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脇役だって恋したい  作者: 夏のラジオ
第一章 ―奮闘―
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8 ―野球部エースとマネージャー―

 ノック、キャッチボール、ひたすらジョギング……。

 ユニフォームを着た部員たちがそれぞれ様々な練習を行っていたが、俺の視線は先ほどからずっと一人の少女を捉えたままだった。

 体操着姿の藤崎さんは、素振りを行う部員たちの隣で、練習風景を眺めながら、タイムウォッチで何かを計測したり、監督と談笑したりしている。


 今日も結局彼女と話すチャンスはなかった。

 体育祭の日から、一週間が経過し、生徒たちは制服を、冬服から夏服へと衣替えした。しかし、俺と藤崎さんの仲はまるで進展していない。それどころか、少なくとも俺の中では彼女との距離が確実に遠ざかっていた。


 休み時間などに、野球部員と冗談を言い合う彼女の姿を見かけるたび、激しい嫉妬を覚えると共に、ショックを受けた。

 俺は大きな勘違いをしていたのだ。彼女は俺とだけではなく、誰とでも楽しそうに、夢中になって会話をする。それに気づいた瞬間、先日妄想上で描いていた二人の未来は、ガタガタと音を立てて崩れ去った。あまりにも短い夢だった。

 勿論まだ諦めるには早すぎるだろう。しかし、このままでは確実に俺と藤崎さんはただの顔見知りの関係で終わってしまう。


「おい、渡辺さっきのスーパーキャッチ見たか?」

 ユニフォーム姿の金山が走り寄ってくる。

「あ、ああ。お前凄いな」

「まあ、あれぐらい楽勝だけど」

 どうやらノックを受けていたらしい。全く見ていなかったが、話を合わせる。

 ここ数日『家に帰ってもすることがない』という理由で、グラウンドの隅から野球部の練習を見学している。当然ながら、目当ては藤崎さんなのだが、金山は全く気づいていない様子だ。

「それにしても伊藤先輩やっぱ凄いよな。あの子たちも皆、伊藤先輩目当てなんだろ?」

俺は、校舎二階の窓から黄色い声援を送り続ける、女子数人を指差して言った。

「試合の日なんてもっと凄いぜ。他校の生徒からも握手を求められたりするし」

 伊藤先輩は三島先輩と共に、ずっとストレッチを行っていた。ファンの女子生徒を徹底無視している。エースピッチャーだそうだが、彼が投球しているところをまだ一度も見ていない。

 その時三島先輩が立ち上がり、防具を身に着け始めた。

「お、今日は投げるみたいだな」

 金山が、そう言って隣に座り込む。俺は思わず姿勢を正した。野球部員たちも、それぞれ練習を中断し、伊藤先輩、三島先輩の二人を凝視する。

 いつの間にか辺りは静まりかえっていた。


 スパーン。

 グラウンド中に乾いた音が響く。一回、二回、だんだんとピッチが上がっていく。

「いいぞ、その調子」

 三島先輩が野太い声で叫ぶ。伊藤先輩は無言で投げ続ける。

「何度見てもすげえな」

 金山の言葉に俺も「ああ」と同調する。素人目から見ても分かる、物凄い迫力だ。これがエースピッチャーなのか。

 五十球ほど投げたところで伊藤先輩の投球が終わった。

「お疲れ様でーす。先輩」

 一人の女子マネージャーがタオルを持っていく。紛れもなく藤崎さんだった。

 そのタオルで顔の汗を拭いながら、伊藤先輩は「サンキュ」と彼女の頭をポンポンと叩いた。

 目の前の光景を見つめながらぼんやり考える。

 もし俺と伊藤先輩が藤崎さんを取り合うことになったら、少しでも勝算はあるのだろうか。


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