々ある。その時金山とその部員が話し始めて、俺はいつも孤立した状態になってしまうのが、どうにもやりきれない。だから俺はこの連れションがあまり好きではなかった。
「あ! おい岡本」
金山がさっそく一人の生徒を呼び止める。やれやれ、と心の中で呟いた次の瞬間、ドキッと自分の心臓の鳴る音が聞こえた。
「おはよ。どうしたの?」
呼び止められたのは女子生徒だった。ショートカットで、前髪をピンで止めている。吊り目で、ややキツイ印象を受けるが、文句なしに美少女といえるだろう。
「昨日お前、部活来なかったじゃん。どうしたんだよ」
「ああ、昨日はちょっと気分悪くてさ。先帰らせてもらった」
彼女はほとんど無表情のまま答える。
「へぇ、大丈夫なのか」
「もう大丈夫。ありがとう」
「さっきのもマネージャーね。岡本っつって」
並んで用を足しながら、金山が聞いてもいないことを喋りだす。
「随分とポーカーフェイスな子だね」
「そうそう、無愛想だろ? もう慣れたけどな」
それを聞き流しながら、野球部には一体何人マネージャーがいるのだろう、と俺は考えていた。