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5-4



 料理の奇才がとうとう凶器を作ってしまった。そしてその凶器によりベンが負傷、城へ帰還。お庭番はポットを含め3人潜んでいるが、何かあったら責任重大だとみんな神経を尖らせている。


 今はエレノアとリズが楽しそうに会話していた。全て聞こえるわけではないが、ポットは控え目ながらもはっきりと喋っているリズを見て少し体から力を抜く。


 最初こそエレノアに振り回され苦労していたリズだが、慣れてしまえばどちらかというとリズの方からエレノアの後を追いかけるようになっていた。更にはクロウのような小言まで言っているのだから、成長も成長、大成長だ。

 まあ、リズのあの小さな声で穏やかに言われても効果は薄いが、エレノアは乗せられやすい所があるので案外上手く操れている。


 そして楽しく食事をしている中、彼女たちはフランスパンを振り回して小石を飛ばし始めた。よく飛ぶなーと呑気に眺めていたポットだが、リズの番になると事件が起こった。バッシャーン!と激しい水音を立ててリズの体が湖に落ちる。


 一気に緊張感が走り、お庭番の一人が木から降りて駆けつけようとしたが、リズが落ちたところは浅く尻もちをついても胸から上は水から出ていた。わざわざお庭番が助けに行く必要は無さそう。


 シーンと一瞬だけ静かに静まり返ったのち、ゼフィールとクロウに腕を引っ張られ岸へ上がるリズ。


 (だいじょうぶか~?)


 最近、リズとゼフィールの接触が多いように思う。リズは相変わらずビクビクして俯いているが以前のように震えたりはしていない。

 ただ、ポットはゼフィールの異変が気がかりだった。ちらっとリズの顔を伺ったかと思いきや、思い切り視線を逸らして苦い顔をする。目を合わせないよう努力しているが自然と視線が向かってしまうんだろう。目の前に想う人が居るのだから無理もない。


 水浸しになったリズはエレノアにタオルで拭かれながら恥ずかしそうに俯き、しょんぼりとしている。ゼフィールも何かしなければと思ったのか近くをうろうろしていたが、クロウに睨まれて全く手を出せずにいるようだ。


 いつまでこんな茶番が繰り返されるんだろう。


 水濡れの姿で馬に乗ってクロウにペコペコ頭を下げるリズを見て、ポットは木陰に身を隠しながら心配そうに見守り続けた。
















 リズが水浸しになったので食事を切り上げて帰ることになった。


 ゼフィールは馬上で揺られながらエレノアの話しに一切反応せずに黙り込む。―――拗ねているからだ。


 結局、リズが落ちた後ゼフィールは何もできなかった。寒さに震えるリズを拭くことも、上着を貸すことも、声をかけることも。

 今、リズはクロウの上着を肩に掛けられ、時折小さなくしゃみをしている。その可哀相な姿に何かしなくてはと思うのに、ゼフィールが何かすることで逆に彼女を怖がらせたらと思うと身動きが取れない。

 そして側で彼女を守る役目を己の臣下がやっているのだから、嫉妬に不満を言うこともできずにゼフィールは黙り込む。


 最初こそまともに口を開かなかったリズだが、最近はゼフィールの前でもエレノアとよく会話を交わしていた。その優しく心地よい声に視線が吸い寄せられるように彼女の元へと向かってしまう。そして気付いたクロウに睨まれて視線を逸らす、ということが頻繁に起こっていた。


 許されるのならば、もっと彼女に話しかけて声を聞きたかった。彼女の瞳に自分の姿を一秒でも長く映していたかった。

 触れようと思えば触れられる距離に居るのに、あの柔らかそうな肌を視界に入れることすら許されないなんて。


 あと二カ月と少し、この状況に耐えなければならない。


「くちゅんっ」


 リズのくしゃみの音に後ろを振り返りそうになり、ゼフィールは前を向き直って小さく息を吐き出した。


 春の水は冷たい。早く帰ってリズを着替えさせなければ。


「急ぐぞ」


 ゼフィールはそれだけ言うと馬の横腹を蹴ってスピードを上げた。横座りしているエレノアが落ちない程度の速さで風を切るように下り坂を駆ける。すぐにも城の塔の一角が見えてきた。


「リズー!もう少しよー!」


 エレノアが後ろからついてくるリズに向かって声をかける。


 それから城に着くまではあっという間だった。馬から降ろされたリズはひざ掛けをかけられると、数人の侍女に付き添われて本城の中へと入って行く。


 その姿をしばらく見送った後、ゼフィールは馬の手綱を手に無言で俯いた。結局最後まで何もできなかったな、と。


「陛下、ご飯足りたかしら。今から仕事なんでしょう?余った分持っていく?」


 エレノアに訊ねられ、ゼフィールの代わりにクロウが申し訳なさそうに答える。


「すみません、これから予定が詰まっていて食べる時間があまり・・・」

「あらそう?じゃあ見舞いがてらベンに持って行ってあげることにするわ」


 まだ食べ足りなさそうだったし、とエレノア。ベンは巨体の大食いなので残っている分くらいはペロリと平らげるだろう。


 それはいいですね、とクロウは表情を柔らかくして頷いた。


「今日はありがとう、陛下。また明日ね」


 ばいばーいとバスケット片手に笑顔で手を振り去って行くエレノアは、ハプニング続きのデートだったというのに満足げ。


 2人馬と共に残ったゼフィールとクロウは馬小屋に向かってゆっくりと歩き出す。


「いい方だと思いますよ?」


 クロウが言っているのはエレノアのことだ。無視するゼフィールの失礼な態度にも怒らず、明るくていつも前向きな女性だ。座学には弱いが、今ある選択肢の中で王妃として最善だということは明らか。


 ゼフィールとて、エレノア自身を否定するつもりはない。


「わかっている」


 臣下によって徐々に外堀を埋められていることには気づいていた。それを拒否する理由がないことも。


「・・・わかっている」


 先ほどより小さな声でもう一度繰り返す。


 己に自由がないことは、とっくの前から知っていたことなのだから。

















 リズは冷たい水に濡れたが風邪はひかずに済んだようだ。ゼフィールへ新しく届けられた手紙には硬すぎるフランスパンのことも湖へ落ちたことも全て詳細に書かれていた。


 そしてなんと、ゼフィールのことも。


『陛下は何故か私の作る料理も食べられるようです。この間は硬いパンを必死に召し上がろうとしていて・・・よほど食欲が旺盛な方なのだと思います。以前は緑色のクッキーも全て召し上がっており、姫様の作る料理も我先にと急いで召し上がっておられました。大食なので陛下のご健康が心配なこの頃です。』


 これではまるでゼフィールが食いしん坊のようではないか。いつも急いで食べるのはエレノアから逃れて早く部屋へ帰りたいからに他ならない。とんだ勘違いだ。


「違う・・・!違うのに・・・くそっ!」


 ゼフィールは手紙を片手に苦悩する。否定したいが手紙で否定すると正体がバレてしまいかねない。どうすればリズの誤解が解けるのだろうか。




 それからしばらく、ゼフィールはエレノアの料理を半分残すようになった。


「陛下、どうしたの?ここのところ食欲がないみたいだけど胃の調子でも悪い?」


 エレノアに問われてゼフィールは無言でそっぽを向く。


 (俺は食い意地が張っているわけじゃないぞ・・・!)


 決死のゼフィールのアピールに、リズは気づくのか、気づかないのか。







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