7-2
リズが全てを話し終わった後、エレノアは両手で大きく頭を抱えていた。
「想像してたよりずっと根が深かったわ・・・」
すみません、とリズは小さな声で謝る。エレノアは顔を上げてリズを見た後、肩を上下させて呆れたようにため息を吐いた。
「もう、なんで謝るのよ。謝り過ぎるのはリズの悪い癖だわ」
「でも・・・」
エレノアには謝っても謝り切れない。ずっと彼女とゼフィールの仲を応援しておきながら横恋慕をしてしまったのだから。しかも教師という身では叱責されて首を切られてもおかしくないほどの不祥事だ。
「心配しなくても陛下がリズのことを気に入ってるのは気づいてたわよ」
えっ、とリズは目を見張る。
「私、リズみたいにニブチンじゃないもの。ずっとチラチラ見て気にしてたから好きなのかなって思ってたのよね。リズって陛下がいかにも好きそうなタイプだし。
しかも寝ぼけてキスされたんでしょ?陛下がリズを好きなのは確定よ」
きっぱり言い切られて、リズは唇を引き結んで俯く。ゼフィールが自分のことを好きだと聞いて嬉しくて、同時にエレノアやジェイスや両親への罪悪感で胸が痛んだ。
「その上で陛下が何もしないってことは、やっぱりリズがフリーデンの出自だということを重く見たからでしょうね。障害が多すぎる」
「はい・・・」
「陛下も生真面目な方だものね」
難儀だわあと、エレノアはさらっとした口調で言った。あまりショックを受けているように見えないのはリズに気を遣っているからだろうか、それとも本当に気にしていないのか。
「悪いけど、私じゃ力になってあげられないわ。これはリズが自分で決めなきゃいけないことよ」
エレノアは真面目な顔をしてリズの目を見ながら言う。
「誰を好きになるかは自由だけど、恋愛にはモラルもルールもあるわ。それを破るなら非難されるし後ろ指を差される。他人に迷惑をかけるんだからそれは受け入れなきゃならない事よ。
その上でリズが恋を叶えようとするのか、それとも諦めるのか、自分で選ばなきゃ」
リズは静かに考え込む。もしゼフィールと共にある未来を望むならば昨日のように悪意ある言葉を投げかけられることは幾度となくあるだろう。ゼフィールのように国を背負い、重圧を感じながら、王妃としての役目を全うしなくてはならない。
リズが大変なだけではない、ゼフィールにも迷惑をかけることになる。国王が貴族の支持を失うということは土台を失うことと同じ。八貴族を敵に回せばゼフィールは立場を追われる。もしかしたら命まで―――。
無理をして恋を叶えたとして、そこに二人の幸せはあるのだろうか。
リズはまだ何も答えを出せない。
「城勤めは一カ月以上まだ残ってるんだもの、陛下のことも従弟との結婚のことも急いで決めなくていいと思うわ」
エレノアは「それから」と続ける。
「もう一人で悩んじゃだめよ。リズは人と距離を置き過ぎなのよ、ちゃんと人に頼れるようにならなきゃ。そのままだと今後苦労するわよ?」
「・・・そうですね」
エレノアに話すことでリズはずいぶん楽になった。己の置かれている状況をちゃんと整理できたからだろうか。やはり一人で抱え込むのは良くなかったのだ。
「ありがとうございます」
「お礼は全部終わった後で聞いてあげるわ」
はい、とリズは小さくもしっかりとした声で言うと頷いた。
「しつれーい、お茶の時間よー」
突然断りもなく入って来たエレノアに、クロウは目をぱちくりさせて顔を上げる。何故エレノアがクロウの執務室にお茶と焼き菓子を持って来るのか。
「今日陛下は出ているとお伝えしたはずですが・・・」
「知ってるわよ。でも日課だから作っちゃった。食べてね」
「光栄ですが・・・私の所に持って来なくても・・・」
「アンリエッタたちにもベンにももう配り終わったの」
最後だったのか、と苦笑いをして有難く受け取る。
「そちらのテーブルに置いてください」
良い香りが狭い執務室の中に漂うとクロウは凝った肩を回して立ち上がった。
「疲れてるみたいねえ」
エレノアは可笑しそうに笑う。見た目は実年齢よりずいぶん幼いけれども、さすがに体は寄る年波には勝てないらしい。
そういえば、とクロウが不思議そうに訊ねてきた。
「どうやって居城に入って来たんですか?衛兵が警備についているはずですが・・・」
「聞いてなかったの?陛下が許可してくれたのよ。自由に出入りしていいんですって」
「そうですか」
そこまでゼフィールはエレノアに心を許していたのかとほっとするクロウ。しかし残念ながら許可が出た経緯は彼が思っているようなものではなかった。
「言っておくけど、陛下が許可を出したのはリズよ。私はおまけなの」
途端、さっとクロウの顔から赤みが消える。ものすごくわかりやすい反応に「ぷっ」とエレノアの口から笑い声が漏れてしまった。
「ごめんなさい、笑っちゃって。あなたたちにはとっては深刻なのよね」
「え?」
「陛下がリズのことを好きなのは気づいてたわよ」
「えっ・・・」
絶句するクロウ。
「ご心中お察しするわ。あなたたちが陛下に結婚させたいのは私の方でしょうから」
「・・・お怒りにならないんですか?」
「なんで?」
「姫様も陛下のことがお好きでしょう?」
エレノアはクロウの問いに目を丸くして、しばらくしてから大きな口を開けて笑った。
「私はオストールに結婚しに来たんであって恋愛しに来たわけじゃないのよ。他人の恋路を邪魔する真似はしないわ。立場上は応援もできないけどね」
クロウは押し黙り、ゆっくりと口を開く。エレノアはみんなが思っていたよりもずっと大人だったのだと感心した。
「本当に惜しい方です。あなたを選んでくださればいいのに・・・」
「ミタニアとしても陛下と結婚できないのは困るけどね。だけどやっぱりリズは友達だから、情がねえ・・・」
クロウはすっと顔から表情を無くして、探るようにエレノアへ訊ねる。
「彼女は・・・陛下のことをどう思っていると思いますか?」
「クロウさんが予想してる通りだと思うわ」
クロウの顔つきが険しくなったのを見てエレノアは続けた。
「でもね、二人とも生真面目だからそうそう周りに迷惑をかける道は選べないわよ。このままじゃクロウさんが心配するようなことにはならなさそう」
「そうですか・・・」
少し安堵した様子を見せたクロウにエレノアは釘を刺すように言う。
「それでも二人が一緒になる道を選んだなら、クロウさんもちゃんと応援してあげてよね。陛下たちには周りの協力が何よりも必要なんだから」
「それは・・・約束できかねます」
拒否されると思わなかったのだろうか、エレノアは目を大きくするとテーブルの上から焼き菓子を持ち上げた。
「じゃあこれはあげなーい」
そして部屋から出て行く間際にべーっと舌を出し去っていった。
クロウは一人になった部屋で呆れたように独り言を言う。
「・・・子どもですか」
全然大人じゃなかった。





