画狂老人、転「セイ」す。
来本読み専なんですが、夢に見た話がツボったので書き殴ってみました。
よろしければどうぞ。
なお、特に実在の画狂老人卍とは関係ございませぬ。
かつて自分を「画狂」とまで称した、絵狂いの画工は死ぬ間際にこうこぼしたそうな。
『せめてあと5年生きられれば本物の絵描きになれたのよぉ』
まあ、思い上がりや不遜にも聞こえるこの言葉でも、もはや伝説的でさえあるかの画工が言うんだったらそれなりの説得力があるもんさ。
とはいえ。いかにかの画工とはいえども、寿命間際の弱気やら、愚痴やら、そういったものの類と思うヤツもいるかもしれないな。
が。儂はそうは思わないのさ。思わないどころかむしろこう思うね。
『かの画工は確かに何かを掴みかけていたんじゃないか』ってな。
当時としては長寿も長寿。人生をほぼ費やした。百年近くの研鑽だ。常人には届かないほどの何かを得ようとしていたっておかしくはないだろう、ってな。
今、儂はかの画工が旅立った年齢と近しい歳だ。そして儂も思えば大半を絵に捧げてきた人生だった。
別に自分の事を天才だと思った事は無いがね、世間様からは天才、奇才、伝説だの色んな評価を貰った。立派な褒章すらいただいた事がある。それこそ、今を生きる身としては、かの画狂ともある程度肩を並べられるレベルだったのかもしれない。もし同時代を生きていたら、かの画工とは競り合って高みを目指していた、なんてこともあったのかもしれないね。
だが、かの画工がどうだったかは知らないが、儂は自分に才があると思った事は無い。この歳になっても満足いく絵なんて描けた試しは無い。かの画工も同じ悩みを持ってたなんて話もあるらしい、ここまでいくとシンパシーすら感じる。
そも、芸術の価値とは大衆から認められるものだ。人類の共通認識とも言える。しかし芸術そのものは自分との戦いだ。むしろ儂は生まれてこの方、他者からの評価なんてあまり意味を見いだしたことはない。
とはいえ勿論、唯々絵を描いてるだけじゃ食ってはいけない。評価は必要だし地位も必要だ。結局、現代社会において俗から離れるのは無理極まる話だ。そういったわけで嫁も子も出来た、孫だって居るさ。そろそろひ孫も出来るんじゃなかったか?
ま、端から見ればそれなりに華やかで、順風で、満足いく人生に見えただろう。ただまあ、家庭を大事にしてたなんて口が裂けても言えないくらい絵狂いだったとは思って居るがね。
さて。かの画狂の時代から科学は遥かに進歩した。でも今はまだ、儂に本物の絵描きになるまでの時間は残しちゃくれないようだ。
まあ何だ。自分の身体のことは自分でも分かるもんだ。儂はもう長くはない、ってな。
人生の殆どを費やして作ったアトリエにあるのは、未だ真っ白なカンバスだけさ。そこには儂の理想はまだ何も無い。
余命を宣告されてもなお愚痴りもせず研鑽を続けていたが、ここにきて体力も衰えてきたのか、だいぶ弱気になってしまってるんだろうか。それとも或いは儂も何かをつかみかけていたのかもしれない。
だからつい口に出して言っちまったんだ。
「ああ、せめてただ一つの。究極の一を描きたかったなあ。もし、神でも悪魔でも居るモンなら契約でもなんでもして、とにかく描いてみたいもんだ」
「そうですかー。じゃあそれまでの間のモラトリアムくらいは与えてあげましょう!」
「は?」
そうして、ヤケに明るくて甲高い声が聞こえた気がしたのが、最後の記憶だった。
* * * * *
気付けば、儂はやけに真っ白い場所に居た。
「……はあ?」
あまりの事態に何も考えられない。どういうことだ? 今儂は自分のアトリエにいなかったか? え?
「はい、というわけで貴方には“究極の一”を完成させる時間だけ与えてあげます」
気付いたら真横から、ここに来る前にも聞いたヤケに明るくて甲高い女性の声がした。振り向いてみるとそこには、ヤケに整った顔に笑顔を浮かべた、何やら現代なのか古代なのか分からないようなチグハグとしか表現出来ないような服装をした女性が立っていた。
「えっと……あんたは……?」
「まあ、貴方に時間を与える存在ですよ。天使でも悪魔でも、神でもなんでも好きなようにお呼びくださいな」
「変な夢を見てる……訳でもなさそうだな」
少なくとも儂は明晰夢なんてものを経験したことはない。夢にしては自分の身体の感覚がはっきりしているし、目の前の女性についてもディティールがはっきりしている。そのくらいの目には自信があるつもりだ。
「おお。流石です。大半の場合ここは夢だと思ってあんまり信じてくれない所だと思うんですけどね。でもまあもっとも貴方の場合は——」
ここが夢であっても構わないでしょう? なんて。見透かしたことを言って来やがる。
違いない。もとよりそういう人生だ。夢想に生きた人生だ。それこそ今さらってもんだ。
「じゃあそういうわけで。時間と必要な道具は勝手に出て来ますのであとはお好きにどうぞ。ここでは時間の概念はないので寝食も要らないでしょう。“究極の一”が出来上がったら貴方の人生は元に戻ります。それだけです」
「それで儂は何の対価を支払えば良いんだ? 別に慈善って訳じゃないんだろ? やり遂げた後に魂でも抜かれたりするのかね? こんな老いぼれの魂に価値があるのかは知らないがね」
「まあそうですね。ただまあそれは描いてからのお楽しみって感じですかね。私はとくに魂を蒐集する趣味は無いのでそういうんじゃないですよ。そもそも私たちにとって魂自体エネルギーとして外部から得る理由は無いですしね」
「なんだかよくわからんが……まあいいさ。理想が叶うなら何だって惜しくはない。たとえこれが夢だったとしても特に惜しくない。ただやれることをやれるときにやるだけだ」
「良いお返事です。流石流石。ではまあ、良い余生を」
にこやかな顔でそう言い放ったと思えば、女はいつの間にか居なくなっていた。
儂の手には鉛筆、目の前には真っ白なカンバス。
「さて、やるとするか」
そうして儂は取りかかった。おそらく人生で最後の作業に。
* * * * *
どのくらい時間が過ぎただろうか。
百年か千年か一万年か。いや、あの女が言うには時間の概念がないらしいからそれこそ無駄な問答なんだろうか。
とにかく夢中で描き続けた。一心不乱に。それこそ無限に。
何事にも終わりは来る。
この領域であっても終わりは来る。
儂は筆を置いた。
「……」
その時が来ても特に言葉は出なかった。いや、言葉などもう何処かに置き忘れてきたのかも知れない。
瞼が重い。睡魔に近い何かが襲う。
儂の“究極の一”はここに成された。
満ち足りた人生だったと、今なら言える。
あの女が何を考えていたのかは知らない。ただまあ、満足いく人生が送れたことに感謝くらいはしてもいいだろう。
この後儂がどうなるかなんてもはやどうでも良かった。
この満足感のまま儂の意識は消えてゆくのだろう。
そう思い、永い眠りに——。
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「……?」
なんか普通に目が覚めた。
なんだ? 普通に夢だったのか?
まああんなに永い間描き続けた夢ならばそれなりに満足感はあるだろうけども……ただ夢にしてはやけに記憶がはっきりしてるんだよな。確かにやり遂げた絵も、その過程もおぼろげながら覚えては居る……。
いやまてよ、それこそわりと記憶がおぼろげだが、そういや最初に「元の人生に戻る」とかなんとか言っていた、か?
ということは単に普通に儂の寿命が残っていただけか……?
「知らない天井だ」
つい往年のオタク特有のセリフを言ってしまう。うん。まあ仕方ないね。なんだかんだで儂、オタクだからね。ただ何か問題は……。
「え? あ。あーー。あーーーれ? なんかワシの声、高くない?」
自分から出る声がヤケに高い。なんじゃこれ。なんか一瞬VTuberに憧れて変成器買って来た時の感覚に近く感じたんだがやけにリアルだ。
まあそりゃそうだな。変成器は自分の内側の声は変わらんからなー。自分のジジイ声と同時に女子ボイスが聞こえてくるのは中々に倒錯的だったなー。ていうかあのときは実際問題やっぱどうしてもキモさが残っちゃってて「いやー言うてこれ無理やろ。両声類パネエ」とか言って諦めたんだが。それでもなんとか特訓頑張ってたら婆さんに見つかって辞めたんだっけ。あの時は完全にドブを見るような目で見られてた気がする。婆さんマジでオタクに理解無かったしなあ。
「よい、しょっと」
ちょっと訳わからんので起き上がってみた。周りの様子をうかがってみるが……。
「ここ何処?」
病室? にしては普通の家具が多い? いや正確に言えば普通ですらないなこれ。やけに値が張りそうなアンティーク調の家具ばっかだな。良く考えるとさっきの「知らない天井」も微妙に噛み合ってない。天井というかこれ天蓋? 天蓋付きベッド? え? マジで何処? お貴族様のお部屋? ひょっとして儂あの流れで異世界転生しちゃったの? ホワイ?
さらに周りの様子を観察すると、妙に豪華な飾りつけされた額付きの鏡を発見した。あれ見て先ず自分の身体を確かめよう。とりあえずベッドから降りることにした。
正直、なんかさっきから嫌な予感がヒシヒシとする。まず手が細い。次に胸に見慣れん膨らみがある。ていうかやけにヒラッヒラの服を着とる。歩いてみると明らかに視点が低い……!!
「……は、はああああああ!?」
思わず絶叫する。覗き込んだ鏡には紛れもない。見間違えるわけもない。そこには儂が仕上げた“究極の一”がある。
「ワシが、ワシの理想の美少女になっとるううううううう!?」
そう。あの永劫とも言える時間で仕上げた理想の美少女の姿に、儂自身がなっていた。
* * * * *
思わず放心。腰が抜けて座り込んでしまっていた。
まったく心の整理が付かん。というか感情がぐっちゃぐちゃじゃーい。
落ち着いて考えよう。いやまったく落ち着いてられないんだが無理に落ち着いたフリして考えよう。ことこの期に及んで思考放棄はマジでヤバい気がする。
先ずあの空間で確かに儂は“究極の一”、つまり儂の理想とする究極美少女像。正確にはその絵を作り上げた。いや特に名前とか決めてなかったんだけど。ビジュアルだけで。まあ一応無限の時間を使って作り込んだだけに徹底的にこだわりにこだわったし? 色々設定とかも試しに無駄に作り込んではみた、みたいな? そういうのはあったんだが……。
「なんでワシがその美少女になっとるん?」
いや本当そこよ。なんでよ。儂は確かに儂好みの美少女を描いたけども別に儂がなりたかった訳じゃ無いのよ。いやでも……。
「ワシ、マジで可愛いな……」
ついそれっぽいポーズやら表情を取ってしまう。めっちゃ可愛い。ヤバイ。良いわこれ。声も良い感じでついニヤニヤしちゃう。無限に見てられるわこれ。
でもこの状態だと完全にナルシストじゃないかねこれ? いやいや、仕方ないんよ。誰にかは分からんが言い訳をさせてほしい。自分好みの女子が自分の思うがままポーズとってくれるのはそれはそれでめちゃくちゃ嬉しいんだって。謎の高揚感があるんだって。
前にバ美肉したときもつい自分のアバターに色々させたくなってつい色々ポージングした結果、いい年扱いたジジイがおぞましいポーズとかやっとったりしたんよ。そのあとしばらく婆さんからはしばらく汚物を見る目で見られてたがな。恐らく現実サイドから見られてたんだろうな、アレ……。
「やっと起きたのね」
「ひえっ!?」
びっくりして変な声出た。ついつい夢中になって鏡の前で色んなポーズを取っていたらいきなり耳元で妙に熱っぽい囁きが。 っていうかあれ? この声どっかで……。
「おはよう。私の天使」
「て、天使て……」
振り返るとそこにはヤケに眼鏡の似合う目つきのきっつい美人が居た。パリッとしたグレーのスーツに身を包んだその姿はなんていうか既視感が……いや、既視感というか記憶にあるというか。
「ば、婆さん?」
「あらやだ。私が婆さんに見える?」
「い、いや正確に言えば婆さんじゃないけども……。っていうかなんで若返ってんの!? 美智子!」
目の前には若い頃の婆さん……いや、美智子。つまり儂の嫁が居た。しかも儂が結婚した頃。つまり若い頃、何故か彼女の職場で「氷帝」とかいう二つ名的なあだ名をつけられてたくらいのクールビューティーっぷり全開の頃の姿で。ていうか相変わらずマジで眼鏡似合ってるなー。いやマジでなんなんこれ。何を言ってるかわかんねーと思うが以下略。
「え? え? どういうこと? なんでワシが美少女になって婆さんが若返っとるん?」
「んー。まあ起きたばっかりで立ち話もなんだし、ちょっと移動して説明するわ。行きましょ。ほら、手」
「お、おう」
美智子の手を取り立ち上がると、そのまま彼女は腕を回して儂に密着してきた。……いや、ほんっと相変わらず胸でかいのう。少し堅めのスーツ越しでも分かるとは。これ一種の暴力ですな。
「って近くない!?」
「夫婦だもの。このくらい当たり前でしょう?」
「ワシが言うのもなんだけど、婆さんとこの距離で腕を絡めて歩いたのなんてそれこそ数えるほどしか無かったよね!?」
「み、ち、こ」
「あっはい。美智子さん」
怖い。つい敬語になってしもた。なんか目が。雰囲気が。次もし婆さんって言ったらたぶんヤられる。命に危険が及ぶ事を本能で感じさせられる殺気って現代日本で出せるもんなの? やっぱここって異世界?
そうこうしてるウチにヤケにキラキラしい、そして成金的に趣味が悪いわけでもないような装飾が施された広い廊下を進む。 途中階段があったということはここは1階ではないのか。ここって中世風の豪邸? というかお城? なのかね? とにかくそんな所を通ってベランダ……いや、この規模だとテラス……? のようなところに向かっているようだった。
日差し差し込む明るい豪奢な扉の前に来た。外は快晴のようだ。そして扉を開けると、そこには栄えた海辺の街を見渡せる見事な眺望が広がっていた。これは……。
「なんか見たような街が一望出来るんだけど……。ここ、ワシらの家の裏山?」
「そうよ。正確には元私たちの家の裏の山ね。今はここが私たちの家よ」
めっちゃ地元だった。いや正確には裏山ってほんと普通に山だったし。こんなに拓けてなかったし、城なんてなかったよ?
そもそも海岸線の形からギリ地元だって判別出来たけれども、街に知らない高層ビルとか結構建ってるし。記憶に在る限り、儂らの街そんなに栄えてたことないよね?
「いやこれ一体全体どういう……」
「まあまあ、今から説明するから」
美智子が指を鳴らすと、どこからともなく大量のメイドが現れてワシと美智子はやけに高級そうなテーブルセットに座らせられ、アフタヌーンティーセットがスムーズに準備された。
「もう現時点で十分に情報量多すぎなんじゃがー?」
「そうねえ、まずは……」
「無視してごく普通に話し始めたね?」
あくまでマイペースな美智子から語られた話は、正直言って全部嘘や絵空事でもおかしくない話の連続だった。しかし現状の置かれている状況からするとちょっと納得出来てしまう。
先ずは今のこの時代。信じられないことだが、儂が生きていた時代から三百年ほど経過している時代だった。そりゃ知らない建物も増えるわな。幸いにしてまだ色々な変化はあれども、日本としての国体は維持されており、残っているようだった。
問題は次、なんでそんな時代に儂が生きているかなんだが。
「コールドスリープ?」
「そうそう。簡単に言うと冷凍して保存しておいたのよ。貴方の死体」
「言い方ァ!」
どうも儂は“究極の一”つまりこの究極美少女像を完成させたあと、アトリエでそのままぶっ倒れてたらしい。まあ、実際死ぬ寸前だったところだったらしいんだが、帰ってこない儂の様子を見に来てた美智子は、ぶっ倒れてる儂を発見し、直ぐさま病院に運んだそうだ。
しかし、医者の見立てではもう永くはもたなかったと。そこで何を思ったか美智子は儂の身体をコールドスリープ……というのは表向きのところで、実際は特殊な処置を施した後に冷凍保存させておいたらしい。
「なんでわざわざそんな面倒なことを?」
「まあ、理由は後で話すわ。それでその後なんだけど……」
そして儂が死んだ十数年後、人類はアンチエイジング技術を確立、疑似的な不老状態を実現してしまった。ただ、不死では無い。事故にでも遭えば死んでしまうし、病気でも亡くなる場合はある。しかしそれも科学や医療の進歩で着実にどんどんなくなってきているという。
そして結果として人類は次のステージと呼べるような段階に押し上がってしまった、と。なんでも今はその力を持って宇宙開発が行われており、月や火星はとっくに居住可能に、太陽系はわりと脱出可能になっているらしい。パないの。
ただ、そんな進んだ科学であっても、生きてる人間ならまだしも儂の死体を蘇らせるためにはまだ技術が足りず、儂の蘇生には三百年を要したそうだ。そして何よりも驚きだったのは……。
「そのすべては美智子の研究成果、だってえ?」
「そうよ」
「いやいや、無理があるだろ。確かに美智子は天才的な生物学者だったが、なんていうかこう……そういうんじゃなかったろ?」
そうなんだよなあ。どうもこれらのノーベル賞が何個あっても足りないような技術革新を目の前の儂の嫁がすべてやり遂げたらしい。どういうことよそれ?
訝しんでいると美智子は悪戯するような笑顔で——ああ、このゾクゾクするような笑顔に惚れて結婚したんだったっけかなあ、いや儂は決してMじゃないけども——爆弾を放ってきた。
「アナタには心当りがあるんじゃない?」
「……あ。ああああ、あいつか!! あの女か!」
「あら、アナタの所には女だったのね。灼けちゃうわ」
理解した。つまり儂に絵を描かせた女——嫁の前には違う存在だったようだが——が嫁の前にも現れ、そして嫁の願いを叶えたという事だ。
「しかし、なんでこんなこと願ったんだ? それこそ美智子は別にそういう感じじゃなかっただろ。なんていうかこう、もっと冷めてたし、諒と玲を育てた後は特にもう引退ムードだったし。人生には満足した、みたいなことを言ってたよな?」
「……そうね。あの頃はそうだったわ」
そう。儂らの息子の諒、娘の玲を育てたあとは悠々自適にしてて、特に何か儂のような……まあ言ってしまえば狂気的な感じは無かった。
「何があったんだ?」
その心を尋ねると、儂を指してきおった。
「アナタよ」
「はあ?」
「アナタに一目惚れしたのよ」
「……ええと? 何? どゆこと?」
「正確にはアナタの描いた絵にね。忘れもしない三百年のあの日。アナタがアトリエから帰ってこなかった私は様子を見に行ったわ。そこで出会ったの。私の天使に」
「お前の天使に」
「そう。アナタの描いたあの絵よ!!!!!!!!!!!」
「うおっびっくりしたあ!?」
思わず椅子から転げ落ちるかと思った。いきなりテンションMAXは心臓に来るからやめて欲しい。なに? おハーブでもキメておられる? え? ていうか? 絵? 何。儂があの永劫で描いた絵、“究極の一”を見たの?
「取り乱したわ」
「そうだね。本当に取り乱してたね。で、絵ってあのワシの描いた究極美少女……っていうかもはや現ワシか? それはまあそうだなうん。なんたってワシの描いた究極美少女だからな。でもまあ、それはそれ。それとこの状況がどう繋がるんだ?」
「とりあえず天使に出会ったあの日、私は心から渇望したの」
「はあ。何を」
はー。まだビックリした余波でドキドキしてる。とりあえず茶でも飲んで落ち着くか。
「この子を抱きたいって」
「ぶはっ!? ゲホッ、ゲホッ」
思いっきり咽せた。
「あら、大丈夫?」
「ちょっと待って……気管に入った……」
「起きたばっかりだからゆっくりお茶を飲むのよ」
「そういう問題じゃない……。ていうか、えーと。なんだ。じゃあ何か。お前ワシの描いた絵に懸想したのか」
「そうよ。でも相手は二次元。その壁を越えることは出来ない」
「そりゃまあそうだな?」
「そう、ならば作れば良いのよ。でも私には才能はあったけど時間は無かった」
何を言ってるんだこの女。
「あのときの私は激しく後悔したのよ。天才科学者たる私が、もっとちゃんと人生を賭して研究していればこの美少女を作れたのかも知れないのにって」
「何言ってるんだこの女」
思わず口に出しちゃったよ。いや、ていうか天才科学者って自覚はあったんだね……。儂、美智子はあんまりそういう事思わないタイプだと勝手におもってたわ。結婚して300年目? の真実かあ……。
「で、そんなときにあの存在に出会ったのよね」
「出会っちゃいましたかー」
「そこから先は無限に早かったわ」
「無限なのに早かったんだなあ……」
「で、研究は完成したのだけれども如何せん美少女の元になる人間、つまり元ネタがないじゃない」
「いや元ネタて」
「私、諒たちで懲りたんだけど、一から育てるのも面倒だし。最初っから美少女であって欲しかったのよね」
「驚くべきエゴさ」
「なのでアナタも一応愛してたわけだし、とりあえず冷凍したのよ」
「やだ、ワシの扱い雑すぎ……? ってコールドスリープの理由それぇ!?」
「ちなみにこのアンチエイジングテクノロジーはアナタを美少女化させるための研究における副次的な成果ね。他にも色々な研究したのだけれど」
「人類の進歩はついでだったんかい……」
「当時の日本は少子高齢化がどうしようもない所まで行ってたし結構ありがたがられたわ。幸いにして上手いところ立ち回れたおかげで、私も世界でトップの地位と名誉とお金を盤石名ものにできたし結果オーライね」
「あ、これ実際の所地球ごと実効支配してますね? そうですね?」
「で、三百年かけてアナタをチンして美少女に改造したわけ。以上よ」
「あまりに猟奇的すぎない?」
そんな効率的なお料理感覚で人の身体を冷凍したり解凍したり改造しないでほしい。
「惚れた女のためですもの」
「ワシの意思はッ!?」
「要ると思う?」
「もはや要るかどうかの話なの!? いやはや、ワシ、とんでもねーのと結婚してたんだな……」
そう零すと、美智子はゾッとするような笑顔でこちらに問いかけた。
「何を言ってるの、お互い様でしょう?」
「……そうかもなあ」
なるほど。ここまできてようやく分かった。
結局儂ら夫婦は根っこの所で似たような性格をしていて、そしてそういうところに、それぞれ惹かれてたんだな。
やれやれ。三百年かかって、なんやかや儂らが上手く行ってた理由を再確認させられた、か。
「……でも、これからどうするんだ? 目的は達成されたんだろ? といっても中身ワシじなんだけど。それでええのんお前?」
「そうね、じゃあ先ずは結婚式をやりましょう」
「はい?」
「そしてロマンティックな初夜を迎えましょうね。あと子供はまた二人くらい欲しいわ」
「ちょ、ちょっとまて。何を言ってるんだ美智子」
「なに?」
「なにって。そもそもワシら既に夫婦では?」
「大丈夫、結婚はロマンよ。アナタならいい花嫁になれるわ」
「いやロマンて。嫁て。ていうか今は女性同士? でいいんだよな? そしたら子供って……」
「その程度の法改正は済んでるし、アナタの身体完全に女の子にしておいたから子供も産めるわ」
「あ、ワシが生むんだ……ってそうじゃなくて!だとしても女同士で子供って……あ、人工授精ってこと? 科学進んでるしって?」
「いや、私の方にはちゃんと生やしておいたわ」
「マジで何言ってんのこの人!?」
美智子の目にどす黒いハートを幻視する。やばい。こいつ——。
「うふふ……大丈夫。痛いのは最初の数回だけだし、すぐに幸せにしてあげるわ。身も心も女の子になれば、その言葉遣いだって自然に治っていくはずよ」
明らかに往年の儂より狂気にどっぷり浸かっている。
「いいえ、そういう言い方はよくないわね——幸せになりましょうね。ア・ナ・タ」
そして儂は唐突に理解した。
この状況、このシナリオ、これから先の展開。
それらすべてがあの超常の存在に対する「対価」なのだと。
底抜けに晴れ渡った空。何処からか、あのヤケに明るくて甲高い声の大笑いが聞こえたような気がした。
このあとめちゃくちゃ(ry
特に続きとか考えて無いですが、気が向いたらまたなんか書きます。