プロローグ
私の名前はリディエル・ウォーレン
両親は二人とも剣士として歴史に名を残し、現在三人の子がいる。
その長女として生まれた私は両親と同じ、もしくはそれ以上の剣士になるべく幼い頃から鍛えられてきた。
その教育のおかげか私は実力を付け、いつの日か人類最強の名をモノにしていた。
当時は色々な場所で魔族による襲撃が起こっている影響もあり、私への期待の目はどんどん強くなっていった。
しかし、いくら実力はあれど、個人ではどうにも出来ない事はある。
時間が経つにつれて増えていく期待の目、そんな中で私は一度魔族の襲撃を防ぎきれなかった。
大量の魔族が完璧なまでの連携をしてくる一方で、私達冒険者は連携を乱してしまい、結果的に大量の犠牲者を出し、領地も奪われてしまった。
領地を奪われた事による市民の不満は私に集まった。
「お前が統率を取らなかったから負けたんだ!」
「お前がビビって逃げたから負けたに決まってる!」
一緒に戦った冒険者にも責任を押し付けられ、ボロボロの体だった私の精神は壊れてしまった。
兄妹は慰めの言葉をくれたが、当時の私にはただの追い討ちにしかならなかった上に、父親は私の失態に酷く怒り、私を家から追い出した。
時が経ち、私の精神が回復しても冒険者として活動する事は出来なくなっていたが、クエストなどで稼ぎ残しておいた貯金で森の奥に家を買い、暮らす事は出来た。
街に出る度に陰口を言われる人生に私は疲れていた。
(もう生きていくのも辛い……食料買った意味、無かったかも……)
家に帰ったら死のうと思っていた時、家の前に人が集まっていた。
どうせいつものように記者達が私を待ち伏せしているんだろうと思っていたが、近づいてみるとそうじゃない事に気がつく。
それは魔族だった。
「何でここに……!」
禍々しいオーラを放っている魔族は、何かを話しているが、内容は聞こえてこない。
だが、そんなのはどうでも良かった。
今すぐここから逃げなくては、幸いにも魔族たちは私に気付いていない。
私はその場から離れようとするが、手に持っていた食料の入った袋が木の枝に引っかかり、裂ける。
袋が裂ける音に、食料が地面に転がる音は、魔族達に私の存在を教えるのには十分だった。
一斉に私の方へと振り向く魔族達、私はその場から急いで逃げるが、魔族の放つ攻撃が私の右足に当たってしまった。
右足からは大量の血が溢れ、動く事すら出来なくなってしまう。
徐々に私に近づいてくる魔族達の禍々しいオーラに、私は完全に支配されてしまう。
少しでも逃げようとすれば殺されてしまうと、そう思った。
死にたくない。
まだ生きていたい。
私が抱いていた自殺願望は、とっくの昔に消え去っていた。
「いや…! 来ないで…!!」
恐怖に押し潰された私を、魔族達はただ見て、そして何かを話す。
「人類最強ってほんとにこいつなんすか…? どう見ても違う気がするんすけど…」
「けど家に向かってきてたでしょ? それに特徴は一致しているわ」
「こんな奴が人類最強などと呼ばれているとは……」
「どう? 見つかった? 人類最強は」
魔族達が話している最中にまた別の声がする。
声がする方を見ると、その姿は幼く、少年のようだった。
でも、普通の少年と違うところはあの眼。
少年の右目は青く綺麗な眼をしているのに対して、左目は黒に染まり、赤い瞳が私を見ていた。
「魔王様! それらしき人物は見つけたのですが……」
「これがそう? …………」
魔王と呼ばれる少年は、ただ私をじっと見つめてきて、私は恐怖で涙が止まらなくなる。
「君達、お疲れ様。もう戻っていいよ」
「しかし、魔王様だけ残す訳には……」
「いいから戻れ…」
「…!? 承知しました!!」
魔族達が魔法でどこかに消え、この場には少年と私だけが残る。
「何でそんなに泣いてるの…? もしかして…僕が怖い…?」
少年は私に語りかけるが、私は話す事が出来ない。
魔王が目の前にいるという状況や、死ぬ事への恐怖が私を襲っていた。
嫌だ、死にたくない…!どうにかして…なんとかしなきゃ…!
すると、私の右手に何かが当たり、それは木の枝だった。
これで殺せるとは思っていない、ただ逃げる時間だけでも稼げれば良かった。
私は木の枝を握りしめ、少年の左目に突き刺した。
「……!!痛っ…!」
少年は私が攻撃してくるとは思っていなかった様子で、木の枝は見事なまでに左目へと突き刺せた。
今のうちに逃げなきゃ…!
私が立ち上がり逃げようとすると腕を掴まれる。
「痛いなぁ…!何逃げようとしてるの…!」
私は腕を引っ張られ少年のもとに無理やり引き戻されてしまう。
さらに少年の左目に突き刺した木の枝は少年が木の枝を触ると跡形もなく消え去った。
圧倒的なまでの力の差、私はきっと殺される。
そう思っていた私に、少年は予想外の行動をとる。
「僕が怖いんだよね…大丈夫、君には何もしないから…」
少年は私を抱きしめ、私はその行動に理解が追いつかない。
どういうこと…?何で私は抱きしめられて…私は何をされるの…?
困惑する私に少年は言葉を続ける。
「僕、君のこと好きになっちゃった…だからずっと僕のそばにいてよ…」
「え……?」
好き………?好き……!?なんで……?私は左目に木の枝を突き刺したのに……?
状況が飲み込めない。少年の方を向くと、少年は上目遣いで私の方を見て、微笑んでいる。
まさか本気で……?そんな訳ない…!何かの罠に決まってる…!きっと永遠に苦痛を与えてきたりするに決まってる!
「騙されないから…! 殺すならさっさと殺してよ…!」
「騙す…? あ、そっか。足怪我してるから冷静に考えれないんだね…!」
少年はそう言って私の右足に手をかざし、私の右足を治療する。
「……! 何やって…!?」
「ほら、落ち着いて…? もうどこも痛くないよ…?」
少年が行動を取るたびに私の思考が乱れていく。
何が目的なのか、それがどんどん分からなくなっていった。
「何が……狙いなんですか…!」
「狙い…? 僕は君と居たいだけだよ、言ったでしょ? 君の事が好きって」
「そんなの信じれる訳ないじゃないですか…!」
「別に信じてもらう必要もないけどね、君くらいなら無理やり僕のモノに出来るし」
少年の言葉で私は口を閉ざす。確かに、魔王となれば私をどうとでも出来る。
実際に、私では敵わないのだから。
「なら、何故そうしないんですか…!」
「君が望まないから。君の嫌がる事はあまりしたくないし」
「…! それなら今すぐ私を家に帰らせてください!」
「別にいいよ…?」
私が家に帰らせてと言うと、少年は承諾した。
実際に少年は何もしてこなかったし、普通に家に入れた。
何が狙いなの…!ずっと私に着いてくるだけで、何もしてこない……
いつ何が起こるか、不安で仕方なかった私は、剣をこっそり持とうとした。
「その剣でどうするの? 僕を斬る?」
「…! なんで気付いてるのに、何もしないんですか…」
「君がそれを望まないからだよ、逆に君が望むなら、出来る事ならなんでもやってあげる。嫌いな人を殺すのも、国を滅亡させるのも、なんでもやるよ?」
少年の言う言葉は、冗談などではなかった。やろうと思えばそれくらいは出来ると、少年はそう確信していた。
あいつが言ってる事は冗談なんかじゃない!きっと何でも出来てしまう…どうせ死ぬくらいなら………!
「なら! 世界を平和にしてよ!」
「世界を平和…?」
「魔族も人類もみんな! 争いのない世界に!!」
「いくら何でもそれは無理。でも、魔族が人類と争わないようにする事くらいは出来るかもね」
「ならそれでもいいから!」
「君が望むならいいよ。僕に任せて」
そう言って少年はどこかへ消えていった。
私、勢いで色々言ってしまったら、何かとんでもない事になったのでは…?
暫くすると少年が再び現れた。
「さっき平和条約結んできたよ!」
「え…?本当に…!?」
「君に嘘をつく必要なんてないじゃないか」
本当か嘘なのか分からない、真実が知れるまではまだ信用できない…!
そんな風に思っていた時、突然連絡魔法が入る。
「………出てもいいの?」
「いいよ。好きにして」
私は連絡魔法に出る。それは妹からだった。
「お姉ちゃん!? さっき国から連絡が入って…! 魔族と平和条約結んだって…!!」
妹の言葉を聞き、思わず少年の方を見る。
少年は連絡が聞こえていたみたいで、私の方を見て微笑んでいた。
「そ、そうなんだ…!」
「そうなんだじゃないよ! こんな事今まであり得なかったんだよ!?」
「とりあえず! もうこれでお姉ちゃんが戦う必要は無くなったんだから! じゃ、またね!」
連絡魔法が切れる。妹はかなり興奮気味で話していた。
妹が言うんだから、とても嘘とは思えない。少年は…魔王は本当に平和条約を結んだ。
「何でここまでするんですか……?」
「だから〜…言ったでしょ? 君の事が好きって、それ以外に理由なんてないよ」
私が死のうとしていた今日。
私に一目惚れをした魔王の手によって、人類と魔族の平和条約が締結された。