2-1【城へ】
城の正門へやって来たリズは細腕で大きな荷物を必死に抱えながら通過した。荷馬車の出入りがそれなりにあるものの、誰にどう声をかければいいのかわからずにきょろきょろしていたら城門の内側に居た衛兵に呼び止められた。
「失礼、許可証の確認を」
リズは一旦荷物を地面へ降ろすと、中を漁って手紙の束の中から一番上にあるものを取り出し衛兵へ渡す。
まだ若い衛兵は中を読むなり頷いて敬礼した。
「お待ちしておりました。中の者が案内いたしますので、本城のアンリエッタという女性をお訪ねください」
「・・・わかりました」
どうも、とリズは小さく頭を下げて荷物を抱え直すと中へ進む。
建物が豪華な割には装飾が少なくシンプルな景色、道に敷き詰められたグレーの石は平らに均されて歩きやすい。リズは幼い頃に一度訪れていたが記憶がほとんどないので何もかもが新鮮だった。
門の内側にまた門があり、そこでも衛兵に手紙を見せるとこのまま建物の中を突き進むように言われた。大人の背丈の二倍以上ある大きな扉を抜けると高さのある広いエントランスに入る。
一番目を引いたのは巨大なシャンデリアだ。実家にも立派なものがあったがこれは更に凄い。外から差し込む光を反射して綺麗だが、もし落ちてきたら大変そうだとリズは少しだけ眉をひそめながら眺めた。
「失礼、そちらのレディー。見かけないお顔ですがどちらへ」
ぼーっと突っ立っていたからだろう、また違う衛兵に声を掛けられてリズはわたわたする。
「あ、あの、本城のアンリエッタさんを探しているんですが・・・」
「本城ですか?具体的には本城のどちらです?」
どちらもなにも、リズは何も知らない。困って返事が出来ずにいると、衛兵は苦笑いをしながら教えてくれた。
「城は大きく分けて2つの建物がありまして、こちらは人の出入りが多い別棟になります。この廊下をこのまま抜けましたらキングズガーデンに入って、そこを真っすぐ進んだ所にあるのが本城です。
本城も中で2つに分かれておりまして、陛下の住まう居城と管理室や厨房などのある主城があります」
「えっと・・・私は語学の教師として来たのですが・・・」
「お住まいになられるのですか?」
リズは控えめに頷いた。ベルモット家は引っ越してしまうので、役所に住む場所を相談したら勤めの間は城の一室を貸してもらえることになった。胃には痛いが懐には有り難い。
「それでしたらまずは主城を訪ねてみてください。お客様のお部屋はほとんど主城にありますから。キングズガーデンを抜けてすぐ目の前にあるのが主城です」
「わかりました。・・・ご親切にありがとうございます」
リズは頭を下げると、城の奥に向かってゆっくりと歩き始めた。
城では見慣れない顔だからか、すれ違う人々から探るような視線で顔を見られることが多い。景色を楽しむ余裕がないリズは委縮して背中を丸めながら人目を避けるように急いで歩く。
脇目も振らず真っすぐ歩いていると綺麗に植木を整えられた庭に出た。ここに来るまでは装飾品や植物が少なかったので雰囲気がガラッと変わり、人通りが一気に無くなったことでようやく顔を上げて辺りを見回せるようになったリズ。瑞々しい若葉や花の香りに包まれた華やかなここは城の中とまるで別世界だった。
キングズガーデンと呼ばれる城の庭は催し物でよく使用される、貴族ならば勝手知ったる場所だ。広場の他に薬草園、そして菜園もあり、幼いリズが迷うほどの広さがあった。
しかしリズ自身が大きくなったからか、記憶にあるものはもっと途方もなく広いイメージだったが、大人になってみるとそこまでは感じない。少し歩けばすぐに本城の入り口があるので迷うこともなさそうだ。
季節もよく風が心地よいが、大きな荷物を持っているリズは楽しむ余裕がなく、息を切らせて腕がはち切れそうになりながら目的地へ向かう。広くて美しい庭は壮観だが今のリズにとっては敵。荷物を落とさないよう何度も持ち方を変えながら、なんとか入り口まではたどり着いた。
どさっと音を立てて下ろすと膝に手をついて休憩する。お行儀が悪いのは分かっていたが体の方が限界だった。
しばらく動けずその場でじっとしていると、ドタドタと静かな本城の中で悪目立ちする激しい足音のようなものが近づいてきてリズは体を硬直させた。
「やべっ、にげろーーー!!」
まるで大きな体躯が熊のような大男。ドタドタと足音を立てている元凶は風を切るような速さでリズに目もくれず真横を通り過ぎて行った。
「・・・?」と通り過ぎて行ったものの後ろ姿を呆然と眺めるリズ。
つむじ風が吹いたのではというほど激しいスピードに目を丸くしていると、今度は竹箒を持った30代くらいの女性が鬼の形相で現れる。
「またかんかい!コラァ!!」
一体何がなんだか。
リズは驚きに壁に張り付いて小さく震えていると、熊のような体躯をした男を追いかけて来た女性はリズの姿に気付いて足を止めた。
「あれ、あんた見ない顔だね。もしかして今日新しく来るって話の先生かい?」
先生、と呼ばれるのは恐縮だが事実なのでリズはこくこくと頷いた。話しかけてもらって有難い半分、先ほどの彼女の恐ろしい形相を見てしまったので恐怖も半分。
「り、り、リズ・ベルモット・・・・です。アン・・・アンリエッタさんという方を訪ねるように言われて・・・」
「ベルモット先生ね。アンリエッタはあたしだよ、よろしく」
彼女を怒らせまいと頭をペコペコと何度も下げながら挨拶をするリズ。怒らせたら怖いと分かっているので慎重に、控えめに、謙虚に接した。
「こちらこそ、よろしくお願い、します」
「やだあ!あたしただの下働きよ?そんな畏まらないで!」
目尻の皺を深めながら気持ち良いほど大きく笑うアンリエッタに、リズもほっとしながら僅かに微笑んだ。さきほどの一件さえなければとても優しくて気さくな人のよう。
「驚かせてごめんねえ、あの人いっつも泥だらけの靴で中に入ってくるから、掃いても掃いても掃除が終わらないんだよ。散々汚していくくせに我が物顔で歩き回るしうるさいしあたしのおやつ勝手に持っていくし」
グチグチと苦労を語っているのにまだ元気が有り余っているように見える、なんだかパワフルな人だった。ほんの少し白髪が交じった髪は薄目の茶色で女性にしてはしっかりとした骨格。
「ああ、案内するよ。ついておいで。荷物は後であいつに運ばせるからそこに置いといて構わないよ」
「はい」
ぽかんとして話を聞いていたリズは、思い出したように言うアンリエッタに連れられて本城の中へ入って行く。荷物を置きっぱなしにするのは抵抗があったが、持っていくのも大変なので有難くそのまま置かせてもらった。
「奥の廊下を右に行って階段を登ったら陛下が住む一帯になる。もちろん兵が居るから入れないよ。
そして本城のこっち側には客人が住む部屋と、大浴場、厨房、本の間などがある。生活に必要なものはだいたいここに集まってると考えてもらっていい」
よく磨かれた床は美しいが、やはりどこか飾り気がない。絵画や彫刻、生け花などで華やかにしていたリズの実家と比べたらずいぶんスッキリとした見た目だ。そして装飾物がないので余計に広く見える。
「陛下はあまり賑やかなのがお好きじゃないから、ここの出入りは別棟に比べたら少ないんだ。居城なんて入れる侍女はあたしを入れて3人だけだから掃除が大変でねえ。
しばらくは議会もないしここに滞在するのは姫様と先生くらいだよ。心配しなくても姫様すごく明るい方だから、歳も近いし仲良くやれるさ」
はあ、とリズは少々頼りない返事をする。
「先生も本の間は自由に使っていいって聞いてるから、授業に必要なものはそこから持っていくといい。色々あるから」
「え?お城の本も使っていいんですか?」
「もちろんだよ。姫様を教える時に必要なものもあるだろうし」
「はい・・・ありがとうございます」
部屋だけでなく本まで使わせてもらえるとは有り難い。城にはとても立派な本の間があると聞いているから楽しみだ。
「先生はこっち、左奥の塔にある部屋。まあ最初は迷うだろうけど誰かに道を尋ねたらいい。
授業は明日の午後からって聞いてるから、今日は好きに過ごしなね」
「はい、ありがとうございます。明日の準備をさせてもらいます」
「そうしな」
部屋の前まで案内すると、じゃあね、とアンリエッタは早足で元来た道を戻って行った。きっと忙しいんだろうな、とわざわざ案内してもらって少し申し訳ない気持ちになったリズは、気を取り直して目の前にある扉のドアノブに手を掛けた。
捻ることなく手前に引いただけで簡単に開いた扉の向こう側には、ベルモット家で使っていた自室よりも一回りほど広い部屋があった。中央奥には立派なベッドがあって、食事ができるテーブルとは別に書き物ができる机まである。窓は北側と西側にあり朝方の日当たりが良さそうだ。
部屋の中をさっと見渡す。少し休んでいこうか迷ったが、本の間に入れることが楽しみなので休息は後回しにした。
どんな本があるんだろう。
リズはこの場所へ戻ってこられるよう注意深く周囲を観察しながら、本の間を探すために階段を降りていった。





