2 ―二人の先輩と女子マネージャー―
「なんだ? そいつ、入部希望者か?」
三島先輩と呼ばれた男は、そう言いながらのしのしとこちらへ歩いてきた。近くで見るとより大きく感じる。顔は厳つく、坊主頭はゴリゴリとしていた。
「いえ、こいつはただの……同じクラスの奴です」
金山はいつの間にか姿勢をピン、と正している。やはり野球部の先輩のようだ。彼の言葉に「ふーん」とゆっくり頷いてから、三島先輩は次に俺をギロッ、と睨みつけ、言った。
「お前たるんだ身体してんなぁ」
入学前に絶食ダイエットをして、八十キロあった体重も七十キロにまで落としたのだが、それでも世間一般的にはまだ肥満体なのだろう。少しショックを受けた。
「よし、うちの部で鍛え直してやる」
「いや、俺はその」
「ああ!?」
三島の馬鹿でかい声に、思わず気圧されてしまう。
どうしよう、こ、このままじゃ入部させられてしまう……!
「おいおい三島、いい加減にしろよ」
その時だった。今度は後ろから、つまり俺たちが歩いてきた廊下の方から声が聞こえた。
振り向くと、これまた背が高く、三島先輩よりスラッとした体格の男子生徒が、笑いながら立ったいた。
「あ、伊藤先輩。チワッス!」
金山が威勢よく挨拶をする。伊藤先輩と呼ばれたこの人物も、野球部の先輩なのだろう。彫が深く、日本人とは思えない綺麗な顔立ちをしている。
この人はもてるだろうな、とそんなことを考えてしまった。
「冗談だよ伊藤。いくらなんでもこんな動けなさそうな奴、部に入れるわけねえだろ」
三島先輩が、そう言ってゲラゲラと笑いだした。悔しいが何も言えない。言えるわけがない。
「えー、でもけっこうわかんないかもしれませんよ」
また新しい声だ。途端に緊張が走る。今まで気がつかなかったが、伊藤先輩の後ろに、もう一人女子生徒がいたのだ。背が小さく、伊藤先輩と比べたら、まるで大人と子供のようだ。艶のあるストレートヘアーが、肩まで伸びている。
「ひょっとしたらまだ才能が目覚めてないのかもしれないじゃないですか。ねえ?」
彼女はそう言いながら、クリッとした大きな瞳を俺に向けた。身体中が硬直する。
「い、いえ。俺は全くそんな……。才能なんて……とんでもないです」
我ながら情けない返答だ。女子の前ではいつもこうなってしまう。中学まで彼女たちに馬鹿にされ続けてきたため、つい身構えてしまうのだろう。
彼女が小さく笑う。
「私は一年生だからタメ口でいいよ」
「あ、はい。すいません」
「お前、わざとやってんのか?」
金山にツッこまれる。初対面の女子生徒にタメ口を聞くのは、俺にとって至難の業だ。
そんな俺たちをよそ目に、伊藤先輩がスタスタと、部室方面に向かって歩きだした。
「三島、藤崎。そろそろ行くぞ。金山、お前も遅れんなよ」
「あ、はい」
金山がそう返事をすると、他の三人はあっという間に、その場から立ち去ってしまった。
バツの悪そうな顔で俺を見る金山。
「まあ、確かにお前じゃ無理かもしれないな。悪かった」
相変わらず腹の立つ言い方だが否定はできない。
「それじゃ俺もとりあえず行くわ。また明日な」
「あ、ああ」
三人の後を追い、部室へ走る金山を見送りながら、俺はあの女子生徒のことを考えていた。
伊藤先輩は『藤崎』と呼んでいたか。