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1―4



 人の出入りが多く賑わいのある城も、国王が住まう本城の周辺は静寂に包まれている。


 クロウ・ベレーはいつも通り議案を提出するために本城の廊下を歩いていた。明るい内装には似つかわしくないほど人の気配がない中、目的地へたどり着いた彼は数回のノックをして分厚い扉の取っ手を手前へと引いた。


「失礼致します、陛下。マクミラン家より議案が到着致しました」


 陛下と呼ばれた青年、オストール国王ゼフィールは執務用の椅子に座ったまま、いつも以上に眉間の皺を深くして手紙を持ったまま釈然としない顔で固まっている。


「どうかなさいましたか?」


 返事すらないゼフィールを不審に思ったクロウ。何事ですか、とゼフィールの見つめている手紙を覗こうとしたが、それはゼフィールが手紙を素早く閉じたので中身どころか宛名さえ見られなかった。そんなに早く動けるなら返事くらいしてくれ、と心の中で愚痴を言いながらゼフィールの言葉を待つ。


「・・・エレノア王女のことなのだが」

「はい。あなたの婚約者候補ですがどうかなさいましたか?せっかく留学の手配をしてオストールに呼び寄せたのに一度も会おうなさらないあなたの婚約者候補ですがなにか?」


 己の言い分を込めた嫌味たっぷりの返事に、ゼフィールはしばらく無言を貫いた後、ゆっくりと話し始めた。


「語学の教師を雇ったというのは本当なのか」

「教師ですか?さあ、それは外務官の管轄なので私は存じ上げませんが」

「リズ・ベルモットに召喚命令を下したらしいんだが」


 クロウは目を何度かしばたたかせた後、実年齢より幼く見える容姿でクワッと食いかかるように見開く。


「リズ・ベルモットって、まさかリージア・フリーデンのことですか!?そんな馬鹿な!」

「俺も信じがたいが本人が・・・」


 ゼフィールがチラリと視線を落した手紙に、勘の働いたクロウはそれを奪おうと手を伸ばした。しかしゼフィールは渡すまいと素早く元の形に折って懐へしまう。


 当然、憤慨するクロウ。


「なにやってんですか!勝手に!」

「いや、ただ手紙のやり取りをだな・・・」

「どれだけご自分にとって危険な相手なのかご存知でしょう!?

それを手紙って・・・」


 呆れて物も言えない。もし彼女が生きていることが公になれば、以前ハーバード・フリーデンを支持していた一派が息を吹き返したように活発に動き出すだろう。彼女こそが真の王だと騒ぎ、ようやく落ち着いた王座を巡る争いが再燃してしまう。


「大丈夫だ。あくまで内密に、名すら伝えてはいない」

「ダメです!あの時私はリージアも処刑すべきと再三申し上げたことをお忘れで?」

「忘れるわけがないだろう」


 ゼフィールは遠い目をしながら昔を思い出して呟くように言った。己も巻き込まれた苛烈な王位争い、そしてその結末を忘れた日はない。


 クロウは大きなため息を吐き出した。


「仕方ありません、早々に解雇にいたしましょう」

「いや、待て。金が必要だと書いてあったんだ」

「命があるだけいいじゃないですか」


 やれやれと首を横に振られ、ゼフィールは額を手で抑えて俯く。解雇にしたらリズをは多額の給金を得られずに困ってしまう。もし手紙と共に金を送りつけたら怪しまれるだろうか。いくら手紙を交わした仲とはいえど、さすがに現金は気味悪く思われてしまうかもしれない。


「解雇・・・はあんまりだ。雇う前に止めるべきだったな」


 手紙を見る限り、リズは前向きに今回の仕事を引き受けたようにみえる。それに今の彼女はただの商家の娘、王命で解雇させる相当の理由が見つからない。彼女は一度正式な手続きを経て選ばれたのだから。

 ゼフィールの一声で解雇させれば余計に注目を集めてしまう可能性があった。


「身辺調査で問題ないと判断されたのでしょう。念入りに痕跡を消したのが災いしましたね」

「だがただの調査で見つかっても問題だった」


 ええ、とクロウは不満そうな表情で頷く。

 結局はあの時名前を捨てれば後は自由に生きろと野放しにしたのが原因だ。生きていなければ今こうして頭を悩ませることはなかった。


「・・・仕方ありません。今回は目を瞑りましょう。エレノア王女の指導なら長くて三ヶ月ほどでしょうし、幸い本人は大人しい方なので目立つこともないでしょう」


 まさかこの頑固者が折れるとは思わなかったゼフィールは勢いよくクロウの方を向く。


「いいのか」

「ええ、ただし、あなたもできるだけ会わないように気をつけてください。いつどのような形で牙を剥いてくるかわかりません。

陛下は彼女に深い恨みを持たれているということを忘れないでくださいね」

「恨み、か」


 ゼフィールは視線を落として目を細めた。


 リズとは何年も手紙のやり取りをしてきた。彼女は名前も明かさない人物相手を怪しむことなく様々な心境を手紙に綴っていたが、悲しみや寂しさを吐き出しても家族を奪ったゼフィールに対する恨みの言葉はなかった。それどころかかなり心を許しているような―――もちろんリズは文通相手の正体は知らないわけだが―――信頼されていると思えてくるほどだ。


 極めつけはこの間のパーティー。なんであんなことになったのかゼフィール自身もわからなかった。最初に手紙を送ったときも誓って下心があったわけではない。

 なのにどうしてか、彼女の姿を見た瞬間に言い様のない高揚感に襲われて、リズの気持ちも確かめずにあのようなことになってしまった。


 リズが逃げ去った後、どれだけ深く後悔したことか。


 その後リズから送られてきた手紙には何もかも正直に書かれてあって、ゼフィールはしばらく罪悪感で夜も眠れなかった。


 ―――けれども、心のどこかでリズに触れられたことを喜んでいる自分もいる。短い間だったが、あの時のリズは間違いなく自分のものだった。そして彼女は一生あの日のことを忘れられないだろうと思うと・・・。


「最低だな」


 いつから自分は畜生になったのかと、苦々しげに吐き捨てる。


「なにがです?」

「なんでもない。それよりも議案を」


 ゼフィールが手を差し出せば、クロウはここへ来た理由を思い出して脇に挟んでいた書類を渡した。ゼフィールは乱雑に書類を置いて署名捺印をすると、クロウは眉間に皺を寄せて苦々しげに口を開く。


「署名する前に内容を確かめていただきたいのですがね」


 読みもせずに承認する行為は褒められたものじゃない。


「お前が寄越したのだから問題なかったのだろう?」

「はあ・・・まあ、そうですけど」


 クロウはもう一度ため息を吐いて、それ以上文句を言ってもどうにもならないことを知っている彼は頭を下げると、溜まっている自分の仕事を片付ける為に踵を返して王の執務室を去った。




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