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Re:聖戦学院 1話 recognizing その次 restarting

青色の空が、こんなにも恨めしい日があっただろうか。

少年は心の中で吐き捨てる。

崩壊した都市を、乾いた風がそっと撫でる。

倒壊したビル群に囲まれた大きな隙間(くうかん)には、三十人余り程度の学生が、一頭の獣と対峙している。

その獣は余りにも現実離れした姿で、敵意と殺意を激しく込めた目線を学生達に向けていた。


少年は、ただ呆然とその光景を眺めていた。


手に持っていた槍の穂先は既に砕け散り、肉を抉られた腕からは大量の血が流れる。

既に膝を着いた足は震え、とうに言う事を聞かない。だが、寧ろ、それこそが救いであった。

動けないという免罪符の、少なくとも切れ端だけは手にすることができていたのだから。

「・・・っ」

それでも、激痛が身体を襲うことに変わりはない。

荒廃しきった瓦礫の街。

かつては人混みが途切れることなど無かった喧騒の空間は、今となっては見る影もない。

倒れる人々と、その隙間を縫うように流れる紅の液体が、代わりに地を覆っていた。

ここへ来るまでには持っていたはずの強い意志は、既に無い。


彼の親友とも呼べる、もう一人の少年の亡骸が出来た時には既に、もう取り落としていたのかも知れない。


立ち上がることすらできない彼を横目に、違う男達が駆け出して行った。

先頭を行く細身の少年が、正面に佇む「それ」を真っ直ぐに見据えながら、周囲の人々に呼びかける。

「怯むな!ここで殺しきるんだ!続け!!」

威勢のいい号令に続いて、次々と鬨の声をあげて一直線に駆け出す男達。

彼等の手に握られていたのは、時代遅れの西洋剣や長槍。

ゲームやマンガでよく見かける、ファンタジーもののフィクション作品そのものといった光景。

だが、傷を負った彼も、武器を手に走る者達も、紛れもなく「現実」に生きる人間であり。

それ故にあまりにもリアルな死の恐怖を、その身に刻みこまれている。

「グルル・・・」

彼等と視線を交わす「それ」が、煩わしい敵対者に苛立ちの声を漏らす。


赤黒い体色の、巨大な狼とでも形容されるであろう「それ」は、彼等からは「オルトロス」と呼ばれていた。


忌々しげに人間達を見つめるオルトロスの元へ、屈強な体つきの学徒が周りを抜いて駆け寄る。

「くたばりやがれ!化け物が!」

怒号と共に、男の一人が飛び上がり、高々と戦斧(バトルアクス)を振りかぶる。

その頭蓋を叩き割らんとした彼の腕に、刹那、深緑色の光が宿った。

まるで呼応するかのように、戦斧の周囲に風が集まる。

「らあっ!!」

空気を叩くような破裂音と共に、刃が獣の頭へと吸い込まれるように迫りーーーーーー弾かれる。

「ガル・・・ッ」

逆立つ毛皮の隙間から見える、鋭く禍々しい爪が空を割き、彼の一撃を防いだのだ。

それも、常人には到底反応しきれない程の素早さで、だ。

だが、防がれた少年もまた、軽く舌打ちするとすぐさま態勢を立て直すべく後方へと退く。

それを補うように、また新たな少年が得物を携えて駆け出してくる。

追撃が途切れかける絶妙なタイミングで追撃を重ね、一切の余計な行動を許さない。

「そうだ、その調子だ!奴に行動する隙を与えるな!」

司令塔らしき細身の少年の声に、前線を行く者達が応える。

時には真紅、時には紺碧の光を纏った衝撃がオルトロスを襲い、その全てが鋭爪に阻まれる。

「こいつ・・・!このままじゃラチがあかない!」

「いや、このまま固めろ。じきに救護隊の皆が、B隊の回復を終えるはずだ」

その言葉に答えるかのように、少年達の後方から青色の光が飛来する。

「ほらな」

不敵に笑う少年をよそに、光は真っ直ぐに赤黒の魔狼の元へと向かう。

「ガッ・・・!?」

一人、また一人と向かって来る者共の猛攻を凌いでいる隙を、光弾は正確に捉えて貫く。

「今だ!」

オルトロスの態勢が崩れ、足元のバランスが崩れたその一瞬、司令塔がすぐさま大声を張り上げる。

その一言で全員が、魔狼を屠らんと武器を手に走りだす。


だが、その全てが間違いだった。


ニタリ、と。

魔狼の口元が、不意に緩んだ。

突撃を仕掛けた少年の一人が、僅かな違和感を感じ始めたと同時に。


オルトロスの姿が、掻き消えた。


「ーーーーーーーーーえ」


武器を振り上げていた全員が、すぐに態勢を戻してオルトロスを探そうとする。


その僅かな時間で、既に仲間の一人の首が無くなっていることに気付かずに。

「あ」

指を差し、視界に捉えた魔獣の姿を知らせようとした斧使いの首も、真っ赤な噴水となり果てる。

「お、おい!?」

「やばい・・・殺されるっ!」

彼らが呻き、恐れ、慄く間にも、冥界の魔犬は次々と彼らの仲間の首を噛みちぎる。

一つ、二つ、首無し死体が増えていくにつれ、彼等の精神は揺らぎ、揺らぎ、そして。


「逃げーーーーー」


その行為が成されるよりも先に、やはり「彼」は動いていた。

悲鳴、絶叫、鮮血、死体。

士気はとうに無く、纏まりのない烏合の衆(ぜんえい)が、全て屍に変わるのに、そう時間はかからなかった。


少年は、ただ呆然とその光景を眺めていた。

眺めていることしか、出来なかった。


「あ・・・あ・・・」

掠れた声が、口から漏れる。

死にたくない。

死にたく、な、い。


死にたくない、死にたくない。

死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない、死にたくない、死ーーーーーーーーーーーーーー!!!!


思考の上げる強烈な悲鳴に打たれ、少年の意識が生存への道を歩き出す。

「逃げ・・・られる・・・・・・今なら・・・」

足の震えは止まらない。

身体もまともに動かず、得物も砕け散った。

だが、オルトロスの視線は、彼の知る由のないことだが興味もまた、少年には微塵も向いていない。

「かえ、らなきゃ」

手を地面に付ける。ヒトの身体を流れていたはずの流体が少年の掌につくが、もはや彼の眼中には無い。

逃げる。帰る。戻る。生き残る。

ただ、それだけを心に灯して。

青い、青い空の下を、少年はゆっくりと、ゆっくりと歩き出した。























その日、僕は夢を見ていた。

父が机に座って、いつも通りにコーヒーを飲みながらテレビを見て。

母が台所に立って、鼻歌交じりに朝食の準備をする。

かつてそこにあった日常(ふつう)

今はもう遠くに消えた日常(とくべつ)

手を伸ばしても届かない光景。手を伸ばしても消えてしまう情景。

夢の中で、笑顔だったはずの僕の眼から、涙が溢れる。

それを不安げに見つめる二人は、僕の心情など分かってはいないだろう。


何故なら、二人とも、もうーーーーーーーー














「ーーークス君。ルクス君ってば」

「・・・ん、ん?」

鈴のような少女の声が、僕の意識を現実へと引き戻す。

横たわっているのはふかふかの布団などではなく、とても寝心地の良いとは言えない、体育室の硬い床だ。

痛む身体をゆっくりと起こし、頭のもやを振り払う。

「おはよう、ルクス君。と言っても、もう十八時だけどね」

ルクス、というのは僕の名前だ。日本人とは思えない、それでも気に入っている、僕の名前。

それを口にしながら、苦笑まじりにこちらを見つめているのは、制服姿に身を包んだ同い年の女子高生。

「・・・おはよう、美月」

少女に言葉を返してから立ち上がる。夢から醒めたばかりの僕の身体は、不思議なくらいにあっさりといつもの調子に戻っていた。

落ちている木剣を見る限り、自主練をしているうちに疲れて眠りこけてしまったのだろうか。


「これで何度目かな。君を起こしに来るのは」


小さく笑いながら、少しだけ意地悪そうに少女が言う。

適度な長さのスカートを揺らしながら、上から覗き込む彼女の名は、天野美月という。

僕の幼馴染にして、この学院の「優等生」の一人。

「・・・随分久しぶりな気もする」

何気なく返した僕の言葉に、一瞬、「優等生」の表情が寂しげな雰囲気を漂わせる。

「そうだね」

短く笑ってそれをごまかし、少女は手を差し伸べる。

「ん、ありがと」

礼を言って、手を掴む。少しだけ照れくさいが、別に付き合っているわけでも無い。僕達にとって、これくらいは普通のことだ。

「それじゃ、行こっか」

「何処に?」

首をかしげる僕を目を丸くして見つめ、そしてゆっくりと怒り顔になりながら、こう言った。


「夕食、食堂で一緒に食べようって言ったの、忘れたの?」





















時刻は午後十八時。

食堂には既に殆ど人はおらず、ただ所々ある柱に付けられたテレビから流れる、アナウンサーの声だけが響き渡っていた。

「じゃあ、注文取ってくるよ」

「宜しく。パフェのおごり、忘れちゃダメだからね?」

はいはい、と頷き返してから、受付カウンターへと足を運ぶ。

パフェ、とは、約束を忘れられた美月が罰として要求した、食堂の人気メニュー、デラックス・パフェのことだ。

お値段一つ千二百円。学生にはかなり痛い出費だが、断ると後々面倒なことになるので、渋々承諾する。

こんなことなら、約束事をきちんとメモしておくべきだった。

その後悔すら先に立たない。自分の食べる分のチャーハンと、彼女のパフェの代金を支払い、番号札をもらって席に向かう。


そこで、テレビから流れるアナウンサーの声に、正確にはそこに含まれていた()()()()()に、僕の意識は向けられた。


「続いてのニュースです。東京都、旧渋谷スクランブル交差点にて出没した、「オルトロス」の討伐部隊が・・・壊滅しました」


「壊滅・・・したんだ」

口から不意に溢れた僕の言葉に、美月が振り向く。

「またなんだ」

短く言う彼女の言葉は、震えていた。

「もう、嫌だよね。美味しいもの食べようって言うのに、こんな話」

冗談めかして口にするが、それがどれだけ不謹慎なことか、どれだけ罪深いことか、僕自身が一番分かっている。

現に、僕の言葉も震えているではないか。

それはきっと、死んでいった友人に対する追悼のようなもので。


同時に、自分が彼らの「仲間」になることを恐れるが故のものであると、知っていた。


「・・・料理来たよ。食べよ?」

「うん」

いつのまにか、僕達の間に置かれていた料理に、ようやく気がついた。

一体、いつになれば僕達は、昔のように笑って過ごせるようになるのだろうか。

「少しは笑おう、ルクス君。そんなに暗い顔してたら、あの世から笑われちゃうよ」

「そう簡単に笑えると思う?」

・・・これが、同級生との普段の会話なのか。

そう思うと、余計に胸が苦しくなる。

かつての日常を知っているが故に、その痛みは大きい。

僕も、美月も。

「だったら、笑えるようにしよ」

強い意志を含んだその言葉に、僕は食器から目線を上げる。

「どういう意味?」

「そのままの意味だよ」

当の美月はいつも通りの微笑を浮かべて、はっきりと言葉を紡ぐ。


「あたし達がもっと()()なって、この世界を変えるの、もう一度。そしたら、君もあたしも、先輩達も、あたし達のクラスメート達も、みんな笑えるようになるよ」


歌うように、高らかに言う。

まるで、絶対にその未来が来ると、確信しているかのように。

「・・・そうだね」

少しだけ、自分の口角が上がったのが分かる。

彼女のおかしかったのか?そうではない。

そうあればいいと思っているのは、何も彼女だけではないということだ。

「でしょ?」

美月の笑みが、さらに明るくなる。

「だから、次の試験も頑張らなきゃね」

「その話はやめてよ・・・頭が痛くなる」

苦笑混じりに返したものの、そこまで悪い気はしていない。

学生ならば、「試験」があるのも当然のこと。尤もそれが苦手だからこそ、自然とああいう言葉が出てきたのだが。

「うん、じゃあ明日、みっちり特訓してあげるから」

「勘弁してよ、もう」

爛々と目を輝かせる美月には、何を言っても無駄だった。

明日はしんどくなりそうだ。

そんな予感を胸に抱えながら、僕は晩御飯の炒飯を掬い上げた。





















「あ・・・あ・・・」

長い。

あまりにも、長すぎる。

何分経った。何時間経った?何日経った!?

それでも、俺の前に見えているのは、だだっ広い殺風景な荒野だけではないか!!

男は絶望する。もはや長くないと悟ってしまったからだ。

渋谷に出現した「オルトロス」の討伐に失敗し、ただ一人生き残った男。

もう足も、手も、耳も、目も、満足に働かなくなってなお、彼は進み続けた。

だが、それも今終わろうとしている。

あまりにも、あまりにも長いその道のりの果てにあったのは、絶望の果ての、死。

「嫌だ・・・嫌、だ・・・ーーーーーーーーーー」

掠れた声を、その強い悲鳴を聞く者は、いない。

助けて、助けて。

無駄だった。聞く者は誰もいない。

死にたくない、死にたくない。

無駄だった。声に応える声はない。


誰か。


俺が、間違っていたと、言ってくれ。


無駄では、なかった。


「え・・・?」


彼の願いに引き寄せられるように、風が一人の少女を運ぶ。

華奢な体つきの、清廉という言葉がそのまま形に現れたかのような、少女。

唯一右腕だけが、その清らかさからかけ離れた、機械で出来ていることを除けば。

その様はまさに、死戦場に舞い降りた騎士と言えようか。

「酷い怪我」

鈴の音が鳴ったのかと、男は錯覚した。

それ程までに綺麗な声だったからだ。

「龍宮の生徒、ですよね。意識はありますか?」

少女の問いに、無意識に頭を縦に振る。少女は微かに安堵の笑みを浮かべ、彼を抱えるように手を伸ばす。

「良かった。今、運びます。学院に行けば良いんですよね」

その問いに頷くよりも早く、男の体がゆっくりと宙に浮かぶ。

抱えられて、では無い。彼女の手が触れるよりも早く、男の体は浮遊した。

「な、な」

何故だ、何の力だ。

普段ならそう言いながら突き詰める疑問も、今に限ってはどうでも良かった。

男が疑問に思ったのは、そこでは無い。

何故、自分を助けるのか。

「決まってるじゃないですか」

まるで、心を呼んだかのように、少女が言う。


「誰かを助けるのに、理由なんていりませんよ」






















意識を失い、ぐったりとした男を()()()、少女は飛ぶ。

何と幸運なことか。

この私が、傷ついた人に手を差し伸べることが出来るとは。

誰かを助ける自分に酔っているのか、それとも本当に人情から手を差し伸べたのか。

少女自身にも分からない。

だが、確かなことが一つある。

少女、四龍院 桜は、今、一人の人間の命を。

死の淵に立たされ、絶望していた男の心を、確かに救ったということだ。

お久しぶりです。オルタです。

約2ヶ月ぶりの投稿となりました。

投稿ペースの遅さには、何度頭を下げても足りないくらいです。

今回はあくまで導入となっています故、設定などの掘り下げは殆どありません。

この世界の仕組み、学院のシステムなどについては、後々ゆっくりと説明していく所存でありますので、数少ない読者様方には、楽しみに待っていてくださると嬉しいです。


それでは、この辺で。

オルタでした。

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