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リズから新しい手紙を受け取ったゼフィールはいつもより返事を書くのに難航していた。なにせ実際に接触があるのだから、話題がゼフィールと文通相手の間で混ざるとまずいのだ。
執務室でペンを片手にぼーっとしていると、クロウが横から仕事をしろと急かしてくる。
「陛下!そろそろ早くこっちを片付けてください、会議に間に合わなくなりますよ!」
今年30になろうというのにゼフィールと同じくらいの年齢に見えるクロウはしばしば年齢詐欺と言われることがある。実年齢よりずいぶん幼い容姿をしている彼はゼフィールにとっては自分を長年支えてくれた友人であり優秀な家臣だ。ただし口うるさい。
「待て、今いい案が浮かびそうなんだ」
もちろん案とは仕事ではなく手紙の内容の話。クロウに知られて以来堂々と執務室でも手紙を書くようになったゼフィールに、クロウは大げさなため息を吐いてまだ署名も捺印もされていない書類の山を見た。
ゼフィールは世間で“氷のように残酷な王”と評されることがあるが、真実は全く異なる。クロウに言わせれば、この王はただやる気がなく王位や政治に無関心なだけだった。だから王としてやらなければならない最低限の仕事は事務的に淡々と済ませ、そこに人情味の欠片もないことから“氷のような”という冠詞がついてしまったのだろう。実際にゼフィールの仕事ぶりは機械的で、普通なら温情を与えそうな案件も血も涙もなくバッサリいってしまうのである。時には非情な措置も王として仕方のないことではあるが、そういうことの積み重ねで冷たいイメージが定着してしまったものだと思われる。
ただし、事務的にこなすゼフィールの人選と指示は的確なのだから、仕事は殊の外うまく回っており、まだ近しい者しか王の実態に気付いているものはいない。
クロウは再びため息を吐く。
“優秀なのにもったいない”それがクロウのゼフィールに対する評価だ。意欲さえあれば歴史に名を残すような素晴らしい王になれるのにと常々思うが、そういうやる気は他者から言われてどうにかなるものではないだろう。堕落したり仕事を放棄すれば注意しなければならないが、ゼフィールは嫌々ながらも最低限やるべきことはやるのだから、やはりクロウは黙って見守るしかない。
そもそも昔はこんなに無口でも無関心な人でもなかった。クロウは幼少期からゼフィールを知っているが彼はごく普通の少年だったように思う。
しかしある日突然前国王が儚くなり、ハーバートがまだ若いゼフィールを押し退けて王を名乗るようになると、一夜にして立場が不安定になったゼフィールからそれまで彼を慕っていた友人や婚約者候補が蜘蛛の子を散らすように逃げて行ったのだ。
ところがゼフィールがハーバートを亡き者にして即位したら、今度は離れて行った人々が戻ってきて胡麻摺りを始めたのだから、都合よく手の平を返す人々にゼフィールの心が半ば壊されてしまったと言っても過言ではない。
そして今では立派な人間不信の出来上がりである。経緯を考えれば無理もない話だ。
「こちらを書き終えたらすぐにやる。後で取りに来い」
「・・・わかりました。会議に間に合うようにお願いしますよ」
「わかっている」
ゼフィールはクロウが部屋から出て行くまで視線を書きかけの手紙から一切逸らさず、クロウは頭が痛くなって片手で抱え込んだ。
目下の問題は、彼が妃を迎えようとしないこと。王位はフリーデンを亡き者にすることで強固なものとなったが、今の政界では王妃を誰に据えるかで水面下の争いが続いている。妃にはゼフィールを幼少より支え続けたドゥーベ家やベレー家から選ぶのが妥当だと思われるが、優遇し過ぎて権力格差が広がると要らぬ争いの種を産んでしまう可能性がある。よって国内の権力闘争には無関係で利害の一致するミタニア王国の王女ならば、と臣下たちはエレノアを妃に推しているのだが・・・。
「クロウさん!ちょっと!ベン見なかった?」
アンリエッタが走ってくるのを見てクロウは足を止めた。竹箒片手にぜいぜいと息をする彼女の顔は真っ赤。また喧嘩しているのか、とクロウは苦笑する。
「見ていませんよ」
「はあ、またあの男は」
不真面目ったらない、とアンリエッタはぐちぐちと文句を言う。
「また何かありましたか?」
「廊下に足型がついてたんだよ!あの人また泥だらけの靴で城の中歩き回ってるんだから!まったく!」
「・・・ははは」
「なんで土を落とすっていう子どもでもできることができないのかねえ」
それからは愚痴の止まらないアンリエッタに、クロウは何度も相槌を打ち続ける。面倒だが仕方ない、王の生活環境の改善も広い意味では王佐の仕事だ。
「追いかけても足が速いから追い付かないし」
「まあ・・・あの方は捕まらないでしょうね」
「今度見かけたら言っておいておくれよ。私らはあんたのために掃除してるんじゃない!って!」
「わかりました」
「あ!そうだわ!クロウさん、今度陛下がまとめて時間を取れないかねえ」
急に話題が180度変わったアンリエッタに、クロウは「はい?」と聞き返す。
「姫様が陛下と城下に行きたいんだってさ」
「城下・・・ですか」
出かけたいという提案は喜ばしいものだが城下となると警備が難しい。剣を扱えるゼフィール一人ならともかく、護身術の心得がないエレノア王女に何かあっては大問題だ。
人通りが多い場所は危険な者が潜んでいる確率が上がる。もし城下へ行くならば兵士を動員し道を通行止めにして店も貸し切りにしなければならないだろう。そのためにはまず予算をつけて税務官に決済を・・・。
小難しいことを考えていたからだろうか、アンリエッタが大きな口を開けて笑う。
「まあまあ、そんな深刻に考えることはないさ。姫様はきっと陛下と一緒に居られるならどこでも構わないよ」
「それは有難い話ではありますが・・・」
「ちょっと気分を変えて外でお茶をするなんでどうだい?いっつも室内だろう?」
「ああ、それはいい案です。それくらいならスケジュールを空けるのも難しくないでしょう」
問題はゼフィールをどうやって頷かせるかだが、最近は割と大人しくエレノアの料理を食べているのでなんとかなるだろう。恋愛関係には程遠いが以前ほど警戒もしていない。結婚相手として承認させるならば別に恋愛感情がなくてもいい、信頼があれば十分なのだ。
いくら結婚を避けているといってもゼフィールのことだからエレノアに問題がなく妃が必要と判断したならするだろう。そのためにも、できるだけゼフィールとエレノアが接触する時間を増やしたいところ。
ただし、大きな問題がひとつ。エレノアが何故かリズを連れまわしている、ということだ。
傍から見てもエレノアが半ば無理やりリズを連れまわしているのは一目瞭然。エレノアからしてみれば単身でやってきた異国でやっとできた友人なのだから気持ちはわかるが、クロウとしてはゼフィールとリズの接触をできるだけ避けたい。しかし金魚の糞のようにどこへ行ってもエレノアとセットでついてくるのだから、もうどうにも避けようがなかった。
これは本当に頭の痛い問題だ。
ゼフィールがリズのことを憎からず思っているのは当然気付いている。責任感の強いゼフィールだから万が一、ということはあり得ないだろうが、それでも妃候補を迎えているこの時期にリズが現れるというのは考えうる限り最悪のタイミングだと言えた。
クロウだってゼフィールは大切な友人、彼には幸せになって欲しいと思っている。血反吐を吐くような苦労をして即位し、責任感だけを頼りにやりたくもない王をやらざるを得ないのだから、できることなら好きな人と結ばれて欲しい。
しかしリズだけは駄目なのだ。
彼女を表舞台に出せばあの緑色の瞳でハーバートの娘だとバレて、煮え湯を飲みながらゼフィールを支持し続けたドゥーベ家やベレー家が激怒するのは目に見えている。そして中立的な立場で娘を妃に推しているマクミラン家やコスチェッカ家も敵に回しかねない。
オストールでは王の土台となって支えているのは地方を収める貴族だ。その貴族の支持を無くしては王の権威が不安定なものとなり、したがって国内の政治が不安定になる。オストールは国土が広くとも今はあまり余力がないため、国力が落ちれば途端にどこかの国家に目をつけられて侵略を受けるという最悪の事態になり得る。
だから、リズだけは妃には据えられない。フリーデン派のアンクライン家やラスター家の娘ならまだどうにかできるのだが・・・。
「・・・明後日の昼頃はいかがですか?兵舎の視察と稽古の時間を削ればなんとかなります。一日身体を動かさなくても平気でしょう」
「わかった、姫様に伝えておくよ」
アンリエッタは晴れやかな笑顔で踵を返すと、背中を向けて去って行く。
他に誰の気配も無くなった廊下で一人、クロウは目を細めて考え込んだ。
エレノアを妃として迎えるのがオストールにとって一番良いだろう。国の安寧を願う臣下として最善だと思う選択肢を勧めるのがクロウの務めだ。
ただ一方で、できることならゼフィールの納得のいく相手と結婚できたら、とも思う。それは王佐としてではなく、ゼフィールの友人としての想いだった。





