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12-4



 結婚式まで指を折って数えられるほど迫ってきたある夜。寝支度を整えて髪を梳かしていたリズは廊下から聞こえてくる足音に立ち上がって来訪者を出迎えた。


「失礼する。遅くに訪れてすまない」

「いいえ、来てくださって嬉しいです」


 ゼフィールが扉から現れるなりリズは彼の腰に抱き着いて微笑んだ。見上げればゼフィールは優しい顔で見下ろしていて、大きな手でリズの頬を撫でてくる。


「今日は渡したいものがあるんだが・・・」


 ゼフィールが後ろを振り返ればゾロゾロとやって来る侍女たち。彼女たちは両手で大きな箱を抱えており、中にはリズが見覚えのある箱が混じっていた。


「これは・・・」

「ラスター家から押収したものだ。リズの持ち物もあったから」


 以前にゼフィールから貰ったフリーデン家の遺品。調査が終わりようやくリズの手元に戻って来たものは前と変わりない姿だった。きっと慎重に扱ってくれたのだろう。


「・・・ありがとうございます」


 リズは箱の中を改めると小さな声で言った。


「返すのが遅くなって悪かった。

それからラスター家の遺品だが・・・」


 ゼフィールが語尾を濁したため、リズは箱から視線を離してゼフィールの方を振り返る。


「ジェイスには身寄りがないためリズに一任したい。受け入れてもらえるだろうか」


 リズの手がピクリと動く。ジェイスには家族がおらず、遺品を返す宛がない。だからといって、いくら元婚約者と言えどジェイスを殺めたリズの元へ品が預けられるのは非常識と言える。


 それでも、ゼフィールはリズへ託すことにした。


「・・・はい」


 リズは小さな声で言うと俯いて目元を手で覆って隠す。


 本当に短い間だったが、リズはジェイスの家族として過ごした。彼の笑顔や笑い声を忘れる日はない。


「ご、ごめんなさい・・・」


 ゼフィールの前では泣かないように気を付けていたのに、涙を止めようとすればするほど溢れ出てしまう。


 リズはゼフィールから背を向けると慌てて涙を拭った。自分自身が覚悟を決めて選んだ道なのにいつまでもグズグズするのはみっともないし恥ずかしい。ゼフィールも目の前で泣かれては困ってしまうだろう。


 服の袖で乱暴に目元を拭っていると、リズの背に温かいものが触れて逞しい腕に包み込まれた。頭上からリズの大好きな優しい声が降ってくる。


「我慢しなくていい」

「でも・・・自分勝手でしょう。私に悲しむ資格なんてないのに・・・」


 ジェイスを殺めたのはリズだ。裏切られ殺された人物に泣かれても、あの世にいるジェイスは嬉しくともなんともないはず。


「俺がリズにジェイスの遺品を託したのは、彼がそう望むだろうと思ったからだ」


 たとえ最後の別れが悔恨の残るものだったとしても、確かにリズはジェイスの家族であり婚約者だった。縁の薄い遠い親戚よりも彼と日常を共有して思い出を分かち合ったリズの方が適任だとゼフィールは言う。


「牢の中で死を待つ身だったものを、家族に見守られながら最期を迎えられたのはむしろ幸運だったかもしれない」


 ゼフィールはどこまでもリズを甘やかす。例えそれが詭弁でもリズは彼の優しさに救われた心地になり、ジェイスの遺品が入った箱を指で撫でながら頷いた。


「私、陛下が前に仰っていた言葉の意味が今ならよくわかります。本当に自分が正しいことをしたのかわかりません。これからも私の行いを胸を張って誇れる日が来ることはないでしょう」


 それでも、罪を背負いながらこれからの日々を生きていく。どんな苦難が待ち受けていようとゼフィールと共に生きることを決めたのだから。


 ゼフィールはリズの頬に残った涙の跡を親指で拭う。


「夫婦になるのだから、分かち合おう。リズの背負ったものは俺が背負ったものでもある」

「・・・はい。では陛下の罪も半分は私のものですね」

「そうだな」


 死が二人を分かつ時までなにがあっても決して離れない。その決意を新たにして、二人はしばらくその場で静かに抱き合った。




















 結婚式当日。


 僅かに春の訪れを感じる日差しの暖かさに恵まれ、リズは窓の外から雲一つない空を眺めた。侍女たちは着付けにメイクにと忙しく、されるがままのリズは人形のように直立したまま頭の中を空っぽにする。余計なことを考えたら余計に緊張してしまうのがわかっていたからだ。


 しかし、編んだ草をモチーフにした銀のティアラを頭に乗せられた時は流石に緊張で震え上がってしまった。オストールの王家に代々伝わる国宝が頭の上に乗せられているのだからリズでなくても緊張して当然だ。

 よく磨かれたティアラは鏡越しにもキラキラと輝いていて、リズは間違っても落とさないよう全身に力を籠めて首を固定させる。


「いかがでしょう」


 支度を終えて、侍女たちは後ろから静かに見ていたゼフィールへ伺いを立てる。


 問いかけられたゼフィールは無言で大きく頷いた。余計なものを一切使用していないシンプルなドレスは流行している華美なものとは真逆の趣だが、古代神話を思わせる薄く緩やかな布を纏ったリズは完璧だ。


「隣に立つのが恐れ多いほど綺麗だ」


 最大級の誉め言葉にリズは少し恥ずかしそうに微笑む。


「まさか・・・、陛下の方が何倍もお綺麗です」

「何を言う。リズの清い美しさに勝るものなどこの世にはない」

「またそんなことを仰って」


 うふふ、と微笑むリズはまるで子供の戯言を軽く躱す母親のよう。ただしゼフィールの言葉は心からの本心だ。ゼフィールにとってリズに勝るものなどこの世には存在しえないのだから。


 侍女たちは今日新婚夫婦となる二人の会話を無視し、皺になりそうな裾を広げたり僅かに乱れた髪を整えたりと手際よく仕事をこなしていく。


「それでは行こうか」


 ずいぶんとキングズガーデンの方が賑やかになって来た。ゼフィールの一言でさっと侍女たちはリズから距離を取り、リズは差し出されたゼフィールの腕を掴んで頷く。逞しいその腕に掴まれば緊張に強張っていた身体も少しは落ち着きを取り戻すことができた。


「もう後戻りはできなくなる」


 ゼフィールの言葉にリズはそっと彼の方を見上げる。まるで今なら引き返せるとでも言いたげな台詞に彼女はすぐ返事をした。


「戻りたくありません」


 ようやく名実共に結ばれる、この日をどれだけ心待ちにしていたことか。


「・・・そうだな」


 ふと表情を和らげたゼフィールは小さく笑んで、リズに掴まれていない方の手で彼女の頬を撫でた。









 キングズガーデンは黒い薔薇の装飾が辺り一面に広がっていた。一見するとまるで葬送のような趣だが、国中の者たちが黒い薔薇の意味を知っている今、この光景を不思議に思う者など一人もいない。


「秘密が秘密ではなくなってしまいましたね・・・」


 人々の視線を受けて会場へ近づく中、ひやりとした風を受けながらリズは小さな声でぽつりと呟く。二人が幼い頃に交わした秘密は暴露本の所為で今や常識となっていた。


 ゼフィールも思わず苦笑する。


「ああ、全て打ち明けてしまったからな」

「少し残念です・・・せっかく陛下と二人きりのものだったのに」


 リズは二人きりの秘密の花言葉を大層気に入っていた。二人きりの、という所が特に。


「だが俺が黒い薔薇を贈るのはリズだけだ。一生」


 自分だけの特別の花だと聞いたリズは目を細くして頷く。黒い薔薇は二人きりの秘密ではなくなっても、二人にとって特別な花だということは一生変わらない。


 予定されていた位置に着くと、ゼフィールとリズは立ち止まって集まった面々を見渡した。皆は静かに二人に注目しており、生唾を飲む音ひとつでも聞こえていそうなほど静まり返っている。


 少しの間を持った後、ゼフィールははっきりとした口調で言い始めた。


「本日、ここに集まってくれた皆に感謝しよう。

我、オストール国王ゼフィール・クラネスはリズ・ベルモットとの婚姻をここに宣言する。―――リズ」


 名を呼ばれたリズはゼフィールの方へ向き直り、顔を見上げて彼のプラチナブルーの瞳を見つめる。緊張していたけれど、高揚感の方が勝っているからだろうか、体が震えることはない。

 遠くの方でエレノアが静かに号泣しているのが見えてうるっときたが、リズは視線が自分に集まっているのをひしひしと感じてきつく口を閉ざし誤魔化す。


「生涯にかけて国の礎となり尽くすことを誓うか」

「はい・・・誓います」

「祖を誇り敬い末永く血を繋ぐことを誓うか」

「はい、誓います」

「妻として王に仕え母として民を養うことを誓うか」

「はい、誓います」


 一筋の冷たい風が吹き、リズのドレスのスカートが靡いてふわりと広がった。


「リズ・ベルモット―――並びにリージア・フリーデン、今、奪った名を返そう」


 え、とリズは目を大きくする。


「でもその名前は・・・」


 リージアは公式では死んでいることになっている。今でこそ公然の秘密となっているが、国が大声で処刑したと謳っていた者の生存を認めるのは尊厳に関わる。ゼフィールの立場を考えるとあまり良い案だとは思えなかった。


「問題ない、俺はリズをこの世に産み落としたご家族に感謝したい」


 例え彼らがゼフィールの政敵であり命を狙う者であったとしても、彼らなしにゼフィールはリズと出会うことはなかった。


 リズはゼフィールを見上げたまま小首を傾げる。


「でも私は陛下に“リズ”と呼んでいただくのが好きです」

「ああ、これからもそう呼ぼう。ただ俺はフリーデン家で育ったリージアも、ベルモット家で育ったリズもどちらも愛おしい。全部欲しいんだ」


 今までリズが辿って来た軌跡を全て受け入れて妻として迎えたい。その想いにリズは破顔すると、細い腕を大きく広げてゼフィールを自分から抱きしめた。








「あのぅ・・・」


 ざわざわとあちこちで歓談が交わされる中、遠慮がちに声を掛けられたクロウは後ろを振り返った。


 そこには見知った貴族の顔が。


「はい、なんでしょうか」

「陛下たちにお祝いの御言葉を述べた方がよいのでしょうか・・・」


 チラリと彼の視線が向かった方を見て、なるほど、とクロウは納得した。

 ゼフィールとリズは未だ抱き合ったままピクリとも動かない。周りが勝手に乾杯をし話し込んでも、彼らは自分の世界に浸りきりでお構いなしだ。招待客は祝いの言葉を述べるのが常識だが、とてもじゃないけれど話しかけられない。


「いいですよ、無視して」

「え、でも・・・」


 後で非常識だと非難されないか不安なのだろう。しかし、あの二人に割り入って話しかけられる者は誰も居ない。


「いいんです」


 クロウは苦笑して言った。今日はゼフィールとリズにとって特別な日だ。彼らの好きにさせたらいい。


 貴族の男は仕方ないか、と肩を落としてすごすごと去って行った。


 ゼフィールとリズは周囲に目もくれない。今まで犠牲を払ってきたものや、これから先の苦難を想いながら、今ある幸せを噛み締めて静かに抱きしめ合う。

 そしてとうとう結婚式がお開きとなるまで、二人はついぞ離れることはなかった。


 そんな二人を至る所に飾られた黒い薔薇が見守る。


 国王と王妃の愛した黒い薔薇は、死を分かつまでの永遠の愛を誓う花として求婚に使用され、国民に末永く愛され続けることとなった。








最後までお読みいただきありがとうございました。お気に入り登録、評価、感想、誤字報告、皆様に支えられて完結まで辿り着くことができました。皆様のおかげです、本当にありがとうございました。

これからも執筆活動は続けますのでいつでも遊びにいらしてくださいませ。ではでは。


伊川有子

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[一言] はじめまして(*´∇`)ノ このお話とても好きです。とっても良かったです‼︎ ありがとうございました( ´͈ ᗨ `͈ )◞♡⃛
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