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2―3




 配達人の制服を着た男は一枚の手紙を手に持ったまま民家の前で立ち尽くしていた。


 ひゅーっと風が通り抜けると、からからと音を立てて地面を転がる木の葉。


 (そんな馬鹿な・・・!)


 一昨日までは家族や使用人たちで賑わっていたベルモット家。しかし家からは人が消え、表札からは名前が消え、人が住む気配が無くなっていた。


 (引っ越したか?いや、まさか・・・)


 配達人の制服を着た男、ポットは一応確認をと手紙に書かれている住所に目を通す。


 途端に、やっちまった、と自分の過ちに気がづいた。

 住所がベルモット家じゃなくなっている。何年も城とベルモット家を何十何百と行き来したポットは手紙に書かれていた住所を確認せず、当たり前のようにここに来たわけだが・・・。


 (城!?城・・・!?)


 今はベルモット家の引っ越しはどうでもいい。問題はリズ宛の手紙に書かれていた新しい住所。そこには間違いなく"オストール城"と書かれてあり、何かの間違いではと何度も何度も確認する。オストール城だなんて、リズ・ベルモットという人物が一番居てはならないはずの場所ではないか。


 ポットはお庭番だ。主の影となり与えられた命令のみをこなすのが使命。ただ手紙を届ける役目を仰せつかったポットに何も知らされていないのは当たり前なのだが、彼は何がどうなっているのかさっぱり掴めない。


 とにかく、事の真偽を確かめなくては。


 ポットは空になったベルモット家を見ても未だ半信半疑のまま、すごすごと今来た道を引き返していく。


 そして彼女を姿を見つけたのはポットの想像より5倍は早かった。

 細腕で大きな荷物を抱え、別棟のだだっ広い廊下をえっちらおっちらと一生懸命に歩いている。なんだかちょっと可哀想になるくらい必死だが、姿を現すことのできないポットは柱の陰に隠れて彼女の姿を見守った。


 衛兵たちもチラチラとリズの様子を控えめに眺めている。彼らは彼女の手にある大荷物よりも彼女の顔の方にばかり注目していた。単純にリズの容姿が衛兵たちのドストライクだったらしく、中には失礼なくらい食い入るように見ている者もいる。


 パーツは平均より小ぶりで主張は少ないが、形がよくバランスも整っている顔立ち。身体はとても細く、どこか儚げで可愛らしい雰囲気は男性に免疫の無さそうな処女性を強く感じさせる。そこに神秘的な黒髪と硝子玉のような緑色の瞳が加わればまるでお人形のよう。


 そう、リズは脳筋男たちがいかにも好みそうな容姿をしていた。彼らはこれ見よがしに色気を放つ美女も大好きだが、素朴で可憐な花もまた大好物なのだから。


 手伝ってやれよアホが、とポットは心の中で悪態をつく。彼らはリズの顔にばかり目が行って彼女の代わりに荷物を運ぶというところまで考えが及ばないらしい。残念ながら、女性の少ない城で女性経験の少ない衛兵にはその程度の気遣いすらできないのだった。


 リズは男たちに注目され居心地悪そうに俯きながらできるだけ急いで歩いて別棟を通り抜ける。やっとの思いでキングズガーデンにまで辿り着くと、煩わしい視線が無くなってほっとしたのか、緊張で強張っていた顔の筋肉が少し緩んだ。


 庭は視界が開けていてこれ以上近づけば見つかってしまう可能性があるため、建物の中からキングズガーデンへ入って行くリズの背中を見守るポット。

 どうやらリズは本当に城に住むことになったらしいと、現場を目の当たりにした彼は大きく頭を抱える。


 (どうしてこうなった・・・)


 ハーバート・フリーデンは現在こそ称号をはく奪されているものの、一時は王を名乗るほどの権力を持ち国を手中に収めた人物だ。

 そもそもオストールは八の貴族がそれぞれひとつずつ議席を持つ八議席制と呼ばれる政治形態を取っていた。国家運営に関わる重要な案件は議会で多数決を行い、意見が綺麗に割れた場合は最終的に王の判断で決まる。つまり、八つのうち五の議席を手中に収めれば国を意のままに操れるということだ。

 ハーバートはその議席制を利用して、自分に従う忠誠的な者へ席を与えるために、ハーバートに反発する勢力から無理やり議席を取り上げたのだった。ある者は国外へ追放し、ある者は牢に閉じ込めた。クーデターを企てた一家は一族皆首を括ることとなり、歴史ある八の貴族のうちのひとつは血を絶やしてしまったほど。


 そんな強権的な手法は(まつりごと)にまで及んだ。直轄地のみならず貴族の領土からも税を吸い上げて、彼は巨大な軍事力を得ようと急激な軍拡をしていたらしい。おかげで周辺諸国との折り合いは一気に悪くなり、平和な空気は一転してピリピリとしたムードが漂うようになった。隣の国がせっせと軍を集めて戦争の準備を進めていたのだから、まあ嫌われるのも当然だ。そして重税に苦しむ民は貧しくなり国内の治安は悪化。こちらも当然の結果だろう。


 ゼフィールの治世となり少しづつ以前の平和を取り戻しているオストールにとって、ハーバートが治めていたあの時代は悪夢となっていた。

 それでもハーバートのやり方を全ての人が否定しているわけではない。ハーバートが失脚した後も生き残っている彼に忠誠的だった一部の貴族、いわゆるフリーデン派の人達はゼフィールの時代に悔し涙を流しながら議席にしがみ付いている。そして今でもゼフィールが失脚しかつての権力を取り戻す機会を虎視眈々と狙っていた。


 リズの何が問題かというと、やはりその血統だ。彼女は先々代国王の孫であり正式な王位継承権を持つことができる人物である。

 もしリズが生きていることが知られれば、ゼフィールの治世で冷遇されているフリーデン派はゼフィールの王位に異を唱える建前を手に入れてしまう。リズが真の王だと騒ぎ立て、また新たな王位争いが始まってしまうだろう。


 ただし、ポット一個人としてはリズ自身にあまり脅威を感じていなかった。

 なにせ本人は大人しくて極度の人見知り、ろくに他人と会話できない始末なのだ。もし彼女が普通の貴族令嬢だとしても相当苦労しただろう。そんな壊滅的な社交性を持つリズが王だなんて土台無理な話。王になれと言われたら彼女は泣いて逃げるかもしれない、それくらいに気概のない人なのだから。


 喋り声もぼそぼそと頼りなく、ただその小さな声がとても穏やかで他人の耳には心地よいのだが、人の上に立つ覇気など欠片もない。


 周りが騒ぎ立てさえしなければリズは人畜無害な可愛らしいお嬢さんだった。政治の表舞台に引きずり込まれず、どこかの金持ちの坊ちゃんと結婚して可愛がられるのが一番幸せになれそうなのに。


 長くリズを見守って多少は情を持ってしまったポットは、プルプルと震える手で必死に荷物を運んでいるリズを見て、これからの行く末に不安を抱いたのだった。






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