プロローグ
「あ、誰もいない。早く行こう」
優樹が、俺のブレザーの袖をつかみ急かした。俺たちは小走りでベンチに辿り着くと、座ってそれぞれ一息吐いた。
「めちゃくちゃ眠い」
あくびをしながら独り言を呟く。
「本当。校長の話長すぎだよね」
優樹がふぅ、と大きなため息を吐く。
つい先ほど卒業式を終えたところだ。俺も優樹も卒業証書の入った筒を手に持っている。式の後にここ、いつもの公園へ足を運ぼうと言いだしたのは優樹であった。
『大事な話がある』
彼女のその言葉に心当たりがあったため、式の間中、俺は不安で胸が押し潰されそうだった。
他愛のない話をしながら、一時間ほど経過しただろうか。冬の冷たい風が次第に強くなり、肩まで伸びた優樹の髪の毛をやや乱し始めた。同時に、二人の口数も減る。しばらく無言の状態が続いた後、優樹がうつむきながら、おもむろに口を開いた。
「慎吾。君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ」
「えっ?」
とぼけた顔で彼女を見る。しかし内心はゾッとしていた。
「昨日の話覚えてる?」
「昨日の話?」
相変わらずとぼけてみせる。
もう彼女が何を言おうとしてるのか、大方の予想はついていた。そしてその先は聞きたくなかった。
公園には俺たち以外にも子供が数人と、そのうちの誰かの母親と見られる女性が二人いたが、距離があるため、俺たちの周辺はどこか人里離れた山奥のように静かであった。
時折ひゅう、と風の音が聞こえた。
「あのさ。慎吾、野球部の皆に呼び出された、って言ってたでしょ」
「ああ……」
覚悟を決めるしかないようだ。彼女は何もかも知っていた。
「私……。知ってたんだ、本当は」
そう、知っていた。
「なんて言えばいいのか分からないけど、とにかく知ってて、でも、誰にも言えなくて……」
そこで口ごもってしまう優樹。ずっとうつむいてはいるが、声のトーンからその苦痛に歪んだ表情を安易に想像できる。
彼女を責めるつもりはない。彼女だってれっきとした野球部のマネージャーなのだから。
早く彼女を楽にしてあげたい。
彼女のことが好きだから。
「いいよ。もう何も言わなくて」
俺はできるだけ明るい口調で言った。
「充分楽しかったし、二年間本当にありがとう」
「いや、こちらこそ……。って、何言ってるの?」
ようやくこちらに顔を向ける優樹。彼女の目は大きく見開かれている。
「だってそうゆうことだろ? 俺に対して申しわけないから、俺と付き合ってくれてたんだろ?」
「ええっ!? それは……!」
その時、突風が吹いた。
「キャッ」と短い叫び声を上げながら、優樹は俺の肩に抱きついてきた。
「ごめん……」
「いや」
苦笑しながら謝る彼女に、俺は何も返す言葉がなく、ただ虚空を見つめていた。そして、次第に胸の鼓動が速まっていくのを感じた。
彼女はそのまま俺から離れようとしなかったのだ。