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誰にも愛されない男の愚痴と翌朝

作者: 余世理子


酒の席の冗談であってほしかった。



――4月最後の土曜夜。午前3時。



男は女の家で酔っぱらっているようだった。素面(しらふ)でも真意がわからないような男だが、綺麗な緑色の瓶の焼酎を飲んでいた。洗濯機の上にスマホを置いて細すぎる目を私に向けていた。



「おれに寄ってくる女はロクなのがいない。

酒にだらしがなく、すぐに身体を許し、精神を病んでいる。

体だけの関係はおれにはできない。勃たんのだ。

勢いで付き合うのは考えられない。

どうせ翌朝には、好きな男ができた、とか言っておれの元を去っていくんだろ。

おれはそれには耐えられない。


彼女のようすをたまにSNSで見かける。

一応片思いをしていたからね。でももう何とも思わない。

どうでもいい。どうでもいい。」



男は愛情に飢えているようだった。こちらの提案はすべて否定語で返されるのでもう面倒になってしまった。寄ってくる女も、私は私は、とオウムのように繰り返しているだろうになぜ気づかないのだろう。自分で言っていたではないか、おれはただ頷いてきいているだけだと。私は赤べこのように音もなく(こうべ)を振り続けるしかなかった。今夜は車に乗って女の家に来たらしい。同級生同士で泊まりだなんて楽しそうだ。この家には女と、その夫になる男が住んでいる。


二人の結婚報告をついさっき知らされた。私が男と話しているスマホは女の物なのに、彼女は夫になる男とリビングでくつろいでいるらしかった。なんなんだ、この状況は。なぜ私は午前3時に男の愚痴を聞かねばならないのだ。



「女はあいつと結婚しちまうしよ。

誰もおれを男として見てはくれない。

そりゃあさ、おれだって嫌だよ。

おれが女だったとして紹介された男がこんな見てくれだったら。

おれはずっと独りなんだ。

9年も味わっていない素人童貞だよ。

この後だって一人で帰るんだよ。


何言ってるんだ、おれはこの後車で帰るよ。

飲酒運転をする奴はどうせ捕まらないと思ってやっているんだろ。

おれは違うさ。おれは、いずれ捕まると思ってやっている。

彼女がいたら、やらないんだろうな。おれ一人の命ではなくなるからな。


ああ、捕まえてほしいよ。

捕まえられるのを待っているんだよ、おれは。」



いつの間にか洗濯機の前にいた女は目も合わせず、飲酒運転よくない、と静かに言った。しかし、何度も言っているのだろう。諦めた表情が伺える。瞬間、心臓の奥に苦い液体が滲み出てきた。自分のことで精一杯な男には隣の女は視えていないようだった。女は泣きそうではないか。今夜一番幸せなはずの女の顔ではない。怒りを露わにすることもできたが、たった4.7インチの画面の中でそうするのはあまりにも虚しい気がした。かと言って男を(さと)す言葉は見つからない。


赤べこの首はもげてしまった。もう頷くことはできないので私は画面の赤いボタンをタップした。ベッドに寝転び天井窓を見上げると外は薄暗い青色をしていた。



翌朝、知らない番号から連絡が来た。地元の市外局番だった。


「はい」


起き抜けのカラカラに乾いた口で息を呑んだ。私は通話を終える前にどうすべきだったのか。


土曜夜午前3時に友人と電話していた時に着想を得ました。この後どうしたらよかったのでしょう。

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