57、落し物
「……なんでそんなもんが、ここに」
ガウェインが色をなくした声で呻いた。
我に返った私は、ガウェインとナディアスに向き合った。
「……私にもわかりません。ここに、落ちていたのです」
「落ちていた? こんなものが?」
ナディアスも動揺している。
私も動揺していた。どうして、こんなものがここに落ちていて、それを私がみつけてしまうのか。
もしかして、これってゲームのシナリオ通りに進ませようとする、なんらかの力が働いているということなのだろうか。
いや、他のことは全部、ゲームの通りになっていないのに。どうしてこの薬に関してだけはゲームの通りに私の手元にやってくるんだ? そもそも、この場には肝心のヒロインが、ニチカがいないのに、なんでイベントが起ころうとするんだ?
変だ。何かがおかしい。
「レイシール!」
騒ぎに気付いたのか、ジェンスが人をかき分けて私に駆け寄ってきた。お兄様とアルベルトもやってくる。
「レイシール、大丈夫!?」
一時のショックから立ち直ったティアナも私に寄り添って私の手から瓶をもぎ取った。
「どうしてこんなものが、夜会の会場に落ちているのです!?」
ティアナは小瓶をアルベルトの眼前に突きつけて詰問した。アルベルトも難しい顔つきで瓶をみつめた。
「なんとかおっしゃってくださいませっ!」
「……落ち着いてくれ、ティアナ嬢」
「落ち着けるわけありませんわ! 夜会を主催する東の公爵家としてどのようにお考えに……」
激昂したティアナを止めたのは、アルベルトではなく朗々と響いた低い声だった。
「カーナガワ侯爵令嬢。怒りはもっともなれど、夜会で起きたことの責は息子ではなく私にある。どうか、落ち着いてほしい」
人垣が二つに割れる。前に歩み出たのは五十才くらいの威厳を放つ男性だった。
この国の大公――東の公爵アジュマル・トキオートだ。
その場にいる全員が礼を取る。
「ふむ。こんなところにまで薬が入り込むとは。思った以上にゆゆしき事態のようだ」
「父上……」
北西南の公爵達も集まってきて、難しい顔をした。
「これがここに落ちていることに、心当たりのある者はおらぬか?」
ティアナの手から薬の瓶を受け取ったアジュマルが、集まった人々に尋ねた。
そう尋ねられても、名乗り出るわけがない。誰もがそう思う中、
「はい。俺が落としました」
すっと手を挙げて平然と言ってのけたのは、二年の監督生の一人、ヒューイ・ギフケンだった。