16 ―天気は雨。気分は晴れ―
「うちら三人とも、駅とは逆だから」
河岸さんが校舎裏の方へ歩きながら言う。どうやら裏門から出るようだ。池田さんも俺に軽く会釈をして、それに続いた。
「それじゃあ、渡辺くん。またね」
藤崎さんがバイバイ、と小さく手を振り、二人の後を追う。彼女の真っ赤な傘が、だんだんと遠ざかっていく。
「ちょ、ちょっと待って! メルアドを!」
俺は勇気を振り絞って、彼女を呼び止めた。「え?」と振り返る藤崎さん。
「今なんか言った?」
雨音に言葉が掻き消されてしまったようだ。俺は、制服のポケットから携帯を取りだしながら、小走りで彼女に近づいた。
「携帯、買ったばかりでさ。あの……、メル、メルアドを教えて欲しいんだ」
少し噛んだが、なんとか言えた。
「あ、メール? ちょっと待ってね」
彼女は笑顔で頷くと、片方の膝を少し曲げ、太ももの上に鞄を乗せてから、傘を首に引っかけた。そして、鞄の中をゴソゴソ、と探り始める。
「ねー、何やってんのー? 早くしないと置いてくよー!」
十メートルほど先で、河岸さんが大声で藤崎さんを呼ぶ。
「ちょっと待ってー! あった! はいコレ」
そう言って藤崎さんが差しだしたのは、手の平よりも小さな、一枚の紙切れだった。彼女のメルアドらしき英数字がそこに並んでいる。
「すぐにメルアド交換できるようにいっぱい用意してるんだ。そこにメールしてね」
「あ、ありがとう」
「それじゃ、バイバイ」
河岸さんたちのもとへ走る彼女の後姿を見ながら、俺は小さくガッツポーズをした。
やった! やったぜ! 俺にだってできたじゃないか!
やがて三人の姿が見えなくなると、俺は藤崎さんのメルアドが載った紙切れを丁寧に折り畳み、ポケットにしまった。そして……。
雨に濡れた校舎を見上げ、再び昇降口に向けて歩きだしたのだった。
廊下を歩く足音が辺りにこだまする。二階の隅まで来たところで、俺は足を止めた。図書室の前だ。事を済ませたらここに来ようとずっと考えていた。
『家に帰ってもすることがないし……。まあ、今日はそれだけが理由じゃないんだけどね』
岡本さんはそう言っていた。ここからは推測に過ぎないが……。
ひょっとしたら彼女は傘を持ってきていないんじゃないだろうか? それで先日の俺と同じように、雨宿りを兼ねて図書室で時間潰しをしているのかもしれない。今日も朝方は晴れていたので、彼女が傘を忘れたという可能性は充分にある。
彼女には一応感謝しているつもりだ。彼女が困っているかもしれないというのに、俺だけが望みを叶え、のうのうと家に帰る……。
そんなことはできるはずがなかった。
そっと図書室のドアを開ける。そこに飛び込んできた光景は、俺にとって全く予想外のものだった。
「渡辺! お前なにやってんだ?」
なんと金山がテーブルに座っていた。椅子ではなくテーブルにだ。彼は目を丸くして、俺を凝視している。
「いや、おまえこそ……。あれ?」
「渡辺くん、まだ帰ってなかったの?」
金山の背中からひょっこり顔を出す岡本さん。どうやら、金山の陰になって見えなかったらしい。
「あ、うん。ひょっとしたら岡本さん、傘を持ってないんじゃないかと思って」
「ああ、それなら大丈夫だ。俺が送ってくことにしたから」
金山の言葉に岡本さんも無言で頷く。
……。
どうやらお呼びでなかったようだ。