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 リズ・ベルモットは落ちぶれたといっても元は箱入りの貴族令嬢だ。そんな彼女はやや世間知らずである。


 麻色の服を着てどこにでも居るような容姿をした青年は、ベルモット家の向かい側のアパートから甘いジャムのパンをかじりながら眺めていた。


 (あ~あ。またお金も払わずに放り込んで・・・)


 彼の視線の先には鉄のポストに手紙を投函するリズの姿。彼女は顔の前で手を組んでしばらく祈ると、満足そうな表情をして家の中へ戻っていく。

 リズの頭の中では手紙とはポストに入れたら自動的に相手の元へ届くものなんだろう。本来ならば郵送局に行って金銭を払い、判を貰わなくてはならないことを知らない。


 そんな彼女の勘違いを助長させたのは、他の誰でもないこの男、ポットだ。


 オストールのお庭番として訓練を受けた彼の最初の仕事は、ただの手紙の運搬係だった。しかも機密情報でもないごくごく普通の手紙。ゼフィールに真顔で手紙を差し出されたとき、訓練を受けているので表情には出さなかったが、なぜ?と思いながら粛々と承った。国王ともなればただの世間話の内容でもお庭番を使うものなのか、と。


 そして手紙を渡す相手、リズ・ベルモットの存在を知ってポットの疑問は増すばかり。なんであの人は自分の政敵に、一番の脅威である彼女に手紙を送っているのだろう。


 お庭番であるポットはゼフィールに意見することはできない。ただ命令通りに手紙を運び続けるしかなかった。

 そのうちリズ自身も"黒薔薇の御方"とだけ書かれた住所も名前もない手紙をポストに入れるようになり、ポットの仕事は二倍になったわけだが・・・。


 (なんつー奇妙な)


 ゼフィールは政敵であるリズへ向けて何年も手紙を送り続けている。そしてリズは手紙の相手をゼフィールだとは知らずに一生懸命返事を書いているのだ。


 お金を包む様子はないので純粋に二人は文通しているのだろう。傍から見れば慎むべき文通でも、まあ当人たちは楽しそうにしているのだから、とポットは自分に言い聞かせて仕事をこなす毎日だ。

 手紙を運ぶ仕事がない時は、リズをできるだけ遠くからプライバシーに支障のない範囲で見守れ、との命令が下っている。過保護だが、これがリズから両親を奪ったゼフィールなりの贖罪なのだろうか。それとも逆に政敵に対する警戒を続けているだけなのか。


 そして事件は唐突に起きた。


 (あわわわわわわわ!)


 やっちまった。

 妖しげな大人の雰囲気漂うパーティーで、二人は偶然鉢合せるなり言葉もなくちゅーしはじめてしまったのだ。


 いかん、これはいかん。相手がリズでなければ、女に興味を示さず結婚する気配のない王がようやく性に目覚めたか!と一国民として喜んでいただろうが・・・。


 ポットは頭を抱え、屋根の上で唸った。

 ゼフィールはもちろん、リズもゼフィールの正体に気づいていないはずだ。もしこのまま部屋に雪崩れ込み間違いが起こったとしたら大問題になる。


 しかしポットは口をアワアワさせながら、今にも服を脱ぎ始めそうな二人を見守るしかない。お庭番には主の行動に進言する自由などないのだから。

 

 (誰か~。誰か止めてくれ~。)


 必死に祈っている間にも、二人の絡みは更に深くなり過激になっていく。ここは主に敬意を払って目を閉じるべきなのだろうかと迷っていると、ようやく、ようやく待ちに待った人物がやって来た。


「陛下ー!」


 現れたのは側近のクロウ・ベレー。姿の見えなくなったゼフィールを探しに来たらしい。


 (神様、ありがとう・・・!)


 救世主の出現に感謝すると、ポットは早足で逃げていくリズの背中を見守る。

 可哀相だがこれが現実だ。取り返しがつくうちに気づいて良かった。


 会場を去っていくリズはガツガツと足音を鳴らす少し乱暴な歩き方。今まで彼女が怒ったのを見たことはなかったが、まあ当然だよな、とポットはリズの落胆する気持ちがよくわかった。知らなかったとはいえ両親を殺した相手とキスしてしまったのだから、あの温厚な彼女が怒るのも無理ない。


 一方でゼフィールはリズに突き飛ばされたのを最後に動かなくなっていた。


「陛下?どうかなさいましたか?彼女が何か?」


 不思議そうに尋ねてくるクロウに、重い口を開くゼフィール。


「・・・なんでもない」


 なんというか、こちらは怒っていたリズとは対称的に、気持ちのやり場がない、というように立ち尽くしていた。


 あれ?とポット。


 (陛下は気づいてたんかな?)


 だとしたらもっと話は残酷だ。救いがない。後から自分に相応しくない相手だと気づいたなら気持ちを切り替えられるけれど、最初からわかっていたならそれができない。


 結ばれない相手への想い。運命を別つ二人の、たった数分の逢瀬。

 こんなの、ただのお庭番が心に秘めておくには重すぎる。


 ポットは深いため息を吐き出し、先程以上に頭を抱えることになってしまったのだった。






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