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85、夜の散歩とアルベルト




 昼間起きた不思議な出来事に、さすがの私も冷静ではいられなかった。寮に帰ってからも心ここにあらずで、アンナを心配させてしまった。


 それにしても、あれはいったい何だったのか。


 階段から落とされた後、気を失った私が見たただの夢だったのか。

 いや、夢だとしたら、その後、目が覚めた時に階段から落とされた事実がなかったことになっていた理由がわからない。


 あの、誰だかわからない誰かは、私を階段から落としたという罪を消してリリーナを救ったのか。リリーナの味方なのか。


 いや、あの誰かは「ここでゲームオーバーになられちゃあ、ちょっと困るな」と言った。つまり、私がゲームオーバーになるのを防いだということだ。


 ゲームオーバー、つまり、死か。


 リリーナが私をゲームの世界から追い出そうとしたのを、誰かが防いだ。つまり、あの誰かは私にまだゲームの世界にいて欲しいのか。


 でも、どうして?


 わからないことだらけだ。私は頭を抱えた。


 あの声。確かにどこかで聞いたことがある。この学園で出会った誰か、なのだろうか。


 この世界はゲームの世界。だけど、今、私はここで生きている。

 でも、この世界を「書き換えることが出来る」誰かが存在している。

 それはとても恐ろしいことだ。背筋が冷えて、息を飲み込む。

 私達がどんなに必死に生きても、それを気まぐれにひょいっと書き換えられる可能性があるだなんて……怖い。それに、悲しい。


 私は考えすぎて鈍く痛む頭を押さえて、アンナに「散歩をしてくる」と断って部屋を出た。


 あの誰かとリリーナは何か関係があるのだろうか。

 突き落とされる前、リリーナはなんと言っていたっけ。

 世界がどうの、とか、データがどうの、とか聞こえたような気がするけれど、はっきりと思い出せない。


 鬱々と考えながら女子寮と男子寮の間の薔薇園まで歩いていくと、月光の下に佇む人影が見えた。物憂げな顔で空を眺めるその横顔を見て、私は足を止めた。

 アルベルトもまた私に気づいてこちらを見た。


「レイシール嬢。こんな時間に一人でどうしたんだい?」

「少し、散歩ですの。トキオート樣こそ……」

「アルベルトで構わない。ジェンスロッドの最愛の女性なのだから、俺ももっと仲良くなりたいと思っていた」


 アルベルトはふっと笑った。

 確かに、ジェンスという共通点があるのだから、普通はもっと友好的な関係になっているかもしれない。これに関しては、ゲーム知識のせいで私が一方的に苦手意識を持って遠ざけてしまったのが原因だけれど。


「収穫祭では、君がたくさんの人に囲まれているから、ジェンスがやきもきしていたよ」


 ふふ、とアルベルトが目を細める。


「アルベルト様は……」

「うん?」

「……婚約者などは、まだお決めにならないのですか?」


 つい尋ねてしまった。アルベルトは少し目を見開いた後で、すっと目を伏せた。





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