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6-5



 ゼフィールと本の間で会ってから数日経った。窓の外は酷い嵐で稲光が絶え間なく続く。雷鳴はどんな声もかき消してしまうほど酷くうるさくて、エレノアの授業はまったく捗らなかった。


「・・・ねえ、リズ」


 本から目を離したエレノアは物言いたげな表情で隣に座っているリズの方を向く。


「はい、なんでしょうか」

「何か私に言いたいことはない?」

「え?」


 リズは口を少し開けたまま呆けると、どういうことかと訊き返す。


「言いたいこととは?」

「なにか悩みでもあるの?少しやつれたんじゃない?」


 昼間、ジェイスにも同じようなことを言われた。リズは思わず自分の頬に触れるがそんなに変わっていないはずだと首を傾げる。


「ちゃんと食べてるんですけど・・・」

「うーん、なんていうか、人相が変わったっていうか。少し顔色が悪くて疲れてるように見えるのに目だけギラギラしてるの。やっぱり様子が変よ」


 エレノアはいつものようなふざけた調子ではなく真面目な顔をして言った。他人からはそんな風に見えているのかと、リズは唇を引き結んで俯く。


 あれから二人きりになることはなかったが、お茶の時間になるとエレノアの付き添いをしなければならずゼフィールと顔を合わせる機会はあった。できるだけ俯いて話さないようにしていても、気配は感じるし声も聞こえてくる。ゼフィールが側にいる時は何故かいろいろなものが麻痺をして苦痛を感じることはなかった。むしろ彼の存在を間近で感じられて胸が高鳴り、ゼフィールに会えたことが嬉しくて嬉しくて堪らなかった。


 しかしゼフィールが居なくなった後、再び自分の愚かさを突きつけられたリズは自責の念に押し潰されそうになる。楽になるのは一時的なもの、ゼフィールが居なくなれば残るのは後悔だけだった。


 幸福感と苦痛を何度も繰り返し味わう羽目になり、自分の感情に振り回され続けるリズ。人相が変わってしまったのは精神的な要因によるものだろう。


「そうですか?・・・自分ではよくわかりません」

「きっと疲れてるのよ。城に来てからずっと働き詰めだものね。まあ私の所為なんだけど・・・。明日一日休みを取ったらどう?」

「いいんですか?」


 ええもちろんよ、とエレノアは頷く。思えば城に来てから約1か月半、朝から晩までエレノアと一緒に居たので休息らしい休息を取っていなかった。


「昔からの知り合いに会ったんでしょう?別棟で働いているっていう。その人と一緒に食事にでも行って来たら?」


 いい気分転換になるわよ、エレノア。彼女が言っているのはジェイスのことだ。リズが昼食後会いに行っているからジェイスのことはエレノアも知っている。当然、関係性や結婚を申し込まれたことは黙っていたが。


「では・・・そうさせていただきますね」


 休みを貰えるのは有難い。一日だけでもゼフィールと離れて心の休息をとる必要がある。


 リズは小さく笑みを作って静かに言った。

















 翌日、リズは朝から本の間に詰めていた。本に没頭して頭を空っぽにしながら、いつもジェイスと話している四階奥のテーブルに座って彼を待ち続ける。


「お待たせ、今日は早かったね。待たせたかな?」


 昼頃になるといつも通りジェイスが現れた。リズは小さく首を横に振って微笑む。


「いいえ、今日は休みなので少しゆっくりしていました」

「休みなんだ。お昼まだ食べてないなら城下にでも行こうか」

「本当ですか?」


 ぱっとリズは顔を輝かせてる。ジェイスにも仕事があるのでいつもよりゆっくり喋ることができたらと思っていたが、わざわざ城下にまで連れてってもらえるらしい。


「うん。今は繁忙期でもないから平気」


 行こうか、とジェイスに言われてリズは手早く本を閉じた。



 城下の街に出るのは久しぶりだった。首都の中でも一番栄えている場所でたくさんの飲食店や王家ご用達を謳った鍛冶屋、洋服店、なんでも揃っている。リズの住んでいる本城は人が少なく静かなので、こんなに賑わっている場所に来るのはドキドキした。少し前までは近くに住んでいたというのに環境が変わるとこんなにも感じ方が変わるのかと驚く。


「ごめんね、馬車がなかったから歩きだけど、大丈夫だった?」

「はい、日頃運動不足なので助かりました」


 あはは、とジェイスは口を開けて笑った。


「何が食べたい?この辺りはなんでも揃ってるけど」

「えっと・・・うーん」


 優柔不断なリズはあちこち見回して悩む。聞かれたからには一軒くらい案を出したいところだが、食べたいものが全く思い浮かばなかった。


「ゆ、ゆっくり食べられる所ならどこでも・・・」

「ゆっくり、かあ。リズは人が少ない所の方がいいよね。この辺りだと・・・海鮮料理のレストランとかはどうかな?あっちの角にあるバゴーって店なんだけど、知ってる?」


 ジェイスが提案したのは個室のあるとても落ち着いた雰囲気の店。すぐにでも頷きたかったがリズは手持ちの資金に不安を感じて無言で固まる。先月の給金が入ったばかりだが、城内でお金を使うことはほぼないのであまり持ち歩いていなかった。


 察したジェイスは目を見開いてから大声で笑う。


「やめてよ!女の子にお金出させる真似なんてできないよ!」

「・・・結構お高い店ですよ?」


 以前ベルモット家の人たちと何度か訪れたことがあるが、一般的な庶民ではかなり奮発しなければならないようなお値段だ。出してもらうのは申し訳ない。


「僕相手に遠慮しないで。これでも貴族なんだけど?」

「・・・はい、そうですね」


 リズは考え直すと笑って頷いた。領地を持つ八貴族のうちのひとつ、ラスター家の当主となれば収入はリズの比じゃない。


「いこっ」


 手を引かれて無邪気に笑いながら店へと向かう。


 こうしてジェイスと一緒にいる間はリズも童心に返って普通に笑うことができた。たくさんの思い出話は尽きることがなく、昔を懐かしみながらジェイスの話に耳を傾ける。忘れかけていた出来事もジェイスはよく覚えていて、幼いリズの失敗談を聞いて恥ずかしそうに笑うリズ。


「これは覚えてないかな、僕が手を掴んでいたのにすり抜けて綺麗に回転しながら落ちて行ったんだよ。なのに掠り傷ゼロ!」


 階段から落ちてしまった時の話に、リズは薄っすらとある記憶を手繰り寄せて言い訳をする。


「あれは・・・落としてしまったお人形を追いかけようとして・・・」

「だからって自分も転がって落ちていくことないでしょ。みんなびっくりしてたよ」

「・・・すみません」


 目の前に置かれた料理は茹でた大きな海老を豪快に使ったパスタ。城では人数が多い為、一度で大量に作れるパンやスープが多く、パスタを食べるのは久しぶりのことだった。

 ジェイスは魚と野菜などを一緒に煮込んだ料理。香辛料の良い香りがしてどちらの料理も美味しそうだ。


「別棟の方はいつも城下に食べに来るんですか?」

「食堂があるよ。もちろん、城下に食べに行く奴もいるけど、仕事で忙しい時は城の中から出られないからね。味もまあまあ美味しいよ」

「へえ・・・」


 別棟に食堂があることを知らなかったリズは感嘆の声を上げる。たしかに城の敷地の広さや人数を考えると、本城にある厨房だけでは足りないのではないかと思っていた。厨房で作ったものをわざわざ部屋へ運んでもらえるのも本城の中だけのことらしい。


 料理と飲み物が揃ったのでさっそく食べ始めると、リズは大きな海老を見て困ったように笑った。


「どうやって食べよう・・・」


 貴族の家庭で出されるのはマナー重視で食べやすい料理ばかりなので海老の殻をむいたことなどなかった。対して人を集めなくてはならないレストランはインパクト重視、確かに見ごたえはある。が、食べ辛い。


「手伝うよ」


 濡れナフキンで手を拭いたジェイスがテーブルの向こう側から手を伸ばして海老の頭を胴体を切り離す。それでもバリバリと音を立てて硬そうだったので、リズは頭の部分を支えて二人がかりで殻をむくことになった。


「・・・食べます?」


 全ての殻をボールの中へ入れた後、海老のむき身をフォークで刺してジェイスに差し出すリズ。手伝ってもらったのでちょっとしたお礼だ。


「ん」


 ジェイスはパクッと差し出されたフォークに食らいついた。人目がある場所では憚られる行為だが、ここは個室なので誰もいない。


「うん、美味しい。そう言えばこうやって一緒に食べたことあったね。ほら、裏山の丘で」

「丘?」


 リズはいつの話だろうと考え込む。


「フリーデン家のタウンハウスの裏山でさ、一緒に夕日を見たこと覚えてないかな」

「夕日・・・ああ、あの時・・・」


 確か、リズがゼフィールに出会った歳のことだ。あの頃のリズは人見知りのくせに好奇心だけは旺盛で、家をこっそり抜け出しては両親にものすごく叱られていた記憶がある。

 そしてその時は、ジェイスも一緒に家を抜け出して裏山に登って遊んでいた。お腹が空いたら厨房に忍び込んで入手したパンやチーズを仲良く分けあって、リズはジェイスからこのように食べさせてもらったのだった。


「怒られるのが嫌で帰るに帰れなくて・・・二人で夕日を見たのでしたね」

「そうそう、綺麗だったよね」


 はい、とリズは頷く。


「今度は朝日も見に行きたいよね。あの丘は東側が開けているからきっと綺麗だよ」

「ええ、そうですね」

「約束ね」

「はい」


 リズとジェイスは視線を合わせて微笑んだ。





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