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その後しばらく泣き続けていたリズも、長めにお湯へ浸かれば多少は落ち着きを取り戻すことができたようだ。擦ってしまったのか目が赤くなっていたが午後には普通に会話できるまでになった。
「まあ、お庭番さんだったのですね」
身綺麗にして部屋のソファに座っているリズは、自分を城まで連れ帰ってくれた青年がお庭番だと知って感嘆の声を上げる。
「はい、ポットと申します。そんなに誉められた職業ではないんですけどね」
「いいえ、立派なご職業です。私には縁遠くて・・・とても務まりません」
確かに運動音痴のリズには無理だろうな、と思いポットは苦笑いをした。
「ありがとうございます」
「ポットさんと仰るのですね。失礼ですがずいぶん変わったお名前ですね・・・」
「本名で足がつくと困るのであだ名で活動するんです。他にもカップとかフォークとかいますよ」
「まあ、可愛らしい」
「そうおっしゃって下さるのはリズ様くらいです。普通笑われるので」
和やかに会話する二人の間に今朝のような殺伐とした雰囲気はない。ポットはずっとリズと会話してみたかったので念願叶ってニコニコと笑顔を振りまく。
「陛下とリズ様のお手紙を運んでいたのも僕なんですよ」
「え、そうなんですか?・・・その節は本当にお世話になりました。私、てっきり配達屋さんが運んでくださっているものなのかと・・・」
「普通の手紙ならそうですが、あれは特別な手紙ですからね」
急にゼフィールとの手紙が懐かしくなったのか、リズは少し遠くを見て小さく微笑んだ。
「あの手紙には本当に・・・助けられました。陛下とポットさんのお陰ですね」
「そんなそんな、陛下のご命令で運んでいただけですよ。大した事はしていません」
「だって届かなかったら手紙読めないじゃないですか」
リズの可愛らしい発言にポットの頬の筋肉が緩みまくる。そして「こりゃ天然のタラシだなあ」と男たちがリズに惚れ込む理由がよくわかった。リズは傍に居るだけで庇護欲を煽ってくるし、穏やかな声の所為だろうか、話しているだけで頭の中がふわふわするような高揚感に包まれる。リズの人を虜にする独特な雰囲気にゼフィールも例に漏れずノックアウトされてしまったのだろう。
「僕、リズ様が陛下とのご結婚に了承してくださってすごく嬉しいです」
「あ、ありがとうございます・・・」
赤らんだ頬を両手で抑えるリズが可愛くて、また一段とポットの頬の筋肉がだらしなく下がった。
「お辛い時によくご決断してくださいましたね」
これほど辛い一日はそうないのではないか、というほど最悪な日だっただろう。体も心もボロボロだったはずなのによく決断できたな、と感心する。
「私、もともと陛下に望まれたなら断るつもりがありませんでした・・・」
「そうなんですか?」
リズはこくりと頷く。
「お側に居られるなら辛くても死んでも後悔しないので」
ただみっともなく足掻いていたのは、ゼフィールとジェイスが和解して手を取り合う道があるのではないかとあり得ない夢を見ていたからだ。しかし地下牢でジェイスと話した時、リズはようやく夢から覚めて現実を思い知った。ジェイスは人生を復讐にかけている。対立は避けられないのだと。
「陛下って押しが弱いですよね。いっつもリズ様が行動するまで何もなさらないじゃないですか、あの方」
「陛下の御身は陛下お一人のものではありませんから」
「リズ様は可愛らしいだけじゃなくてお優しいですねえ」
「えっ、そんな・・・」
再び赤くなって俯くリズ。
「おい、口説くな」
低く怨念の籠った声を発するのは、いつの間にか部屋に居たゼフィールだ。走って来たのか肩が若干上下している。
ポットは即座に立ち上がってピッと背筋を正した。
「口説いてはおりません!未来の王妃様を褒め称えておりました!」
「ならばよい」
「はっ、御前を失礼します」
ポットは素早く扉の前へ行くとゼフィールとリズに背を向けて直立した。
「リズ、遅くなってすまなかった」
ぎゅっと痛いほど強く抱きしめられるリズは頬をゼフィールの胸板に押し付ける。こんなに安心できて幸せになれる場所なんて世界中のどこを探してもない。
上から降り注ぐキスの雨にリズは耳まで赤くなって固く目を閉ざす。しっかりゼフィールに掴まっていなければ膝から崩れ落ちそうだった。
「ひゃっ、陛下、待ってください、耳はっ・・・」
ねっとりと耳を舐めあげられてリズは情けない悲鳴を上げる。舌の感覚にも息遣いにも頭の中がクラクラしてどうにかなってしまいそうだ。
「ん、わかった、嫌ならしない」
「嫌では・・・ないですけど・・・」
消え入りそうなほどぼそぼそとした声で言うリズにゼフィールの口角が上がった。何度も何度もリズに触れる夢は見たが、こうやって幸福感に包まれてリズを抱きしめるのは初めて。華奢なのに女性らしい柔らかさのある体触れて欲は留まるところを知らない。
ソファに座っているリズの上へ覆いかぶさるように乗り上げると唇を重ねる。味わうように何度も吸い取って部屋にちゅっちゅっと軽い水音が響き始めた。
「すみません、私もいるんですけど」
後ろから聞こえて来たクロウの声にゼフィールはしぶしぶ顔を上げて苦い顔をする。
「知っている」
「だったら少しは遠慮してください。では始めますよ」
クロウは疲れているのかどかりとテーブルの椅子に腰を下ろし、紙やインクを並べてペンを構えた。
「何をする気だ」
「何って、作戦会議ですよ。リズさんと結婚するには議会の承認が必要ですからね」
「・・・そうだな」
ゼフィールはリズの隣に腰を下ろすと、リズを抱えて己の膝の上に置く。
リズは顔をリンゴのように真っ赤にしてゼフィールの服にしがみ付いた。今しがた触れられたばかりで心臓がばくばくと大きく鳴っており、頭を冷静に切り替えるのは難しい。
「それで、どうやって承認させればいいと思う」
「貴族が承認するわけないじゃないですか」
貴族たちはリズがハーバートの娘だという事実に拒否反応を示すだろう。ゼフィールを支持したばかりにハーバートから酷い待遇を受けたドゥーベ家やベレー家はその筆頭だ。
「じゃあお前はどうするつもりだ」
クロウが勧めたからには勝算があったからに違いない。でなければリズとの結婚はどんなにゼフィールがせがんでも一ミリも頷かなかったはず。議会が承認せず結婚できなければ、結局城内を掻きまわすだけ掻きまわして何の実入りもないのだから。
「数の力を使うんですよ。あなた達の話を全部本に書いて全国民に晒します」
はい話して、と言うクロウにゼフィールとリズは口を開けて同じような顔で固まる。
「全部話してください。どんな出会いだったか、どんなことを思っていたのか、何に躊躇して何に苦しんだのか、夢の内容も、全部」
「ほ、本?」
「はい、とびきりのラブロマンスに仕立てて国民の共感と同情を買うんですよ。ちゃんと全て話してくださいね、逢瀬の内容やどんな接触があったとかも全てです」
「成人向けになっても構いませんので」と言われたゼフィールとリズの表情は筆舌に尽くしがたかった。
文字通り全てを語る間、二人は青くなったり赤くなったりで大層忙しかった。人前ではあまり言えないような恋心をつらつらと語らなければならない上に、己の欲望や葛藤、想いの全てを明らかにしなければならない。しかもその話を相手が真横で聞いていて全国に向けて公開されるのだから、もうゼフィールとリズにはとてつもなく堪らない作業だった。
夢の中の話まで事細かに聞き出され、淫夢の内容も詳細に語らなければならなかったゼフィールの目は途中で死んだ。ちなみにリズは聞くよりも話す方が恥ずかしくて始終プルプルとウサギのように震えていた。
「はい、まあこんなものでしょう」
クロウが納得したのはどっぷりと夜が更けた後のこと。半日かかってようやくゼフィールとリズの羞恥に悶え苦しむ時間は終わる。
「大丈夫か・・・?」
ぐったりとした様子のゼフィールは腕の中にいるリズを見下ろし、彼女の目が閉じていることに気付いて慌てて口を閉ざした。
「そりゃ疲れたでしょうね」
くーくーと可愛らしい寝息を立てて眠っているリズ。クロウは苦笑して大量の紙を纏めると静かに立ち上がる。
「言っておきますが正式に結婚するまで2人きりは禁止ですよ」
「鬼か」
「直前まで他の男性と婚約していたんですよ?ご懐妊されたらよからぬ疑惑を生みます」
ゼフィールは奥歯をぎゅっと噛み締めて「わかっている」と答えた。言葉が素直な割には納得いかないような拗ねたような声色だったが。
「あなたも交代して休みなさい」
クロウはポットに声をかけると部屋を退出し、同時にポットも軽く頭を下げて部屋から出て行った。
残されたゼフィールはリズを抱き上げてベッドまで運ぶと、優しく降ろして靴を脱がせる。彼女の寝顔は目の下が赤く腫れており、可愛らしいと同時に可哀想なくらい痛々しかった。今日、どれほどの涙を流したのだろう。
ゼフィールはそっとリズの目元に指で触れる。
きっとリズにとっては綺麗なハッピーエンドじゃない。色んなものを犠牲にして、耐えて、乗り越えなければ結ばれることはなかった。それでもリズは大事なものを捨ててまでゼフィールを守ろうとした。苦難に立ち向かう決意をしてくれた。
今までは離れた場所からリズの幸せを祈り幸せを願っていたが、これからは彼女の隣でリズを守り抜こうと覚悟を決める。彼女の覚悟に報いるよう、自分にできる全ての力をもってリズを幸せにする。
リズの寝顔に軽く口づけをすると後ろからじっとこちらを見てくる視線に気づき、ゼフィールはため息をこぼしながら口を開いた。
「わかっている」
ポットの代わりの護衛、兼、見張り役だ。
「何もしない、一緒に居るだけだ」
今はただこの幸福に浸りたい。
ゼフィールは見張り役のお庭番が反論しないのを確認すると靴を脱いで静かにリズの隣に横たわる。彼女の華奢な体を腕の中へ閉じ込めると、ゼフィールも疲れていたのかあっという間に夢の中へ旅立った。





