51、滅びた王国の伝説
六月はあっという間に過ぎた。
薬物の件は二、三年生の監督生と教師陣で対応に当たるらしく、一年生の私達にはあまり情報が下りてこなかった。ティアナは一年生だから気を遣ってもらっているのだと言い、ルイスは一年生だから信用されていないんだと言った。私はその両方だと思う。
私が薬を使って云々というあの怪文書の内容もそれなりに噂として広まったけれど、それ以上に噂の主として白い目で見られたのはジェイソン・イバラッキだった。彼が夜中に寮を抜け出していることを知っている者達から「外から薬を持ち込んだのは奴だ」という噂が出てきてしまったのだ。
もちろん、根も葉もない噂だし、証拠もないのでジェイソン本人は飄々としているようだが、ちょっと心配にはなる。しかし、私があんまりジェイソンを気にするとまたややこしいことになりそうだし、頭の痛い問題だ。
頭が痛い、といえば……
「あのニチカさんという方、何故レイシールにかまうのでしょう?」
いつものごとく突撃してきてよくわからない八つ当たりを喚いて去っていったニチカを見送って、私の隣にいたティアナが首を傾げた。
最近よく絡んでくるので、ティアナもニチカの非常識さにお疲れ気味だ。
なんだかよく来るなーと思っていたら、どうやら攻略対象が薬の件で忙しくしているため、近寄りがたいらしい。ルイスはニチカのこと完全無視な上、近寄ろうとすると親友の青森くんにこっぴどく追い払われるそうだ。
それで私のところに来て「私がヒロインなんだからね!バーカバーカ!」程度の暴言を喚いては勝ち誇って去っていく。平和だわ。
「平民といえど、名字持ちですもの。少しはマナーを学んでもらいたいわ」
ティアナが溜め息を吐いた。
ここで、誰も興味がないかもしれないけれどニチカの設定をおさらいしておこう。
ニチカ・チューオウ。ヒロイン。平民だが実はヒノモント王家の血を引くプリンセス(笑)。
この国には二種類の平民が存在する。すなわち、名字持ちと名字なしだ。
大多数の平民は姓を持たず、名前のみ。ニチカには「チューオウ」という姓がある。
名字持ちは、かつてヒノモント王家が滅びた際に共に滅びた家の子孫と言われているのよ。
つまり、元貴族の可能性がある人々、ということね。
ヒノモント王家が滅びた理由は他国からの侵略なんだけど、王家が滅んだ後も長きにわたって抵抗を続けた民の中から四人の勇者が現れて敵を撃退したと言われているの。その四人の子孫が四大公爵家というわけよ。
そして、この国にはある伝説がまことしやかに伝えられている。
「ヒノモント王家が滅びる際、秘密裏に脱出した姫の血が、名字持ちの家に伝えられた」
名字持ちの家の中に、ヒノモント王家の血を引く者がいるかもしれない。ということね。
実際に、ニチカがそうな訳なんだけども。
まあ、そういう理由で、平民であっても名字持ちであれば特待生という待遇で学園に通うことが許されているのよ。それだけヒノモント王家の威光はいまだに強く、復活を望む人々が多いということね。
私は別にニチカがヒノモント王家を復活させてもいいんだけどさあ、待望の王家の血筋があれじゃあ国民が失望しそうだから、もうちょっと威厳とかマナーとか身につけてもらいたいものだわ。