プロローグ
過去の後悔を一つ解消できるとしたら、あなたは何を選び、どのような人生を歩みますか。
タイムマシンの発明によって、人生のやり直しが効くようになった。
“doom”、今から10年前に開発された世界初のタイムマシン。この機械の登場により世界の常識は大きく変わった。条件付きではあるが、人生のやり直しが出来るようになったのだ。転んで腕を折っても、好きな女の子に振られても、“doom”があればやり直せる。
「まぁ許可が降りればの話なんだけどね」
カップに入ったお茶を飲みながらボソリと呟いた。
俺の業務はコンサルティング、それもここ数年で新たに生まれた分野でのコンサルだ。世間では“後悔コンサルタント”なんて呼ばれ方をしている。タイムマシン“doom”を使って、依頼者の後悔した過去を解消するためのプランを考えるというものだ。
例えば、石に躓き腕を折ってしまった依頼者の「腕を折った過去を変えてほしい」という依頼に対して、その原因となる石を俺たちが過去に向かい除去する、といった感じだ。石がなければ転ぶことはないし、当然腕を折ることもない。
俺たちはこのように世の中から「後悔」をなくすために働いている。依頼を達成できたときは人のことながら嬉しくなるし、やりがいもある。だが、もちろん全ての依頼を達成出来るわけではない。時間に干渉する作業なので規則も当然多く存在する。その中でも特に禁忌とされているものが二つある。
まず一つめは、 現在から来ている事を過去の人間に伝えてはならない。
二つ目は、現在で死んでしまっている人間を助け「よう」としてはいけない。
これが、過去に行く際に守らなければならない大原則だ。これらの規則は政府のお偉いさんと“doom”の開発メンバーら数人で話し合われ出来たものらしい。もちろんこれら以外にも細かい規則はあるが、大きなものはこの二つだ。
「なぁんで助けようとすることもダメなのかね〜」
「滝本あんた、まだそんなこと気にしてるの?」
俺の独り言に応えたのは葵美香。生涯安泰と言われる程のエリートコースである“後悔コンサルタント”でありながら、モデルと見紛う美貌を持った俺の同僚だ。その美貌の割には浮いた話の一つも聞かないが、所謂バリキャリ女子というやつだろう。葵に対して女子という言い方が正しいかどうかは知らない。
「失礼な事考えてるでしょ」
考えていたことを見透かしたかのように、俺を軽くねめつけながらそう言った。恐るべしバリキャリ女史。
「何回も話してるけど、死んだ人を救おうとして救えなかった場合、精神に及ぼすダメージが大きいから禁止されてるのよ。救えるかもしれない人を救えないのはやるせないけど、あたしたちの事を思ってのことなんだから我慢しなきゃ」
そう。世界で初めてタイムマシンが使用された時、研究者の1人が現在では亡くなってしまった人を過去に戻り救おうとして精神に多大なダメージを負ったという理由でこのような規則ができたと言われている。
「“doom”が出来た時もとんでもない騒ぎになったけど、この規則が発表された時はバッシングがすごかったよな」
「懐かしいわね」
『タイムマシンで過去に戻れたら何をする?』
“doom”が無かった時代にはよく使われた質問だ。多くの人間は「宝くじを買う」や「未来予知をして金儲けをする」と言った回答をするだろう。だがもし仮に、君が過去に大事な人を亡くした人間だとしたら、その人を救うために“doom”を使うだろう。それが政府によって禁止されたのだ。当然、当時の国民からのバッシングは凄まじかった。しかし、その当時の総理大臣蛭間和久も幼い実の子を亡くした親だったこともあり、そのバッシングは長くは続かなかった。
「俺らのメンタルヘルスより誰かの命だと思うけどね」
「あら、あんたそんなに熱い男だったっけ?」
葵が軽口を叩いてくる。
「別に、一般的な感覚をもとに言っただけだよ」
「そ......ねぇ滝本、そんなことよりこの後飲みに行かない?」
「仕事終わりは直帰って決めてるから」
「ちぇ、今日は行けると思ったのに」
(何を根拠に言っているんだか。仕事ですでに疲れているのに、更に女性のエスコートまでこなせる自信がない)
俺がそんなことを考えていると、葵がぶつぶつ文句を垂れながら自分のデスクに戻っていった。
(自殺者が多かったこの国のお偉いさんらが労働者である俺らのメンタルを気遣ってくれるようになったのは素直に喜ぶべきかな)
そして俺は再び業務に戻った。その時テレビでは、“doom”の海外輸出への準備が整ったとの報道がなされていた。