9 ―一人きりのランチタイム―
それからも俺は、毎日野球部の練習を見学し続けた。しかし藤崎さんと会話するチャンスはなく、そもそも彼女は自分を見つめる俺の存在に、全く気づいてはいない。
なんだか空しくなってきた。今日はグラウンドへ寄らず真っ直ぐ家に帰ろうか。
そんなことを考えながら、俺は黙々とじゃりパンを食べていた。
昼休みの教室。多くの生徒たちはグループを作り、談笑しながら昼食をとっている。一人きりなのは俺の他に二、三人程度しかいない。
十分ほど前のことだ。俺が購買部でパンを買い、戻ってくると、教室の前に千代田さんと岡本さんが立っていた。
「どうしたの?」
無視もできないので声をかける。すると二人は俺を見てハッ、とした顔になった。どうやら、俺のことを忘れてはいなかったようだ。
「あのー、金山くんを呼んでくれません?」
千代田さんが俺に上目づかいで依頼する。距離が近かったので、少しドキッとした。
「えー、どうしようかな?」
お近づきの印に、ちょっとからかってみよう。
「ちょっと急ぐので……」
真顔で一蹴された。岡本さんに至っては、冷たい目で俺を睨みつけている。
俺が何か悪いことをしたか?
仕方なく、窓際の席で幸田と話し込んでいた金山に、二人の存在を知らせる。三人で何を話していたのかは知らないが、どうやら一緒に昼食をとることになったらしく、金山は弁当を持って、彼女たちとどこかへ消えてしまった。
おかげで今日は一人のランチタイムだ。こういったことは初めてではなく、改めて金山の無神経さに呆れてしまう。しかし『俺はお前しか友達いないんだから、俺と一緒に昼飯を食え』とは言えず、泣き寝入りするしかない。
結局、昼食の後の長い昼休みも一人で過ごした。過ごした、といっても自分の席で寝たフリをしていただけなのだが。
その日の放課後、俺は金山に昼休みのことを尋ねてみた。
「あのな、五組の田中っていう、野球部の奴なんだけどさ。そいつが昨日藤崎にコクったらしいのよ」
「え!?」
一瞬頭の中が真っ白になる。「そ、それで?」
「いや、撃沈よ撃沈。暗い奴でさー。身の程をわきまえろ、って話。そいつコクった時泣いてたんだってよ。もう藤崎ドン引き! それ聞いてマジで笑ったよ」
俺も聞きながら笑ってみせたが、どうも素直に楽しめる話じゃなかった。明日の我が身のようにも思えてしまう。
「そういえば藤崎さんって伊藤先輩と付き合ってるんじゃないの?」
念のために聞いてみた。
「ああ、あれデマだったわ。やっぱり藤崎はフリーだって。田中もそれを知って喜んでコクったんだろうな、馬鹿な奴だぜ全く」
田中という生徒がますます自分に重なる。もし俺が藤崎さんに告白して撃沈したら、同じように彼らの笑いのネタにされてしまうだろうか?
話も一段落し、俺たちは無言になる。金山は机に肘をつき、ぼーっと窓の外、空を見上げていた。
「練習、大丈夫かな……」
彼がポツリと呟く。「いつ降ってもおかしくねえな」
俺も彼の視線をたどる。空は薄暗く曇っていた。
「そうだな」
季節は静かに梅雨を迎えようとしていた。