12-2
リズはベルモット家がショーケンへ引っ越してから二度だけ手紙を送っていた。一度目は城勤めの間、無事に生存を報告するだけの簡単な手紙。二度目はジェイスとの婚約を知らせる手紙だ。
ジェイスがゼフィールに毒を盛った事件は既に世間で噂になっているためベルモット家の耳にも入っているだろうが、リズは日々の忙しさのあまりベルモット家へ無事を知らせる手紙を送るのを忘れてしまっていた。向こうはリズがどこに住んでいるのか知らないので連絡の取り様がなく心配しているかもしれない。
ある日リズはレッスンの途中でそのことに気付き、すぐに無事を知らせる手紙を送ることにした。ゼフィールとの婚約はほぼ公然の秘密となっているため、せっかくなのでゼフィールとの婚約も合わせて報告しようと思いつく。
ところがゼフィールに許可を貰いに行くと話がどんどん進んでしまい、何故かリズはゼフィールを伴って直接ベルモット家に挨拶に行くことになった。ベルモット家失くしてリズの平穏な生活は無かっため、感謝も込めて報告は直接出向くのが筋だろうとゼフィールが押し通したらしい。
仕事のスケジュールを立て直し、多少無理はしたが、なんとか時間を確保してゼフィールとリズはショーケンへと向かう。
首都からショーケンまで馬車で約一週間、書類や会議に追われず誰にも邪魔されない時間は有意義な婚前旅行となった。
ベルモット家がショーケンに構えた住宅は人目を引くほど立派で豪華だが、どこか昔の風情もある古風な造りをしていた。おそらく朝食をとっている所なのだろう、楽しそうな会話が開いた窓から漏れ聞こえてくる。
扉の前に立ち、大きく何度も深呼吸をするリズ。
「大丈夫か?」
隣から心配そうに見下ろしてくるゼフィールに、リズはコクコクと小さく頷く。五年間も一緒に暮らした人たちだ、しばらく離れていた上に報告の内容が内容なので緊張するがきっと大丈夫。
リズは意を決すると、重厚な木造りの扉を三回ノックした。固くてちょっとだけ手が痛い。
「はい、ただいま」
屋敷の中から若い女性の声がして、すぐに扉が開いた。リズは見たことのない女性に体を強張らせると、若干口をパクパクとさせながら必死に声を出す。
「あ、あの・・・、リズ・・・ベルモットと申します・・・」
ご挨拶に伺いました、と言い終える前に女性が「ああ!」と大きな声を上げた。
「城下で一人暮らしされてるお嬢様ですね!さあ、どうぞっ!」
彼女はここでお手伝いをしている方らしい。リズのことを聞いていたのかあっさりと中へ通してもらい、リズはゼフィールを引き連れてどぎまぎしながら笑い声の聞こえるダイニングへと向かった。ちなみに護衛の兵士たちは屋敷の周りで警備にあたっており、失礼になるからと中まで入ってくることはない。
「旦那様、お嬢様がいらっしゃいましたよ」
「やあやあ、よく来たねえ」
義父のフレッドはパジャマ姿で牛乳瓶片手に新聞を読んでいる所だった。リズを見るなりにこやかに笑い、次に少しだけ遅れてやって来たゼフィールを見て動きを止める。同じダイニングについていた義母のイルダも長男のクリフも見慣れない男の姿に頭の上にはてなマークを浮かべて固まった。誰もが目を奪われるほどの美しい容姿で値打ちものの立派な剣を携えており、どこからどう見ても只者じゃないと一目で分かる。
なんと切り出してよいかわからないリズがもごもごしていると、助太刀しようとしたゼフィールより先に声をかけたのはイルダ。
「遠い所をよく来たねえ。心配してたんだけど元気そうで良かったよ。それで、その方はどちら様?」
「え、えっと・・・―――ゼフィール・クラネス陛下です」
ガタガタッと椅子が倒れる音が響いた。立ち上がりかけていたクリフがスッ転んだためだ。フレッドの手から牛乳瓶が滑り落ち、床の上でドボドボと音を立てながら白い水溜まりを作る。
紹介を受けたゼフィールは一歩前へ出て口を開いた。
「お嬢さんとの婚約のご挨拶に参りました。お父様、お母様」
気合の入った言葉を放つゼフィールに、イルダは「ひ、ひぃっ、」と細い悲鳴を上げた。
「まあ・・・そんなことになってたんだねえ」
血圧が上がり過ぎて眩暈を起こしたイルダは座ったまま頭を抱えて苦笑いをする。顔を見せに来たのかと思えば国王を伴っていたリズに、もしや正体がバレてお咎めがあるのではないかと血の気が引き、その後ゼフィールが“婚約”と言い出したので大混乱を起こしてしまった。
一通りの話を聞いた後、ベルモット家の人々はホッとするやら驚くやら。
「可愛い可愛いとは思っていたけど、まさか陛下を射止めてしまうとはねえ」
イルダは隣の席に座っているリズの頭を撫でて笑った。
暖かくて柔らかい手にリズは唇をきゅっと引き締めてじんわりと滲み出てきた涙を堪える。リズが路頭に迷った時、リズを拾って育てると決意してくれたのはイルダだった。優しくて温かくていつもパンの良い香りを漂わせているイルダは、貴族然としていたリズの実母と少し違うけれど、庶民的で理想的な母親そのものだった。
ベルモット家にお世話になっていた頃は心を開くことができず、甘えることもできなかったけれど、今思い返せばどれだけ人に恵まれていたのかがよく分かる。万が一に備えて同居という体をとっていたが、実際には赤の他人のリズを実子のように大切に親身に扱ってくれていたのだから。
絞り出したような小さな声で、リズは遠慮がちにきゅっとイルダの服の裾を握る。
「本当に・・・お世話になりました・・・」
イルダはまるで警戒心の強い幼い子どもがようやく懐いたかのような心地になり「あらまあ」と顔を綻ばせた。
「幸せになるんだよ。私も親だから分かるんだ、ご両親はきっと喜んでいるよ」
「・・・っはい」
イルダの胸を借りてぐずぐずと泣き出すリズに、向かい側の席からクリフは指を咥えて見ている。
「いいなあ、僕もリズに懐かれたかったのに・・・」
「お前は最初にリズを無理やり連れまわして歩いていたからなあ、そりゃあ嫌われるわな」
「だって妹欲しかったんだもん。父さんだって散々着せ替えて遊んでたから嫌われたんだよ」
「俺は嫌われてないぞ!」
「うそだー」
「こら、陛下の前でみっともないからお止め」
グチグチと言い合う男二人を、イルダがぴしゃりと叱って黙らせる。彼女はリズを腕の中で抱えたまま静かに話を聞いていたゼフィールの方を向いて謝った。
「申し訳ありません、陛下。本当にうるさい家族で・・・」
「いいえ、あなた方には行き場のないリズを受け入れてくれたことを本当に感謝しています。彼女を世間の悪意や魔の手から守ってくれたことも」
ゼフィールは背筋を伸ばし改まって言う。あの時のゼフィールは自分の身の回りの変化で忙しく、即位したばかりの厳しい監視の中で生活していたためにリズを助けるまではできなかった。ただでさえ狙われやすいリズのことだ、ベルモット家の人々に受け入れてもらえなければ一体どうなっていたことか。
「ぜひお礼をさせていただきたい」
「いえいえ、お礼なんていただけませんよ」
フレッドは大きな声で笑って言った。ベルモット家はオストールでも有数の商家でありその人脈は広く、貴族と変わらないほど裕福なので国王からわざわざ謝礼を貰う必要はない。
「その代わり孫に会わせておくれよ。二人の子ならきっととびきり可愛いだろうね」
イルダの言葉にリズは顔を上げると、少し照れたように頬を赤く染め、嬉しそうな笑顔で大きく頷いた。





