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2―2



 城ではとにかく大人しくするしかない。できるだけ誰とも顔を合わせず、話さず、大人しくしておけばリズは無事に城での勤めを終えられるはず。


 本の間と思われる扉の前に立ったリズは人があまりいないことを祈りつつそっと扉を開ける。


 中は五階建てほどの高さの吹き抜けがある巨大な書物の宝庫だった。壁沿いにずらっと並んだ本棚は圧巻で、天井に描かれた絵画に歴史の深さを感じられる。四階まで登れるようになっており、階段の手擦りの細部には彫刻の飾りが。椅子やテーブルも個性的なものが多くあり、中央には硝子のケースに入った美術品がずらりと並んでいる。奥の壁にはこの大きな室内に光を入れるためか薄っすらと色のついた硝子の窓が連なっていた。色付きなのは本が陽に焼けないようにするためだろうか。

 作った人はよほどの拘りを持っていたに違いない。エントランスのシャンデリアも素晴らしかったがここは感嘆のため息が出るほど素晴らしかった。


「こんにちは、お嬢さん」

「あっ・・・」


 入口すぐ横のカウンター内に居た男性に声をかけられ、ビクッと体を震わせたリズは慌てて頭を下げる。


「はい、こんにちは・・・。リズ・ベルモットと申します」

「聞いてるよ、エレノア王女の先生だってね。好きに使っておくれ。城の外に持ち出さなければ自由にしていいから」

「はい」


 眼鏡をかけた白髪の男はあまり興味がない様子で、リズが頷くのを確認するとそれ以上口を開かずに手にしていた新聞へ視線を下げた。


 リズは恐る恐る足を踏み入れると、ふわっとした厚みのあるカーペットの心地よさに僅かな笑みを浮かべる。中はいっそうシンと静かで人の気配は他にない。


 (誰も居なくて良かった・・・)


 安心したリズは人目を気にせずに本棚の端から順に目を通していく。一階の大部分は大好きな歴史書が多くあり、後ろ髪をひかれるような思いで通り過ぎた。今日はエレノア王女の授業のための資料が最優先なので、自分の趣味は後回し。語学の授業の助けになりそうなものを探して、ゆっくりと歩を進めながら階段を一段ずつ登っていく。


 そして求めていたものは3階の奥にあった。行き止まりになっている一番端の方に外国語や古語で書かれている本が置いてあり、初心者でも読みやすい簡単な文の児童書などを何冊か選んでいく。

 エレノア王女がどんな言語を学びたいのかわからなかったので、適当に、身近なものから5冊を選んだ。さっそく取ろうと手を伸ばしたが本棚は高く脚立を使わなければ届かない。


 これはちょっと大変かもしれない、と大きくため息を吐くリズ。


 1冊1冊、近くのテーブルに積み上げながら、結局5冊が揃うのに大分時間がかかってしまった。座りの悪い脚立が悪いのだ、とリズは心の中で言い訳をしながら本の間を出て行く。


 ところが、たかが5冊でも大荷物のせいで腕が疲れているリズにはとてつもなく大変だった。とにかく重い。そして腕が痛い。

 しかし借り物の本を地面に置くのは憚れたので、なけなしの根性を振り絞ってなんとか部屋まで無事に運ぶことができた。


 ふう。

 途中で落とさなくてよかったと安堵のため息を吐き、本をテーブルの上に置いたリズは足元にある荷物に気付く。誰かが運んでくれたらしい。有難いなと感謝しながら荷物を持とうとして、その上にある手紙に気付いて動きを止めた。当然リズは荷物の上に手紙など乗せていなかったので、誰かがここに置いて行ったのだろう。


 明日の詳細だろうかと思い、手に取った手紙をひっくり返すと―――黒い薔薇の封蝋。


 ドクン、と大きく心臓が跳ねた。


 手紙を貰って背筋が凍り付いたのは初めてだ。リズは驚きと緊張感にしばらく手紙を開けることができない。

 なぜなら前回リズが手紙を返したのはまだ10日前。今まで何年も頻繁に手紙をやり取りしてきた中でこんなに早く返事が来るのは初めてだった。文通相手の家まで王都から片道一週間はかかると思っていたのは勝手な思い込みだったのだろうか。


 リズは小さく息を吐き出すと、思い切って封を解いた。すぐに開けば見慣れた美しい文字に少しだけ落ち着きを取り戻す。思ったよりも返事が早かったけれど、文字も羊皮紙もいつも通りだ。


『リズ、君がパーティーの日の行いを悔いていることはよくわかった。ただ僕は君と相手の行為を評価できる人間ではないんだ。世間から非難されるようなことであろうと、それが君を苦しめないことをなにより願っているよ。』


 リズは驚いて先を読まずに同じ個所をもう一度読み返した。あんな恥知らずな真似をしてやんわりと説教されるか呆れられるかと思ったのに、と。


『君が泣いているんだろうかと思うと僕も心が痛い。だけどどうか無理をしないで。辛ければ泣いていい。無理をして元気にならなくてもいい。きっと時間が解決してくれるよ。』


 言葉の数々がじわりと心の中に染みわたっていくかのよう。彼の飾らない言葉にリズは何度も慰められて来たことを思い出しながら、ゆっくりと大事に読み進めた。


『ただ、リズ、君は孤独じゃないことを忘れないでほしい。僕は遠く離れた場所から文字を送ることしかできないけれど、涙を拭くことも抱きしめることもできない身で大した力にはなれないけれど、確かに君を見守っているから。』


 (なんて優しい人なの。それにとても心が広い方だわ。きっとこの方は私よりずっと大人ね)


 嬉しくて嬉しくて、リズはまた最初から読み直そうとしたところで、サラッとした何かが落ちた感覚に下を向いた。


 ―――紙だ。手紙の中からもう一枚の紙が出てきて、初めての出来事に目を丸くしながら急いで拾うと、文字の上を滑らせるように視線を動かす。


『城へ行く話を聞きました。正直に言うと、僕はとても心配しているよ。城は君にとって危険な場所だということは君自身もよく知っていると思う。

だけど僕には君の人生の決断を阻害する資格はない。だから、ただただ無事を祈っているよ。

それでも何か身の危険を感じたときはすぐに連絡すると約束してほしい。いいね?』


 おかしい。城勤めの知らせはまだ1週間前に出したばかりだ。ならば手紙が着くまでに必要な日数はさらに短くなり3日半になる。


 何かが今までと違う。リズは内容以上にそのことが気になって仕方がなかった。返事の早さも、二枚目の手紙も。


 戸惑いながらも返事を書くためにペンを取る。


『私はあなたのくれる言葉に支えられています。姿を見ることができなくても、いつでもあなたのことを考えています。私は何度も救ってくれたあなたの存在に感謝しているんです。これからもそれは変わりません。

お城の方々は皆さん親切でとても優しいので今のところ順調です。本城はとても人が少ないと聞いています。後はエレノア王女殿下が私の指導に満足していただけるかどうか不安ではありますが、歳が近いと聞いているので難しく考えず頑張ろうと思います。

城にある本の間は大変素晴らしいです。あなたも訪れたことがあるのでしょうか。まるで前フェトロッサ時代に巻き戻ったような雰囲気で、蔵書も多く静かで居心地の良いところです。こんな素敵な場所を使わせていただけることになるなんて思いませんでした。教師の仕事は初めてですが全力を尽くしたいと思います。

危険を感じたらすぐに知らせると約束します。それではお元気で。』


 急いで書いたので上手く言いたいことを纏められなかったが、リズはすぐに紙を折って綺麗な折り目をつけるために指で上から押さえつけた。


 次に手紙が着くのはいつだろう。

 リズは彼のことを何も知らない。名前や住所はもちろん、年齢だとか、好きなもの、嫌いな食べ物、家族構成もわからない。今まではリズが一方的に自分のことを話して聞いてもらうばかりだったから。


 思っていたよりもずっと近くに住んでいるかもしれない文通相手の彼。この人のことを知りたいと思うのはルール違反だろうか。


 荷物の奥から蝋を印璽を取り出し、火を貰いに行くためにリズは静かに立ち上がった。




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