97、異変の始まり
「まずは俺の話を聞いて欲しい」
真剣な顔で前置きしてから、ガウェインは話し始めた。
「リリーナは俺の従姉妹だ。幼い頃から良く見知っている。リリーナの父であるオッサカー伯爵ーー叔父のことも、俺は良く知っている。穏やかな性格で子供に優しく、いつもニコニコしている方だった」
昔のことを思い出したのか、ガウェインの瞳がふっと陰った。
「それが、ある時期を境に変わってしまった。始めにリリーナがおかしくなった。いつも控えめな性格だったのに、急に周りに注目されようとするようになった。それだけなら、子供にはよくあることだ。自己主張するのは悪くない。
だけど、リリーナの場合は何か不気味だった。目つきがぎらぎらとしていて、気に入らないことがあると恨みがましく睨んできて……サーラを毛嫌いするようになった」
「サーラ?」
「サーラ・ヒョーゴン」
私は「あっ」と声を漏らしそうになった。レオナルドのお姉さんだ。
「サーラは優しい性格で皆から好かれていた。リリーナも姉のように慕っていたはずなのに……」
ガウェインは辛そうに額を押さえた。
「リリーナの態度が変わって、最初は叔父も心配して酷い態度をとった時はきちんと叱っていたんだ。それなのに、叔父がだんだん弱っていって……物忘れが激しくなったり、話しかけても聞こえていなかったり……」
オッサカー伯爵は元々はとても善良な人だったらしい。それがリリーナが十三歳になった頃から段々と無気力になっていったらしい。
いつしか姿を見せることもほとんどなくなり、リリーナを諫めることもなくなった。
「出かけるのが好きで、良く芝居を観に連れて行ってくれたりしていたのに……もう、何年も顔も見ていない」
ガウェインは「はっ」と短い息を吐いた。
あれ? でも……
「あの……伯爵はレオナルド様のお姉様に、その……」
言い淀んでしまったが、十分に伝わったらしくガウェインはこれまでで一番悲痛な表情を浮かべた。
う。私別にガウェイン推しじゃないんだけど、そんな顔されると胸が痛くなる。
「ああ。俺とリリーナが十四の時だ。サーラの元に叔父から求婚の手紙が届いたらしい。
もちろん、すぐに断った。サーラには恋人がいたからな。
けれど、ヒョーゴン家だけじゃなく、サーラの恋人の家にまでごろつきが押し掛けてきて嫌がらせをしたり脅してくるようになったらしい。
それで追いつめられたサーラは湖に身を投げた。
言い訳になるが、俺の家がそれを知ったのはサーラが身投げした後だった。どういう訳か、西の公爵の元には一連の情報が入ってこなかったんだ。手遅れになるまで……くそっ!」
ガウェインは歯を食いしばって拳で机を叩いた。
「どうしてなんだ!? 公爵家に身内の情報が入ってこないなんてあり得ない! 何かがおかしい……そう思った」
確かにおかしい。おかしいというか、そんなことあり得ない。サーラが身投げするほど追いつめられるぐらい酷い脅しがあったなら、西の貴族達の耳に聞こえないはずがない。
「もちろん、俺の親父はどういうことか問いつめに伯爵家へ乗り込んだ。
だが……帰ってきた時には親父は……何があったのかを忘れていた」
ガウェインの言葉が重々しく響いた。




