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3-3



 エレノアは数時間経っても手紙を書き終えることができず、リズは次の授業として予定されていた歴史の時間を譲ってもらわなくてはならなかった。


 相手は地位も権威もある年配の男性。新任の教師なのに申し訳ないと、リズは頭を下げて必死に謝り続ける。


「申し訳ありません。姫様がもう少し続けたいとのことで・・・今日はお時間を譲っていただけないでしょうか」


 エレノアは頭を下げているリズの後ろで必死に古語と格闘している。そんな悪戦苦闘しているエレノアの姿もあってか、歴史の教師はため息を吐くだけで文句などは言わなかった。


「いいですよ。どうせ歴史の授業ではいつも寝ていらっしゃいますから」

「・・・すみません」

「姫様が勉学に精を出されるのは良いことです。この調子で歴史も頑張っていただきたいのですが・・・」

「本当にすみません・・・」


 リズは踵を返して部屋を出て行く男に姿が見えなくなるまでペコペコと頭を下げ続ける。


 そして。


「どうよ!」


 達成感たっぷりに大きな声を出すエレノア。リズはささっと彼女の後ろに回るとエレノアが書き上げた文を読んだ。指導の甲斐あってある程度できているが所々に間違いがある。


「では間違っているところを訂正しますね」

「えー?これじゃ駄目?」


 一生懸命頑張ったの、と上目遣いで強請られたが、他人に見せるものなのでせめて誤字だけでも直してもらいたい。いくら甘えられても無理なものは無理、ときっぱり首を横に振った。


「陛下に差し上げるものですから・・・もう少し頑張ってください。ちゃんと私が訂正しますから」

「わかったわ」


 リズはエレノアの隣に座り、今書かれた文の上に正しい文章と文字を書き加える。これで後は清書するだけというところで、エレノアにとって最も大きな壁が立ちはだかった。“い”の文字が複雑なので上手く書けず、形が崩れてしまうのだ。


「あー、もう!難しい!」


 少し崩れるくらいならば問題ないが読めないほど下手なので参ってしまう。

 文句を言いながらもエレノアはリズの文字を紙の下に敷いて透かしながら書こうとしたり(残念ながら紙は透けなかった)、どうにかこうにか似せようと手を尽くす。しかし上手くいかずに大量に破棄される紙の山を見たリズは焦ってエレノアの方へ身を乗り出した。このままでは紙がもったいないし終わりも見えない。


「では、難しい文字だけ私が代筆しますよ」

「やった!その方が楽だわ!」


 難しい所だけリズが代わりに書けば、今までの書き損じはなんだったのかと思うほどあっさりと書き終えることができた。


 既に空は赤らみ始めてしまっていたが。


 リズは初めての授業に疲労でぐったりとしていた。対してエレノアも慣れない作業が続いたのでぐったりだ。机に散乱した破棄される紙の量がその苦労を物語っている。


「終わったわね・・・」

「・・・はい」

「ふふふ・・・これで陛下もイチコロね・・・」


 エレノアは怪しく笑いながらニヤリと笑う。


 イチコロかはわからないが、実際にエレノアの手紙は良く出来ていた。所々筆跡が違うのはご愛敬だろう。あとはこれを渡して返事が来ることを祈るのみ。


 エレノアはパッと顔を上げてリズの方を向いた。


「そうだ、リズは食事はどうしているの?」

「私は・・・お城の方が部屋まで運んでくださるので・・・」

「じゃあ今日は一緒に食べましょう!」


 え?とリズが聞き返すと、エレノアは晴れやかな笑顔で拳を握った。


「私たち共に難関を潜り抜けた戦友でしょ!?今日は一緒にお祝いしましょう!」


 ただ古語の手紙を書くだけで戦友になるのならば、これからの授業は一体どうなってしまうのか。


 リズは顔をひくひくさせながらも断るための言葉が見つからず、曖昧に笑って頷くしかなかった。


















「失礼いたします、陛下」


 クロウが入室した時、ゼフィールは何をするでもなくぼんやりと窓の外を眺めていた。


「執務はいかがなさいました?」

「もう終えた」

「そうですか」


 手際がよいことは良いのだが、また雑に処理したのではと喜べないクロウ。足音が立たないほど静かに近づいて手紙を差し出す。


「エレノア王女よりお手紙が届いております。・・・―――受け取ってくださいよ」


 興味を示さないゼフィールにクロウは受け取って読むように促した。


 面倒だと思っていることを隠そうともしないゼフィールは、ぐいぐいと押し付けるように差し出されている手紙に、たっぷりと間を取り大きなため息を吐いてから手を伸ばした。


 封蝋はミタニア王国王家の家紋、(すみれ)


「陛下が無視するからですよ?せっかくわざわざ来ていただいたのに・・・」


 エレノアは国家公認の婚約者候補だ。建前上留学と銘打ってオストールに来たが実際はただのお見合いだった。

 結婚する気配のない王に痺れを切らした臣下たちがお膳立てをして場を整えたというのに、ゼフィールは一ヶ月以上無視し続けている。これでは準備に奔走した臣下はもちろんエレノアにも失礼というもの。


 わざわざ足を運んだのに放置されているエレノアが手紙を寄越してきたのは自然な流れだ。向こうは文句のひとつでも言いたいだろう。


「ちゃんと読んで、返事を書いてください」


 クロウは静かに強い口調で言うと、部屋から出ずにじっとゼフィールの手元を見つめる。きちんと読むまで見張るつもりらしい。


 ゼフィールはしぶしぶ封蝋を切って手紙を開いた。


 中に書いてある字を見て、少しだけ目が大きく開く。


「え、なに?何が書いてあったんですか?」


 僅かなリアクションも期待してなかったクロウはゼフィールの瞳孔が開いたことに驚き、後ろ側に回って手紙を覗きこんだ。


 書かれてあるのは拙い古語の文字。


「へえ、可愛らしいですね」


 罵詈雑言が書かれているのではと危惧していたがその心配は無用らしい。怒っている様子はなく、控えめにゼフィールのご機嫌を伺っているような微笑ましい内容のお手紙。

 お世辞にも上手いとは言えないが一生懸命に書いたのは伝わる。主に挨拶や自分のことについて語っており、こちらも幼さを感じるようなたどたどしいものだった。まさに可愛らしいという言葉がぴったりの手紙だ。


「あまり学習には身が入っていないと聞いてましたが・・・頑張っているようですね」


 クロウはそう言いながらチラリとゼフィールに視線をやった。


 ゼフィールはしばらく眺めるように手紙を見つめると、ふと視線を下げる。


「あなたの興味を引くなんて良い縁ではありませんか。

あ、ちゃんと返事を書いてくださいよ?後で受け取りに来ますからね」


 クロウはどこか満足げに部屋を去っていくと、ゼフィールは再び手紙に視線を戻す。


 クロウの手前では言葉にすることができなかったが、ゼフィールはエレノアの手紙に興味を持ったわけではない。ただ、手紙の所々にある文字が"リズが書いたもの"だと気づいてしまい、驚いただけだった。


 (彼女は古語が好きだったな・・・)


 手紙が古語で書かれているのはリズが勧めたからに違いない。これは難しい文字だから代わりに書いたのだろうとか、これは一緒にペンを握ったのだろうとか、そんな一生懸命に指導しているリズの姿ばかり想像してしまう。


 人見知りのリズに教師が務まるだろうかと少し心配していたが、手紙を見る限りエレノアとは上手くやっているようだ。四年ほど前、カフェで働こうとしたリズが人前でパニックになり泣き出したことを知っているゼフィールは彼女の成長を微笑ましく思う。


 話したがりのリズのことだから、きっと次に来る手紙にはエレノアのことが書いてあるのだろう。しかしそれよりもまず、この手紙の返事にも彼女は目を通すはず。


 彼女の城勤めが少しでも良いものになればと、ゼフィールはペンを取って返事を書き始めた。


















 二日後、ゼフィールから返事が来た。


 エレノアとリズは頭二つを横に並べ、上から手紙の文を覗き込む。


『私の名前はゼフィールです。金、青。』


 これは酷い、と眉間に皺を寄せるリズ。淡泊にもほどがある味気なさすぎる文字の羅列。きちんと古語を使っているが、それにしても熱意の欠片も見えない冷めきった文だった。


 返事が来たのが嬉しかったエレノアは万歳をして喜んでいるが・・・。


「やったわ!ようやく返事が来たわ!」

「良かったですね」


 喜んでいるエレノアには言えないが、どこからどう見てもゼフィールに好意はない。むしろ嫌がらせかと一瞬疑うほど酷い。

 ただし、未熟なエレノアを気遣ってあえて簡単にしたのだと思えば、まあ許せなくもない。それにしたって酷いが・・・。


「ねえ、見て!すごく綺麗な文字!」

「はい、良かったですね」


 内容はともかく、エレノアが喜んでくれて良かった。


 リズは小さく息を吐き出すと、はしゃぐエレノアの笑顔を見て小さく微笑んだ。




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